第3話 食堂にて
基地の廊下を歩いて五分ほど。
僕たちは大食堂に来ていた。
壁一面ガラス張りで、高級レストランのような光景だ。
ここに辿り着くまでにもカスケイドの襲撃はあった。
内訳はトモカに言わせれば雑魚。例の黒炎から伸びる手の容貌をした、ヒトダマ――人手魔とか呼ばれる連中ばかりだったけれど、それでも総数は三桁に乗っていたと思う。
基地の内部だからといってカスケイドの襲撃がなくなるわけじゃない。
ひとまずSPDの三人全員との顔合わせが終わるまでは、僕を実験もとい作戦に駆り出されることはないと説明されたけれど、気を抜ける状況には程遠い。
こちらの都合なんて、連中には関係ないのだ。
カスケイドに対する根源的な恐怖は今もある。
人類がそれを失える日は、きっと遠いのだろう。
それは僕にとっても同じだ。
かつては天災とまで思えた超常が、これからは日常になっていく。
考えれば考えるだけ脳がまた新たに恐怖を生み出して、それは氷菓子のような痺れとなって背筋を滴り落ちていく。
「ここまで来れば安心」
だからトモカがそう言ったとき、僕は本当に安心した。
この大食堂や、さっきの応接室なんかには結界が張られていて、特級特異点の僕でも余程のことがない限りはゆっくりと過ごせるようになっているらしい。移動の最中にまでぴったり合わせて守るというのは難しいが、事前に連絡さえしておけば行き先に結界を張るくらいは可能だと言われた。
食事中にあの黒い炎が視界に入るような事態を避けられるのは地味に嬉しい。
その結界を張るのに十数人の幻器使いを動員しているというのは、聞きたくない情報だったけど。
「ああ、そうだ。資料にはサラッと流して書いてあったんだけど、エンバンカーに種類ってあるの? ……っていうか、あるよね?」
席について二人分の注文を終えてから、僕は訊ねた。
トモカは頷いてくれた。ただし飲みかけだったオレンジジュースを、ストローで一息に飲み干した後に。おまけに頷いた後の、次の言葉が出てこない。
……そうこうしているうちに、トモカの前に次のオレンジジュースが運ばれてきた。そういえば僕のは水だったのに、トモカのは最初からジュースだ。
さらにもう一杯。
給仕さんは慣れた表情で、トモカがジュースを飲み干すたびに新しいジュースを持ってくる。
常連なんだろうか。
いや……自然と常連になってしまうのは、仕方ないのかもしれない。
なにせここは人類の最前線と言ってもいい場所。
最高戦力と称される人間が、他の場所をほっつき歩く余裕はないだろう。
「私は幻脈使いと呼ばれてる。他の人たちは幻器使い」
彼女のオレンジジュースを眺めて思案していると、唐突にそう言われた。
いや、それは知ってるんだけど。
「どういうところが違うのかなって、思ったんだけど。トモカは知ってる?」
「知ってる」
また頷いて、彼女はストローをくわえた。
オレンジジュースの水位がみるみる下がっていく。――十秒、経っただろうか。経ったと信じたい。そのくらいの速度でグラスは空になった。
一番近くにいた(さっきの人とは違う)給仕さんはがそれを持ち去ったのを見送って、また彼女が口を開く。
「幻脈使いは自分の力を使う。幻器使いは他人の力」
ふむ?
他人の、他の幻脈使いから力を借りたりするのだろうか。いや――
「というと……神器とか、他の魔物とか、そういう?」
「ん。門脇も幻器使い。確か……やたのがかみ?」
八咫のが神?
「もしかして、八咫の鏡」
予想を言うとトモカが頷いた。今度のは少し縦の振り幅が大きかったような気がした。気のせいかもしれないけど。
「若作りしたり、偽物を暴いたり。レーザーを撃ったりもできる。便利」
「そ、そう……ちなみに今、食堂のガラスに罅が入ったのは、関係あるのかな?」
あれが割れるとここは吹きさらしだ。
門脇さんの実年齢に興味がないとは言わないけど、時と場所を選んでほしい。
「そう。ガラスも鏡、らしい。でも問題ない。私のほうが強い」
「僕は門脇さんより弱いんだけど……」
あと多分、能力に関係なくあまり反抗したくないんだけど。
「大丈夫。私が守る」
なんて頼もしい台詞なんだ。涙が出てくるね。
いや決して、自分自身を情けないと思って出た涙じゃないけどね。
でも僕は自分の身が惜しいんだ。
「よし! 門脇さんの話はやめよう! 終わり! 幻器使いって、さっきも例に挙げたけど魔物とか使役できたりするのかな!?」
精一杯作り笑いを浮かべて、トモカに迫る。
あっ、鏡直った。
……八咫の鏡って本当に便利なんだなあ。
「ん。カスケイドじゃない奴らなら」
原生の妖怪たちだね。
「すると鎌鼬の次男とかの力を借りられたら、良い攻撃力になるのかな」
「でも幻脈使いのほうが強い。他のSPDも全員幻脈使い」
僕が相槌を打ってみせると、いきなりトモカがむっとした顔になった。気付けば四杯目に達していたジュースを飲み干して、彼女の主張は続く。
「格の高い神器や大妖を御するには、よほど波長が合うか、そうじゃないなら従える対象よりも遥かに大きな器が必要になる。でも、私たちにそういう心配はない」
「……ふむ。幻脈使いなら、目覚める力が最初から合っているってこと?」
「ん。波長が合っていて、器も適している。選べないのが欠点」
逆に幻器使いの強みは、扱う器物や従える妖魔の格を落として器用に戦えるということになるのだろう。
「それに、」
トモカが何か言おうとしたときに、ちょうど料理が運ばれてきた。
六杯目も一緒だ。
「――ん。続きはまた今度」
途端に彼女の興味は遅めの昼食に移ってしまった。
今まで飲んでいたのは一体どこに入っていたんだと詰め寄りたくなるような勢いで、料理が消えていく。
「おいしい」
そう言ったトモカの顔は、やっぱりまるで読めない無表情だった。




