第5話 闇中銀姫
「……今のはあなたを試しただけ」
「何を試したっていうんだ」
「それは秘密。これは試練だから、自分で気付かないといけない」
なんだかそれっぽいことを言っているけど騙されないからね。
「どうせだったら、カスケイドから逃げるための試練のほうがいいかなあ」
「ん。鬼役なら私や日弦よりももっと適任がいる。だから私はパス」
扉に『私もパスー。』と文字が浮かんだ。
まあ実際、そんな訓練をしようと思うと広い場所を、しかも不慮の本番にならないように結界で確保してもらわないといけないだろうから、僕も「パス」と言いたい気持ちは同じだ。
「そんなことより日弦の話」
「そういえばここに来た理由を聞いてなかったよね。ヒヅルさんのこと紹介されて、ずっと駄弁ってるだけだけど……いいの? これで」
「ん。日弦のことを紹介しにきただけだから」
その言葉に、ヒヅルさんがびくりと震えた。
扉には『私はまだ、結婚する娘がいるような年齢じゃありません!』と書いてある。感嘆符まで付けてしまうあたり、結婚する娘はいなくても、年齢を気にする歳ではあるのかもしれないが……そこには触れないでおこう。
触らぬ神に祟りなし、というやつだ。
生まれてこの方、触ってもいないのに散々祟りまがいの事故事件に巻き込まれてきた僕が言うなんて、おかしな言葉だけれど。
「紹介って、そういう意味じゃない」
『本当にー?』
「ん。日弦が結婚するまでは結婚しないと思う」
「そっ」
『それもそれで、困るかな……』
ん?
なんか今、変な音が混じったような気がしたけど。気のせいかな?
気のせいだということにしておこう。ここでホラーまがいは少し堪える。
動揺したように僅かに崩れた文面を眺めながら、現実逃避気味に思考を逸らす。
トモカの言った内容。
とりあえずヒヅルさんの反応はおいといて、紹介しにきただけということは――
「つまりヒヅルさん……じゃなくって、サザラシさんがこういう――」
言葉の途中で、『ヒヅルさんでいいよー。』と文字が浮かぶ。
同じ人の名前を二度言い直す羽目になった僕は、少しだけばつ悪く咳払いをしてから言葉を続けた。
「――ええと。ヒヅルさんがこういう能力の幻脈使いなんだって、伝えるためだけにここへ来たってこと?」
二人の目が僕を見た。
トモカのはじろっ、という感じ。
ヒヅルさんのほうはなんとなく、じとっ……という感じだった――本当に感じだけだ。なんといっても彼女の眼差しは、蠢く銀髪でしつらえた滝の奥深くに潜んでいて、僕からは見えなかったので。
「ん。そういうこと。私以外の二人は、見た目のショックが強いから」と、トモカ。
『その言い方だとー、私の見た目がホラーみたいだよねー?』と、ヒヅルさん。
「もう一人は知りませんけど、サザラシさんのは能力も本人の見た目も初見では度肝を抜かれると思いますけど」
『そんなにかなー? ちょっぴりファンシーでがっつりキュートじゃなーい?』
「ヒヅルさんの性格がファンシー・キュートだというのは同意しますけど、能力は別ですよ。正直ここで知っていなかったら……たとえば急に助けに来られたりしたら、僕なら間違いなく逃げていたと思います」
蠢く髪束とか、見た目は完全にカスケイドだし。
たとえば大量の人手魔たちから逃げる最中なんかに、周囲が銀色の生きたように動く糸で囲まれたらパニックになると思う。
「ん。日弦の能力は心臓に悪い」
能力だけじゃなくて、部屋に入るときの雰囲気も大概心臓には悪かったけどね。
懐中電灯で照らした光の隅っこのほうでちらっとだけ髪先が逃げていくのはホラー映像だった。
『そうなのかなー。でもこうすると可愛くないー?』
しゅるしゅると髪の毛が形を変えて、犬のような何かをかたどった。
色が銀色だから針金細工のように見えるけど、結構可愛いデザインだ。
「ん。それは可愛い。でも戦うときはそんな形してない」
『それもそっかー』
じゃあやっぱり怖いんじゃないか……。
『けどねー……えっとホラ、あのメイドさん……門脇さんとか、初めて見たときは、ワイヤーの能力だと思ってたよー?』
「ん。でも似て非なるもの」
『まあワイヤーよりは上等だよねー』
知覚もできたりと、ヒヅルさんの能力は随分と使い勝手が良いようだ。限界がどれくらいなのか、他にどういうことができるのか、気になることは多いけど……、
『お姉さんの能力が気になる、って顔だねー』
「……この暗闇の中で、顔色まで分かるんですか」
僕とトモカは扉のほうを向いて、ヒヅルさんには背を向けているはずなのに。
『きみくらい分かりやすいならねー。朝戈の顔色窺うのは難しいかなー』
極端だなあ。
「ん。伶は顔や声に出やすい。カスケイドから逃げるのには関係ないけど……気を付けたほうがいい」
「ご忠告ありがとう。できれば知りたくなかったよ」
もしかして、この基地に来る前なんかは、道端で妖怪を見つけたときの顔色もクラスメイトに見られていたのだろうか。
虚空を見つめて顔をしかめる僕と、また始まったという思いで僕を見る級友たち。想像すると恥ずかしいな……。
『何を思い出してるかは知らないけどー、お姉さんの能力の話だったよねー?』
そうでした。
「ん。伶は集中力散漫」
「僕が一方的に悪いみたいな言い方だなあ!?」
居住まいを正そうと、した矢先にこれだ。
トモカは人の行動に茶々を入れるのが実にうまい。うまいのは分かるけれど、矛先を向けられるほうはたまったもんじゃない。
『でねー 私の能力だけどー』
銀髪が塔を二つかたどった。
おそらく双子塔だろう。左側の塔の下から、昔の電源ケーブルのような形をした糸が伸びていって、第六門のそばで止まった。
ただ、縮尺が曖昧なので分からない。およそ第六門の周囲一千メートルには入れない、ということでいいんだろうか。
『門に近付くときはー、だいたいこれくらいだよー。邪魔されずに伸ばせるならー、直線で十キロぐらいかなー』
十キロ。
一万メートル。
すさまじい射程距離だ。
そんな防衛能力と知覚能力があるからこそ、ここで引き籠もっていることも許されているのだろうけど。
「ちなみにトモカは」
「乙女の秘密」
『朝戈ちゃんはねー、四百メートルくらいだよー。』
「日弦」
秘密をいきなり暴露されてしまったトモカが、ぽかぽかとヒヅルさんを叩いている。すべて銀色の盾で止められているけど。
心温まる光景だ。
まるでじゃれあう母と娘のような。
『なんか失礼なこと考えてなーいー?』
「考えてないです。……というか、射程も手数も、ヒヅルさんが勝ってるんですか?」
それなのに同格扱いというのは少し引っかかる。
『うーんと、手数で勝ってるって表現は違うかなー。』
くるくると髪が渦巻いて、ドクロのマークを象る。そこにさらにもう一つのマーク――大きなバツ印が重なった。
さらに剣のようなマークが描かれて、それが真っ二つに折れる。
いつの間にか脇に描かれていた二つの人影は、なぜか万歳をしていた。
『それにー、私とじゃれ合うときの朝戈ちゃんは、殺しに来てるわけじゃないからねー。朝戈ちゃんの能力は私やもう一人の子と違って、攻撃に特化してるっていうかー、殺しに特化してるっていうかー、他の手段がとれないんだよねー。』
「なるほど……それは確かに、実力差とは違う話になるわけですね」
『そうそうー。手加減すると実力半減しちゃうからさー、殺しちゃ駄目な相手には弱いんだよねー』
「ヒヅルさんの説明は分かりやすいですね」
特に髪絵図が素晴らしい。
『くるしゅーないー。もっと頭を下げろー。ていうかひれ伏せー?』
「ひれ伏すのは嫌です」
『まあ平伏までは流石にしなくていいよー。ほらー、私の服って丈短いからねー。見えちゃうしー。』
……ほう?
ちょっとひれ伏してみようかと、壁から目を離して振り向いた僕の目に、相変わらずの毛量で全身が見えないヒヅルさんの姿が映った。
……そうだった。
ヒヅルさんってこういう感じだった。
『えっちだねえー。』
「ん。脳みそピンク」
「ちくしょう……」
だって、仕方ないじゃないか。
気になってしまったんだから。
結局僕は、この部屋から解放されるまで――そのパンツ覗き未遂の件でトモカとヒヅルさんに絡まれ続けたのだった。




