第10話 ラウルとお出掛け①
普段はラドレス公爵家当主である、マゼスティ・ミューラの商談相手や友人しか通したことのない、
ラドレス公爵邸の客間に、ラウル・ベジスミンが1人で座っている後ろ姿を見て、サリエルは少し落ち着かない。
(何だか、ちょっとくすぐったいわね…)
サリエルがそう感じるのも無理からぬ事だった。
何故ならサリエルに友人というものは未だいないので、勿論誰かがサリエルだけに会うために訪ねて来る事は初めてだった。
貴族の学校がはじまるのは12歳からで、それまでは家庭教師等が専属で学ばさせてくれるからだ。
その方が一人一人にあったカリキュラムが出来るという考えの元だった。
だから、平民の子供達が通っている学校に憧れたものだった。平民はサリエルの年頃から学校に通い、集団で授業を受けるという。
なので、貴族での友人は、親同士が知り合いで、
年の頃が近い子供と知り合うか、パーティーに招かれる。
しかしパーティーは定期的にあるものでなく、友達を作りやすいかと言ったらそうでもない。
結局親同士がそこで仲良くならないと、その後遊ぶ機会などにはあまり恵まれない。
だが生憎、パーティーは呼ばれる事はあるが、サリエルの母も父も、家族ぐるみでのお付き合い出来る友人はいない物と見受けられる。
「今日は、どうしたの?」
「昨日俺の父様にラドレス公が
『明日、サリーの予定が無いのでラウル君をまたラドレス公爵邸に招待したい』と。
『親睦を深めるつもりで遊びに来ないか』とお誘い頂いた。サリーは聞いていないの?」
「それは…
ごめんなさい、お父様が無理を言って…」
聞いてないわ。聞いていたら予定があると伝えていたもの。
今日の夕方に武術の先生が来るのだけれど…お父様は、私が武術や剣術を学ぶ事を強く反対していたものね…
遊び相手が出来たら私が辞めると思ってるのかしら。
辞めないわよ、自分の命がかかってるんだから。
「今日は、ラウル1人できたの?」
オレンジジュースをストローで飲んでいるラウルに問いかけると、当たり前だろと言わんばかりにキョトンとして、首を傾げた。
「そうだよ、護衛も執事もいるけど。
父様は仕事があるしね」
「凄いわね、私、一人で外出したことがないの。
執事とメイドを連れて行くわって言っても、
お母様がダメだって」
サリエルは軽くため息をつく。
遊び相手の居ない屋敷では、習い事以外は本とずっと睨めっこしている日々。
話し相手のメアリーだって、仕事があるので毎回相手にしてくれる訳ではなく、フランツも最近では習い事がある時以外は、外に居る事が多いのだ。
「外は物騒だと言うからね。
攫いやすい年頃の貴族の子供を狙っている輩もいるとか。」
「でも、貴方は1人で出歩いているじゃない」
同い年なのに、年齢に対して世の中が物騒を理由にされると納得いかないものがある。
「俺は護衛も付けているし、
もう落ち着いているから、危ない場所には近づかないと信頼があるからね」
「私だって近づかないわよ」
会って早々愚痴モードになってしまうサリエルを見て、ラウルは思いついたように右手に持っていたオレンジジュースを置き、自身の胸ポケットに手を入れると、四つ折りの紙を取り出した。
「じゃあ今日は一緒に街へ行かない?」
見出しには大きく〝不思議な国へご招待〟と書かれたサーカスのパンフレットがある。
大きいテントを背景に、顔に変な落書きがされている男や、ぴっちりした服を着た女。ライオンが火の輪を潜っている写真が載っていた。
サリエルの瞳が輝くのを見てラウルはニッと笑う。




