第3話 決着
別のものを、斬ったのだ。
無数の黒炎が周囲を覆う。
(人手魔!)
レーザーが片側を焼き払う。
斬撃が片側を薙ぎ払う。
空隙。
「もらった!」
セグメントが迫る。
前からは本体。
後ろからは分身。
二つに一つ。
僕の剣筋では間に合わない。
トモカの斬撃は分身を捉えた。
真っ二つに斬り裂かれた分身の身体が、崩折れて地面を滑る。後退しながらセグメントに切っ先を向けようとして、間に合わないことを悟った。
(トモカ! 僕を斬れ!)
返答はない。
意識も途切れない。
人と変わらない掌の感触が、僕の首に触れた。
(トモカ!?)
(――できない。まだ日弦が戻ってない!)
戦慄する。
トモカの言う通りだ。
蘇生できるのは死んでから五秒まで。
(あと何秒!?)
(八!)
差し引き、あと三秒。
僕らだけで稼ぐしかない。
セグメントの腕を、斬撃が斬り裂いた。
「小賢しい、と――」
剣を下段から振り上げる。僕を掴むために再び首か顔を狙うなら、僕は体軸の正面に剣筋を持ってくるだけでいい。
どのみち時間稼ぎ。
一拍でも判断を。
少しでも逡巡を。
生み出せたなら僕らの勝ちだ。
「――言っている!!」
剣撃がいなされる。
今度は回避じゃない。けれどダメージも与えられていない。最初見たとき、腰に佩いていたあの刀だ。撫でるようにして軌道を変えられた。だが剣は受け流せても、斬撃にはそんなこと関係ない。
みしみしと眼前に迫った腕から悲鳴が上がっているのが分かる。
分かるのに、追撃できない。
目の前に好機があるのに、僕は馬鹿みたいに剣を振り上げて――いや、掲げるような姿勢で、狙いやすいように首も腹もさらしている。
対してセグメントの顔にも、焦りが出ていた。
奴も理解しているのだろう。
僕を操っていた髪が、今はないことを。しこたま遅い最強の一撃と、精密で速いけどセグメントを殺しきるには至らない程度の斬撃だけ。
チャンスは今だと。
「今度こそ――!!」
セグメントの腕が迫る。
(トモカ――)
(待って! まだ――)
いや。
逡巡しては駄目だ。
判断を遅らせては駄目だ。
ただでさえ、僕らは二人。
一人で戦う敵よりも、意思疎通の分だけ行動は遅い。
(――トモカ自身に、斬撃を撃ち下ろして)
阿吽。
剣撃。
有り得ない方向に曲がった軌道のせいで、剣は見事セグメントの腕を捉えた。
「「ぐ、ぐあああぁぁぁぁぁ!?」」
絶叫が木霊する。
一つは麻酔が切れたまま、腕が有り得ない方向に曲がって折れてしまった僕の声だ。肘が砕けて、剣を握れていない。
もう一つはセグメントのものだ。
強引過ぎた一撃は僕が自力で振るったときほどの威力はなかったけれど、確かにセグメントの腕を斬り落としていた。
しかしそんな阿鼻叫喚も長くは続かない。
セグメントはカスケイド持ち前の再生能力で腕を再生し、僕も再び辿り着いたヒヅルさんの髪の毛で治療された。
『ごめんね。ちょっと時間かかっちゃった。』
「構いません。それより、援護は諦めて僕の操作に専念してもらえますか。次にああいう妨害を受けたら、きっと持ちません」
『りょーかい!』
何事もなかったかのようにお互い対峙する。
(ぐあああぁぁぁぁぁ)
(ちょっとトモカ黙ってて)
何故か僕にしか聞こえない念話――と、呼ぶことにした――で僕の声真似をしてくるトモカはさておき、僕とセグメントは表情を引き締めて向き合った。
「まだ隠し玉があったとはな」
「こんなのはまだ序の口さ」
隠し玉? と疑問符を浮かべてしまいそうになったが、おそらくトモカの斬撃で刀の軌道を変えたことを言っているのだろう。適当に頷いておいた。
けれど僕の顔を見て、セグメントが口端を吊り上げる。
「なるほど、さっきので最後か。それとも、意図せぬ成果だったかな?」
「さっ、さあ。どっちだったかな?」
マジか……カスケイドにも表情読まれるのか、僕。
いや、きっと敵が元・人間なせいだ。
こう……なんか残滓的な何かとかで。
「――ふん。貴様にショックを与えても無意味だったな、人間。操者をどうにかせねば、貴様を連れて帰るのは叶わんわけだ」
セグメントのそばに、分身が控える。
違う。
分身が掻き消えた。
まず――い、と。
考えるより速く。
世界がずれた。
一千メートル近くも離れたはずのビル群が、三つ四つと向こうまでことごとく真っ二つになる。
それをそうだと認識できたのは。
僕がその一撃で一度死んで、蘇った後だった。
「外したか。――いや。外されたか」
一瞬前まで僕がいた場所を、セグメントが掴んでいる。
そこには今、虚空しかない。
当の僕はセグメントから数百メートルも離れた場所で倒れて、どうにか起き上がろうとしている最中だから。
(伶。平気?)
(問題ないよ、トモカ。それより何が起こったの?)
(居合の軌道に私を割り込ませた。嫌な感じがしたから)
戦士の勘というやつか。
やはり経験の差は偉大だ。
つまり、僕が助かったのは偶然中の偶然だった。
僕がたまたま剣を右手に握っていて、そして敵の居合は左側から――僕にとっての右側から放たれた。
最短で軌道を妨げられる位置に剣があって。
さらにその居合は、剣を斬り裂けるほどの威力はなかった。
だから僕は吹き飛ばされた。
吹き飛ばされるだけで済んだ。
いずれかの理由が欠けていれば、僕はあの場所で一度真っ二つになり、蘇生されてすぐにセグメントに掴まれ、向こう側へ引きずり込まれていただろう。
(でも打ち負けた。あれはまずいタイプのやつ)
それは僕も同意する。
剣そのものを振るっても威力で負けたとなると、それを超えるのは僕が自力で振るったあの一撃しかない。
(伶。来る)
(分かってる。だけど……)
それを当てる方法がない。
「ふん。ここは建物か。貴様らと我らを隔てる、忌々しい防壁だ」
削り取られたビルの残骸に、セグメントが踏み込んでくる。
対する僕はまだ立ち上がったばかり。
見上げた敵のそばには、分身が控えていた。
「だがそれも。今は無意味だ」
セグメントが刀の柄に手を伸ばす。
ようやく気付く。
明快過ぎる予備動作。
今度は自分の意志で剣を持ち上げる。
セグメントの分身が消える。
――そして再び、僕は死んだ。
目が覚めたのは七つ先のビル。
(……トモカ。いる?)
暗い。
痺れているのか麻酔のせいか、右手の感覚がない。
頭上で瓦礫の動く音がする。ヒヅルさんが撤去してくれているのだろう。一瞬遅れて、爆音も響いた。
(いる。すぐに瓦礫を消すから待ってて)
(分かった)
「……ヒヅルさんは、先に僕の身体を治してもらえますか」
銀髪の返事はない。
されても暗くて見えなかっただろうけど。
瓦礫の底から引きずり出されて、ヒヅルさんの指し示す場所を見る。
セグメントが再び、鞘に刀を納めたところだった。
分身は既に隣りにいる。まだ消えていないだけ。
状況は最悪。
けれど幸いにして時間があった。
ほんの少しだったけれど、確かに。
遠くへ吹き飛ばされたおかげで、セグメントがここへ辿り着くまでの僅かだけ、思考を巡らせる時間ができていた。
「――呆れるほどしぶとい奴だな」
瓦礫を踏む音。
分身を連れている。
「諦めは悪いほうなんだ、僕は」
そして考える時間があったからこそ、理解できる。
きっとこれが最後の撃ち合いになる。
剣を両手で、強く握り締める。
そして駆け出す。
真っ直ぐに、セグメントへ向けて。
「顔が恐怖に彩られているぞ」
見透かされている。
だがもう駆け引きに意味はない。
駆け引きの必要はない。
僕らは進むだけだ。
たとえ僕が死んだとしても、すぐに蘇生して前進できる。
剣を振り上げて、あと一歩の距離まで肉薄する――ことを目的に。
間に合わない。しかし。
「これで終わりだ」
その声が、どちらのものだったかは分からない。
分身が、消えた。
まるでそれが、合図のように。
「――――」
世界がずれる。
僕らと彼を分かつように。
人間とカスケイドを分かつように。
そして僕の身体が二つに分かたれて――くっついた。
剣を振り下ろす。
爆音と、粉塵。
その霧の向こうから、手は伸びてこない。
あの悍ましい、カスケイドの手は。
「……やっ、た――」
力が抜ける。
視界が揺れて、がくりとその場に倒れ込んだ。
腕をつく暇もなく、顔面からコンクリートにダイブする。
まだ麻酔が効いているのか、痛みはない。
けれど疲れだけははっきりと分かる。
疲労がピークに達していた。
初めての殺し合いは、その後の安堵だけで僕の身体の自由を奪うに充分だった。
周りに浮かぶ銀文字が読めない。
思考が回らなくなって、念話も分からない。
やがて声が耳朶を震わせても、もはや意識に届くことはなかった。
意識が闇に沈んでいく。
今少しだけ眠りたい。
もう、限界――




