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【旧版】エンバンカーズ!  作者: 利々 利々
第三章 はじまりのリトル・バックファイア
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第2話 銀姫夜行

「罵られる要素ありましたか今!?」


 思わず叫んでしまった。

 咄嗟に扉のほうへ目をやって、ここが引きこもり御用達の∨IPルームだったことを思い出す。防音防光に毛ほどのぬかりもあるはずない。


 しかし甚だ遺憾だ。

 未知の能力について考えただけで、ヘタレ呼ばわりされるなんて。


「何か失礼なこと考えてないー?」


「考えてないです」


「それならいいんだけどー。で、私の三つ目の――最後の能力だっけー? いいよー、教えてあげるー」


 再び目の前で銀髪がゆらめく。

 図画はまた、人型を思わせる幾何学的なマークだった。


「まずこれが私――じゃなくて、きみだよー」


「僕なんですか」


 周りになんだかにじり寄るような(ヒヅルさんのものと(おぼ)しき)髪が描画されていて不吉なんですけど。


「そしてこれが朝戈ちゃんです」


 隣にもう一つマークが出た。

 見分けはつかない。

 心持ち、背が低いように見える。


「二人はカスケイドに襲われているわけだねー」


 くねっと周囲を囲んでいた髪先が(うごめ)いた。

 どうやらヒヅルさんの能力を示唆したものじゃなくて、カスケイドだったらしい。そう言われてみると確かに、言われてやっとというレベルではあるけれど、黒い炎、人手魔(ウィル・オ・ウィスプ)の手を模しているように見えなくもない。


「そこで朝戈ちゃんが、斬撃を誤射してしまいます」


 途端に僕を示していたマークが真っ二つになった。

 綺麗に割れた。

 縦に。


「即死してないですかこれ」


「そうだねー」


 そうだねーじゃない。

 死んだらどうにもならな――


「これを元に戻すのが私の能力だよー」


 ――なるの!?

 驚いて声を出しそうになって、眼前に銀糸がさらされる。

 ぴたり、と。割られたはずの僕のマークが元に戻った。


「死んでから五秒くらいまでだけどねー。もっと酷い状態でも元に戻せるよー」


 僕と呼ばれたシルエットが再び――今度はさらに、手酷く細切れになった。


「……たとえばトモカが、カスケイドを叩き潰しているような」


「あるねー。あの打撃を受けて潰れちゃっても、やっぱり五秒以内ならできるよー」


「それもう髪の毛関係なくないですか」


「外科手術みたいなもんだよー」


 それはおかしい。

 絶対違う!


「外科手術で死体が息を吹き返すわけないでしょう」


「うーん……多分、普通の手術だと五秒で全身手術を終えないから死んじゃうんだよー、脳が錯覚してくれる範囲なら大丈夫ー、多分だけどー」


 ……本当なんだろうか。

 脳が自認する前に治療が終われば、人は死なないのか……?


「まあ手術とかしてないんだけどねー」


「やっぱり違うんじゃないですか!」


「はっはっはー。能力のベースに髪の毛があるだけだからねー。だいたい、それを言ったら虚空に斬撃を生み出すのもー、身体がスキュラになっちゃうのも物理学とか、生物学とか関係ないでしょー?」


 ――だから私のも、医学とは無関係!

 髪製の指が、ぱちんと指を鳴らした。

 確かにそうだ。


「それで、眠れそうかなー、迷える子羊くんはー」


「むしろ目が冴えました」


「だよねー」


 笑うような図画が描かれる。『けらけら』と、漫画チックに崩れたオノマトペまであって実に用意がいい。


「僕が過敏に反応するって、見越してましたね?」


「さあどうかなー」


 今度は口笛を吹く図画に変わった。


「まあ気が立ってるだけだろうからさー、天井のシミを数えてるうちに眠れるよー」


「そこは羊じゃないんですか。ていうかそんな言葉どこで覚えたんですか」


 どうせこの部屋にある本か、ネットで見たとかなんだろうけど。


「乙女の秘密ってやつだよー」


 白々しくも銀髪がうねって、『SECRET』という文字とキープ・アウト的テープのような帯が表示された。

 全部銀色だけど。


「眠らないと、明日が大変そうですからね。とりあえず目は瞑っておきますよ」


「えー何それー、つまんなーい」


「つまんなくて結構です」


「折角、今夜は寝かさないゼット・イー・ホシって……あー、間違えた」


 画面に目をやると、『ZE☆』と書かれていた。

 どうやらテキストに打ち込まれていたものを、ソフトがそのままの発音で読んでしまったらしい。

 もしかしたら。

 本当に可能性だけの話だけど……使い慣れた機械でそんな凡ミスをするくらい、ヒヅルさんも緊張しているのかもしれなかった。


「とにかく、僕はもう寝ますから」


 狭くて暗い一室に、急遽敷かれた小さな布団に包まる。


「ちぇーっ。仕方ないなあ……」


 ヒヅルさんのものであってヒヅルさんのものではない、平坦な声を布団越しに受けて、僕は眠りの縁をゆっくりと滑り落ちていった。



  ◆◆◆



 蒼天の下。


 空から剥がれ落ちるように死んでいくカスケイドを、昨日と同じようにベンチに座ったまま眺める。

 今日は正規の性能試験だ。


 視界にはトモカ。すぐそばにはヤヨイさんがいる。

 昨日よりもカスケイドの雲は濃い。

 普通の幻脈使い(エッジバンカー)――上級特異点がここに立ったときは、一時間で千ほどのカスケイドが殺到したと聞いた。


 昨日と違う点は他にも三つある。

 一つはここが『払暁』から三千メートルほど離れていて、当然その分だけ昨日より第六門に近いこと。もう一つは太陽が天頂へ届いたばかりで、時間はまだまだたっぷりとあること。


 そして――


「トモカ。四万超えたって」


「――…………」


 トモカは一瞬だけこちらを見て、何も言わずに視線を戻した。

 口が開きかけていたように見えたのは、僕の期待が見せた幻だったかもしれないし、彼女は本当にそうしていたのかもしれない。

 どちらにせよ、僕に問い質す勇気はないのだから、同じことだ。


 ――そして最後の一つは、僕とトモカの間に会話がないことだった。


 原因は分かっている。

 分かりきっている。

 思い出すだけで顔が熱くなる僕と、からかう言葉の一つも吐かないトモカを見比べて、微笑を浮かべたヤヨイさんがため息をついた。


「で、何があったんだい」


「……今訊きます?」


「もちろん。今だからこそ訊いているんだよ。それとも訊かれたくなかったかい?」


 なかった。

 と言えば、嘘になる。


「実は――」


 そして僕は訥々(とつとつ)と、今朝の出来事を話し始めた。

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