第18話 ラウルとお出掛け⑨
大きいステージを中心に、グルリと観客席が配置され、どこも人で溢れている。
二階席は貴族の空間なのか、優雅な建てつけになっており、身なりの良い方々が遠目からチラリと見える。
一階の一般席は、1席ずつある訳ではなく隣との境目のない板状のものが、一定の長さあり、そこに人が詰めて座っていた。
貴賎問わず人気という評判は本当なようで、サリエルやラウル以外は平民達だというのが身形や髪色から分かった。
人々がうごめく中、何とか一般席の中段に居場所を確保して、座ることが出来た。
詰めて座るスタイルのため、横の人との距離が近い事に、サリエルは緊張して背筋が伸びる。
横にいるラウルはいまだに手を握っており、2人の間に繋いだ手は置かれていた。ローブの袖口のおかげで、人目から隠れているが、サリエリはそわそわとして落ち着かなかった。
なんせ、人に触れるというのはサリエルの日常ではなかったからだ。
(人とこんな距離が近いなんていつ以来かしら…)
この間、母に肩を掴まれたときは、触れられているのに何処か遠く感じた。
記憶がはっきりある頃には既に、母は私を抱きしめる事も…いや、触れ合う時間もなかった。
この今握られている手の感覚は…そう。
兄が絵本を読んでる途中でウトウトしてしまった私の頭を、フワリと撫でてくれた時の心地良さに、何となく似ているかしら?
そんな事を思って、じっと繋がれたままの手を見つめているサリエルに気付いたのか、ラウルが声をかけてきた。
「ねぇ、サリー」
「え?」
ラウルの言葉を聞けぬまま
開演の合図なのか、暗くなっていく場内にラウルが妖艶に笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
私はこの日、今までにない空を見た。
魔法なんじゃないかって噂は本当かもしれないと思えるほど、綺麗な光のショーと共に、空中で繰り広げられる見事な身のこなしをした技術者や、ピエロ。
華麗なダンスを繰り広げる動物や団員達。
見るものを虜にするかの不思議なサーカスは、私の前世の記憶を持ってしても初めて見るものばかりで、現世では引きこもり同然だったサリエルは心底感動した。
急な感動に涙腺が緩んだのだろうか、
涙が瞳から一筋落ちた。皆んな演技に歓声を送っていて、そんなサリエルには気付かない。
(此処はなんて心地の良い空間だろうー…)
ラウルはふと、ステージからサリエルに目をやった。
目がとてもイキイキしていて、頬がほんのり赤くなっている。
一筋落ちた涙が、とても綺麗だなと感じた。
そして自身の胸が少しキュッとなるのがわかった。
「なんだろう…」
婚約者としてこの間対面して、きっと喜んでくれる筈だってわかってたから誘った。
それはそうなんだけど、俺は微塵も面倒くさいと思わなかった。
顔には普段から出さないけど、父の言いつけを面倒くさいと思ったことなんか何度だってある。
サリエルと顔合わせをする前もそうだった。
今回だって普段なら面倒だと思ってすぐ行かないでいいやってなってもおかしくなかった。
それでもムキになったのは、デートの誘いを断られるなんか、恥ずかしいって気持ちもあったのは本当だけど、
とある噂を聞いて、外に何とか出してあげたいって思った。
外に殆ど出た事ない彼女は、周りのしがらみがないとどんな顔するのか見てみたいという好奇心が、あの庭で語った後から湧いてきた。
俺は物心ついた時から、相手の表情に心がこもっているのか作り物か、敏感にわかってしまうみたいで
彼女はずっと俺に優雅に微笑んではくれるけど全然好意的ではないのはわかっていた。
初めは婚約直後無礼だと取られる発言をしたからかと思っていたけれど…
あの馬車の中での笑顔なんか、壁を感じた。
こちらは心配しているのに、まるで俺が彼女を傷つける対象であるという警戒の笑顔だった。
でも、ここへ来たらきっとちゃんと笑顔を見せてくれるんじゃないかなって思ったんだ。
予想に反して笑顔では無いのだけど、彼女の心が揺さぶられた表情はとても綺麗だと思った。
(何故俺を警戒しているの?って聞いたら、
サリーは何て答えるだろうか…)