第15話 ラウルとお出掛け⑥
なんて痛ましい事をするのだろう。
サリエルは憤りを覚えた。
メアリーから聞いた話では
この焦茶髪の少年は、見ず知らずの幼子がペットの犬を追いかけ飛び出し馬車に轢かれそうになったのを庇い馬に踏まれてしまった。
馬はそれにより安定感を失い馬車は大きく揺れた。
しかし、馬は無傷で直ぐに立ち直り、馬車も大いに揺れたが無事であった。
幼子の母はお礼を少年に言い、母子が立ち去ったのを見送り、少年は馬車の主に謝ろうと従者に話しかけると、怒り心頭であった馬車の主であるバルダロス伯が小窓から
「貴様のような下賤な者がわしに危害を加えるとは!」と怒鳴り散らしたのが始まりだという。
幼子を庇おうとした事を馭者に説明されたが、
腹の虫が収まらず「下層階級の子供のためにわしの馬に危害を加え、謝っただけですまそうとは!」ということに。
連れの子供は完璧に巻き添えである。
この件で1番心配すべきは、まず少年の身体だ。
少年は馬に踏まれたと聞いたが、馬車を引いていた馬に踏まれて無傷とは思えない。
先程バルダロス伯の従者に鞭打たれた時の表情を見ると、何処か怪我をしているかも知れないのだ。
それでも謝って、頭を垂れる子供に鞭を打ち、配慮のかけた謝罪を更に要求する貴族がいるなど、サリエルは想像した事がなかった。
「貴方がこの人に謝るべきだわ。
幼子を庇ったこの人を労わるどころか罵倒するなんて、それが伯爵という爵位を持つ者がやることなのですか?」
バルダロス伯を見上げて、はっきり物申すサリエルに、周囲は突然の出来事で静まり返る。
「なんだと?」
怒りが滲み出るバルダロス伯の声に、バルダロス伯の従者が我に返ってサリエルに抗議した。
「この!
貴族に楯突いて、どうなるかわかっているのか!」
「どうなるというの?
バルダロス伯が子供に情け容赦のない者と、自身の恥を晒すだけですわ」
私はこれでも悪役令嬢なのよ。気に食わない相手には、手加減せずに物申せるのがサリエルというキャラクターの欠点であり、良いところなんだから。
だってどの道、私が辿る先は死亡エンドか人々に後ろ指を差されながら、去って行く追放エンド。怖いものなんか無いわ。
サリエルの思わぬ反撃にバルダロス伯は何か言い返そうと言葉を詰まらせながらも声を荒げる。
「き、貴様!なんたる無礼な口をきくのだ…っ
口を慎め!」
「貴族として生まれたからには、より一層それに釣り合う品位を備えなければ、
今に足元をすくわれますわよ」
我ながら、ブーメランが刺さっている言葉だと思う。
何が悲しくて言っててダメージを受けなければいけないのか…そう自身の言葉にダメージを受けているサリエルに
従者が鞭を振り上げた。
「バルダロス伯爵、お久しぶりです」
険悪な雰囲気を一掃するような諧声に、皆んな身動きを一瞬とめる。
サリエルは自身の前に現れた声の主に、皆んなに聞こえない小さな声でポツリと呟く。
「ラウル…」
「先日のパーティーでは、お褒め頂き有難うございます。」
「これはこれは…サリアロス卿、何故ここに?」
先程まで感情的になっていたバルダロス伯がラウルの登場に冷静になったのか、落ち着きを取り戻した。
「実は今、サーカスに向かっている途中でして…
手狭な道ですので、どうか通していただけたらと…」
丁寧に頭を下げたラウルに
そう言われて、バルダロス伯は後ろにつっかえている馬車に気がつくと、先程の態度が一変する。
「これは…
大変失礼した。
直ぐに退きます。
おい、出発するぞ」
先程までの状況と打って変わったバルダロス伯の様子に、呆然と見ていた従者は「は、はい!」と返事をして馭者に鞭を返す。
バルダロス伯が馬車を走らせ、去って行く。
「ラウル凄いね!有難う。」
「王家や貴族のパーティーに俺も父様の家族として何度か招かれて、父様といる時何度かバルダロス伯爵が挨拶に来たんだ。
…というか、何て無茶をするんだよ、君の所のメイドが真っ青な顔をしているぞ。」
ラウルに言われて目線をメアリーに向けると、
口をパクパクさせながら真っ青になっていた。
「えっ。やだ、メアリーごめんなさい。
私頭に血が上っちゃって…これはもう、言ってやらなくちゃって…」
「言ってやらなくても良いのですよお嬢様。
私の心臓が持ちません。」