第1話 決められた人生
サリエル・ミューラは間もなく6歳の誕生日を迎えようとしていた。
厳格な父であり この国では名を知らぬ者のいない王国軍総司令官 ラドレス公爵マゼスティ・ミューラ
厳しめの母であり公爵夫人のリリアス・ミューラ
そして
2つ年上の兄、フランツ・ミューラはサリエルと血の繋がりはない。
そうお母様がいつだったか言っていた。
なんでも、フランツの両親はフランツが2歳の頃事故で他界したらしい。
家はとても裕福で、サリエルは容姿にも恵まれていた。
それでも、彼女は決して自分が恵まれていると感じたことはなかったのだ。
何故なら自分の人生がどんな道を辿るのかを既に
知っていたからだ。
私には、前世の記憶が断片的にある。それが前世の記憶だと確信したのはいつだったかは覚えていないけど、
6歳の誕生日を迎える私は知っていた。
私の前世は、人見知りで引きこもりの姉の影響を受けて漫画やゲームにはまっていた。
中でも、姉の勧めてくる恋愛シミュレーションゲームは私の胸をときめかせてくれ、自分がヒロインだったら…なんて妄想もしたこともあるのだ。
そんなこんなで高校生最後の夏、
家族旅行で海水浴をして私は溺れてしまった。その後、目が覚めた時には、
私はサリエル・ミューラとして生を受けていた。
姉とハマった恋愛シミュレーションゲームの恋敵、醜悪で意地悪なサリエル・ミューラとして、
私は、新たな生を受けていた。
そう、私の人生は一度終わってしまったのだ。
加えて二度めの人生は
私が一体前世でどんな悪行を働いたのかという不幸確実のポジションだった。
前世では若くして死んでしまったが
現世でも若くして死んでしまうだろう。
もし生きながらえても、絶望にたたきのめされる。
誰にも愛想尽かされ、辺境の地へただ向かわなくてはならない。
何故なら、恋愛シミュレーションゲームにおける、サリエル・ミューラの選択肢は2つ。
・身分剥奪の上追放
・死亡
このどちらかである。
前世の記憶は曖昧だし、ゲーマーな姉に進められるままにプレーしていた私は細かい設定などを追求したことも無ければ、どうすれば攻略出来るのかもしらない。(自分が主人公じゃない時点で知ってても無意味だけど)
何歳のいつに何が起きるかも漠然としている。
分かっているのは大体のゲームの流れと、エンディング。
誰が主要キャラなのかぐらいだ。
そして確実に言えるのは
恋愛シミュレーションゲームにおいて
サリエル・ミューラは主要キャラに大変嫌われ者であることは明白だった。
例えば私の兄 フランツ・ミューラも攻略対象の1人である。
彼は私が産まれると同じ年にこの家にきたので、私にしたら実兄も同然だが、母はそうでも無かった。
母はフランツを実の子としては扱っていない。
フランツに対する態度は、まぁ、陰険であり、
サリエルはそんな母と父に思う存分甘えられる一方で兄は孤独を募らせていた。
そして成長し、
ラドレス公爵の嫡子であり、容姿端麗、成績優秀な兄は周囲の憧れの的となっていた。
学園生活を送る最中でヒロインと関わり、心を癒され惹かれていく。
その時サリエルも登場するのだが、ヒロインにこう言い放つ。
「貴方、ラドレス公爵夫人の座を狙っているのでしょうが、残念ね。
フランツはお父様とお母様の実の子ではなく、
お父様がフランツに爵位を継がせる気はさらさら無いと申しておりました。ラドレス公爵の名は、私に息子、もしくは娘が産まれたら継がせるつもりなのであしからず。」
などと、のたまうのだ。
嫌われて当然である。
ハッピーエンドだとサリエルはヒロインに行っていた悪事や学園での素行が明るみになり、婚約者とは婚約破棄され、それに激怒した父に絶縁されてしまう。
そしてフランツがラドレス公爵の継承者として高らかに宣言され、ヒロインと結ばれるのだ。
サリエルはどうしているのかというと、
何処か遠い土地に追いやられているという情報しか無いが、今住む家から消えるのは確定しているのだ。
酷い話だが
もっと酷い話がある。
バッドエンドだと言わずもがな死亡。
ヒロインに仕掛けた罠に自分がはまり死んでしまう。
そのとき兄フランツはラドレス公爵の継承者は元々おまえだと父に言われる。
そして父があてがう婚約者と夫婦になってくれと言われるのだ。
初めて家族に受け入れられた兄は、悩んだ末にヒロインに別れを告げる。
「色々あったが、俺を引き取り、育ててくれた。
不器用だが父は俺に生きる術を教えてくれたんだ…
そんな父を、裏切る事は出来ない。
すまない…」
といった具合だ。
どうだろうか?
サリエル・ミューラにみんな、なりたいだろうか?
そんな私に時間は無情にも過ぎていくが、出来るだけ生きながらえる身分剥奪エンドを希望に日々を過ごしている。
生きながらえる事さえできれば、後は1人で生きて行くだけの力をつけて行けば良いのだ。
そうは言っても簡単な事ではない。
令嬢であるのに武術を習いたいとか剣を習いたいとか駄々をこねたものだ。
サリエルが死ぬのは人の手により殺されるのだから
武術や剣術などを体得していれば、死亡エンドは避けられるかもしれない。
駄々をこね続けた結果、護身用のためという事で、兄の指導をするついでに私も教えてもらう事にした。
知識をつけようと本もたくさん読んでいるし、
勉強も必死で取り組んだ。
何が私を生かしてくれるきっかけになるか分からないからだ。
また、令嬢なのに武術や剣術を学ぶという令嬢らしからぬ事をする代わりに
令嬢としての嗜みも習得するというのが父や母の提示した条件だったので幼いながらも、かなりハードワークだと思う。
私の望みはただ1つ
穏やかな老後を迎え、幸福に包まれながら老衰で死ぬ事だ。
それが如何に大変であるかは、身をもって知っている。
今度こそ私は、私はー…
ー…コンコン
ドアをノックする音に
私は本をめくる手を止めて、ドアを見つめた。
「サリー 話があるんだ。入るよ」
「はい、お父様」
父がドアを開けると、近くにあった椅子をサリエルの前に持ってきて座る。
「また本を読んでいたのか、
君は本が好きだねサリー。」
「本は私の知らない事を沢山教えてくれます。
空に架かる虹が太陽の光で出来ていたり、
草が呼吸している事も、本を読んで初めて知りました。
メアリーに言ったらメアリーも知らなかったとびっくりしていました」
ニコニコと話す私に、父は「そうか」と返して何処か満足そうだった。
「サリー、今度の6歳の誕生日に紹介したい人がいる」
「紹介したい人?」
「ああ、おまえに相応しい婚約者がいるんだ。
サリアロス公爵バージェス・ベジスミンのご子息
ラウル・ベジスミンという、サリエルと同い年の子だ」