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【旧版】エンバンカーズ!  作者: 利々 利々
第五章 彼方払暁のエンバンカーズ
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第1話 セグメント

 六つ目の『門』が出現してからこちら、生者が駆逐され尽くした東都の地には無数のビルが林立している。カスケイドたちが見向きもしないものがたくさん、触れられることもなく残っている。


 その中でひときわ広く『確保された』場所に、僕とトモカは立っていた。

 最前線にして最後の砦、『払暁』から三千メートル。


 できれば思い出したくもない敗北の場所は、一昨日よりずっと広くなっている。

 かつてあった地名の看板や遮蔽物の類は一夜のうちに撤去されて、四方・六百メートルほどはすっかり見晴らしがよくなってしまった。


 今日、あのカスケイドを迎え撃つ。

 昨日いっぱい、作戦認可からおよそ一八時間かけて準備されたこのコロシアムで、SPDのみんなとともに。


 時刻は午前四時。

 夜明けとともに、それは来た。


 地平の彼方から彼方までを(つんざ)く陽光を背負って、ビルの間をゆっくりと。既に息絶えた獲物へ近付くかのように、悠然とした足取りでそいつはやってきた。

 喪服のように黒いスーツに、赤みがかったオールバックの黒髪。この世のすべてを憎んでいるような濁黒の瞳。


 人型カスケイド――目標名(コードネーム)『セグメント』。


 カスケイド化後の異様な強さはさておき、かつての能力だった『分け身』を有していることから、ひとまずこの作戦中はセグメントと呼ばれることが決まった。


「……来た」


 どこか緊張した声音で、トモカが言う。

 彼女の手は冷たい。

 きっと出会ったあのときよりも。


「あの剣……見覚え、ないよね?」


「ん。初めて見る」


 ぎゅっとトモカの手に込められた力が強くなる。

 それはつまり、繋いだ僕の手を強く握ったということで。

 思考しなければならないのに、心には嬉しさが湧き上がっていた。


「それに、幻脈(ちから)の匂いがする」


 トモカの言葉で我に返る。

 一つだけ、セグメントには前回と違う点があった。

 腰の左側に佩いた剣――いや、刀だ。

 今は鞘に納まっている。

 しかしわざわざ持ち出してきた以上、使う気があるのは明らかだった。


「分かった。じゃあ、トモカ。予定通りに――」してくれ、と言おうとした瞬間。

 僕とセグメントの、目が合った。


「今日は、あの蛸女はいないのか」


 ――。


 それをおそらく、たっぷり三秒は理解できなかったと思う。

 耳に聞こえた音が言葉だと分かる前に、そいつは地面を蹴っていた。

 言葉を発したのがセグメントだと分かる前に、そいつは僕の首を掴んでいた。


 カスケイドに掴まれる。

 それは生者としての終わりだ。

 一度掴まれたら、カスケイドを殺して逃げるか、カスケイドに引きずり込まれるか、あるいは死ぬしかない。


 その死を選んだ人間も、選びたかった人間も、たくさん知った。


『払暁』の資料室を作った人々は、実に優秀だった。

 でも僕は、死を選ぶつもりはない。


「小賢しい」


 セグメントの顔が歪む。

 ――カスケイドでも、悔しそうな顔をするんだな。

 どうでもいいことを考えながら、僕は断面を見ていた。


 セグメントの断面だ。

 人体で言えば、左腕にあたる箇所。


 左腕の肘から先が消えていた。血は出ていない。そしてそれを成したのはもちろん、僕の隣にいた人――トモカの能力。

 一体いくつの攻撃を重ねたのか分からないが、とにかくトモカの最大瞬間火力なら、敵に傷を付けられる。それが分かっただけでも収穫だ。

 一合目の成果としては、だけれど。


 右手の冷たい感覚が消えていくのを感じる。

 視線をやれば、もうトモカの姿はない。


 彼女は淡い光に包まれて、剣になった。

 一振りの剣に。

 柄は短い。剣身は長い。歩兵用で両刃のショート・ソードだ。


 死体のように――もとい非生物相応に冷たい柄に、僕の体温が染み込んでいく。

 一見しただけでは、剣にしか見えない。

 しかしこれこそ、この剣のような姿こそ――幻脈使い(エッジバンカー)九重(ここのえ)(とも)()の最強形態にして、最終形態だ。


 着る主を失った、トモカの衣服がその場に落ちる。それが何よりも雄弁に、この剣こそトモカなのだと語っていた。

 ――今日は水色か。

 おっといけない。


 瞬き一つの間に腕を修復したセグメントが、振り向きざまに拳を振るってくる。

 だが遅い。

 人間の僕を殺さずに仕留めようとするような一撃では――トモカの全力の一撃に、簡単にいなされてしまう。


「少年、貴様――」


 セグメントの顔が苦渋に満ちていく。

 これが一つ目のカード。

 初戦では見せていなかった、トモカの全力。

 そして二つ目。


「――抱えられて逃げた素人の、動きではないな」


「大当たりだよ。カスケイド」


 騎士人形の代わりに、僕の身体をヒヅルさんに操ってもらっている。


(――すごい)


 トモカの意識が流れ込んでくる。


(どうかした? 不具合があるなら――)


 僕も意識で答える。

 ところでこれ、さっき水色とか考えたことは筒抜けなんだろうか。心配だ。


(――そんなもの、ない。最高。いつもより、すごく……調子がいい。これは…になる。病みつきになる)


 なんだかちょっとアレな気分になる感想を聞きながら。

 聞いたことのない斬撃音を響かせながら、セグメントの身体がひしゃげる。


 追撃するために剣を向けようとして、僕の右腕が勝手に動いた。

 背後を斬り裂く。

 胸元を深く抉られたのは、セグメントの分身だ。

 でも――


「ちょっとヒヅルさん! 今『ゴキ』って! まずい音がしたんですけど!」


『ヘーキヘーキ! 痛みとかないでしょー!?』


「そりゃないですけどね!?」


 ――痛みのないまま、右肩の骨が外れて元に戻った……と、思われる。

 なにせ感覚がない。

 ヒヅルさんの髪を伝って、僕の身体の感覚は麻痺させられている。意思疎通はできるよう、思考や舌は回るようになっているけれど。


 この戦いには僕とSPD全員、そして門脇さんの同時運用が許可されている。


 まず最初に、戦場の構築。

 つまりは伏せ札。言わば〇枚(ぜろまい)()のカード。

 広い区画を確保し、かつ周囲にビルが密集したこの場所で、他の雑魚カスケイドの襲撃、あるいは分身の行動を押さえる。

 担当はビルの窓ガラスを利用した、門脇さんのレーザー遊撃兼防衛網。


 ()いで構築した戦場に、敵を誘い出す。

 特級特異点シンギュラー・ポイントたる僕自身がここに立つことで、戦場を強制的にこの場所にする。とはいえこれは、最後の切り札に至るための前準備でしかない。


 最後にカスケイドとの決戦。

 能力を完全解放すると、剣になってしまって移動ができない――自分の周囲を斬撃するというような、強引かつ大雑把過ぎる手段は除く――トモカを、僕が扱う。そして僕の身体の操作を、ヒヅルさんの操り糸に任せる。

 さっきのように、無理な機動に関しても心配ない。適宜、ヤヨイさんの分泌液を髪づてに僕へ流せるよう、ヒヅルさんの部屋に待機してもらっている。


 他にもいくつか(カード)はあって――

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