第2話 銀姫夜行
「罵られる要素ありましたか今!?」
思わず叫んでしまった。
咄嗟に扉のほうへ目をやって、ここが引きこもり御用達の∨IPルームだったことを思い出す。防音防光に毛ほどのぬかりもあるはずない。
しかし甚だ遺憾だ。
未知の能力について考えただけで、ヘタレ呼ばわりされるなんて。
「何か失礼なこと考えてないー?」
「考えてないです」
「それならいいんだけどー。で、私の三つ目の――最後の能力だっけー? いいよー、教えてあげるー」
再び目の前で銀髪がゆらめく。
図画はまた、人型を思わせる幾何学的なマークだった。
「まずこれが私――じゃなくて、きみだよー」
「僕なんですか」
周りになんだかにじり寄るような(ヒヅルさんのものと思しき)髪が描画されていて不吉なんですけど。
「そしてこれが朝戈ちゃんです」
隣にもう一つマークが出た。
見分けはつかない。
心持ち、背が低いように見える。
「二人はカスケイドに襲われているわけだねー」
くねっと周囲を囲んでいた髪先が蠢いた。
どうやらヒヅルさんの能力を示唆したものじゃなくて、カスケイドだったらしい。そう言われてみると確かに、言われてやっとというレベルではあるけれど、黒い炎、人手魔の手を模しているように見えなくもない。
「そこで朝戈ちゃんが、斬撃を誤射してしまいます」
途端に僕を示していたマークが真っ二つになった。
綺麗に割れた。
縦に。
「即死してないですかこれ」
「そうだねー」
そうだねーじゃない。
死んだらどうにもならな――
「これを元に戻すのが私の能力だよー」
――なるの!?
驚いて声を出しそうになって、眼前に銀糸がさらされる。
ぴたり、と。割られたはずの僕のマークが元に戻った。
「死んでから五秒くらいまでだけどねー。もっと酷い状態でも元に戻せるよー」
僕と呼ばれたシルエットが再び――今度はさらに、手酷く細切れになった。
「……たとえばトモカが、カスケイドを叩き潰しているような」
「あるねー。あの打撃を受けて潰れちゃっても、やっぱり五秒以内ならできるよー」
「それもう髪の毛関係なくないですか」
「外科手術みたいなもんだよー」
それはおかしい。
絶対違う!
「外科手術で死体が息を吹き返すわけないでしょう」
「うーん……多分、普通の手術だと五秒で全身手術を終えないから死んじゃうんだよー、脳が錯覚してくれる範囲なら大丈夫ー、多分だけどー」
……本当なんだろうか。
脳が自認する前に治療が終われば、人は死なないのか……?
「まあ手術とかしてないんだけどねー」
「やっぱり違うんじゃないですか!」
「はっはっはー。能力のベースに髪の毛があるだけだからねー。だいたい、それを言ったら虚空に斬撃を生み出すのもー、身体がスキュラになっちゃうのも物理学とか、生物学とか関係ないでしょー?」
――だから私のも、医学とは無関係!
髪製の指が、ぱちんと指を鳴らした。
確かにそうだ。
「それで、眠れそうかなー、迷える子羊くんはー」
「むしろ目が冴えました」
「だよねー」
笑うような図画が描かれる。『けらけら』と、漫画チックに崩れたオノマトペまであって実に用意がいい。
「僕が過敏に反応するって、見越してましたね?」
「さあどうかなー」
今度は口笛を吹く図画に変わった。
「まあ気が立ってるだけだろうからさー、天井のシミを数えてるうちに眠れるよー」
「そこは羊じゃないんですか。ていうかそんな言葉どこで覚えたんですか」
どうせこの部屋にある本か、ネットで見たとかなんだろうけど。
「乙女の秘密ってやつだよー」
白々しくも銀髪がうねって、『SECRET』という文字とキープ・アウト的テープのような帯が表示された。
全部銀色だけど。
「眠らないと、明日が大変そうですからね。とりあえず目は瞑っておきますよ」
「えー何それー、つまんなーい」
「つまんなくて結構です」
「折角、今夜は寝かさないゼット・イー・ホシって……あー、間違えた」
画面に目をやると、『ZE☆』と書かれていた。
どうやらテキストに打ち込まれていたものを、ソフトがそのままの発音で読んでしまったらしい。
もしかしたら。
本当に可能性だけの話だけど……使い慣れた機械でそんな凡ミスをするくらい、ヒヅルさんも緊張しているのかもしれなかった。
「とにかく、僕はもう寝ますから」
狭くて暗い一室に、急遽敷かれた小さな布団に包まる。
「ちぇーっ。仕方ないなあ……」
ヒヅルさんのものであってヒヅルさんのものではない、平坦な声を布団越しに受けて、僕は眠りの縁をゆっくりと滑り落ちていった。
◆◆◆
蒼天の下。
空から剥がれ落ちるように死んでいくカスケイドを、昨日と同じようにベンチに座ったまま眺める。
今日は正規の性能試験だ。
視界にはトモカ。すぐそばにはヤヨイさんがいる。
昨日よりもカスケイドの雲は濃い。
普通の幻脈使い――上級特異点がここに立ったときは、一時間で千ほどのカスケイドが殺到したと聞いた。
昨日と違う点は他にも三つある。
一つはここが『払暁』から三千メートルほど離れていて、当然その分だけ昨日より第六門に近いこと。もう一つは太陽が天頂へ届いたばかりで、時間はまだまだたっぷりとあること。
そして――
「トモカ。四万超えたって」
「――…………」
トモカは一瞬だけこちらを見て、何も言わずに視線を戻した。
口が開きかけていたように見えたのは、僕の期待が見せた幻だったかもしれないし、彼女は本当にそうしていたのかもしれない。
どちらにせよ、僕に問い質す勇気はないのだから、同じことだ。
――そして最後の一つは、僕とトモカの間に会話がないことだった。
原因は分かっている。
分かりきっている。
思い出すだけで顔が熱くなる僕と、からかう言葉の一つも吐かないトモカを見比べて、微笑を浮かべたヤヨイさんがため息をついた。
「で、何があったんだい」
「……今訊きます?」
「もちろん。今だからこそ訊いているんだよ。それとも訊かれたくなかったかい?」
なかった。
と言えば、嘘になる。
「実は――」
そして僕は訥々と、今朝の出来事を話し始めた。




