7.New Fellows
FHを撃退した僕は砂漠と化した大地を疾走していた。
イーディスの仲間が上手くやったようで僕以外にキャリアーの後を追っている物体は少なくともローランのセンサーには映っていない。
少し落ち着いたためかだんだんと周囲の光景が目に入るようになってきた。地面は砂に埋もれて、たまに古い時代の建造物の瓦礫と思われる自然物にしては角張った岩が砂から顔を出している。
〈大戦〉――――100年近く前に集結されたという戦争。それはこの地球から全てを奪い去った。森も、花も、動物も、人も、街も―――そして国すらも。
詳しいことは分らない。〈大戦〉についてだって全世界を巻き込んだ有史以来、最大の戦争だということしか知らない。
僕達が閲覧できる書物には歴史書なんてものはない。あるのは精々〈大戦〉前の簡単な児童書とか兵器のマニュアルとか、そんなものしか読むことは出来ない。
けれど少ない本の中には昔の人々の暮らしが映し出されていた。
今よりずっと砂漠の占める面積が少なく、ワームから身を守るための壁に囲まれていない世界。
一人で誰もいない砂漠を進んできたからか考えが後ろ向きになってきたなと自分でも思う。
そんなことに思考を割いていると、地平線の先に土煙が上がっているのを頭部のメインカメラが捉えた。
映像を最大まで拡大するとそれは2台のFHキャリアーと1機のFHだった。
「やっと追いついた!」
やっと合流出来ることにほっと胸をなで下ろす。
キャリアーは基本的な型のもので、トラックの様な形をしている。違いはその大きさだろう。FHを積むためにコンテナだけで20メートルもの全長を持ちさらにそれを横に2つ並べている。
トラックの運転席に当たる部分はコンテナに比例して大きく造られている。
また、全体をしっかりと装甲で覆われていて装甲車の様な威圧感を放っている。
そんなキャリアーが一列に並びその先頭をダークグレーの装甲をまとったFHが走っていた。
こちらに気づいていて持っている狙撃用のライフルをこちらに向けている。
慌てて回線を繋ぐ。
「こちらロイ!ただ今戻りました!」
『こちらイーディス。ようやく戻ってきたか』
「ええ、すいません。少し苦戦しました」
『いや、別に怒っているわけではない。ただ心配だなんだと煩いのがいたからな』
『イ、イーディスさん!?』
「エリカ」
『な、なに?』
「ただいま」
迎撃にでる前に心配そうにしていたエリカを思い出し、少しでも気持ちが楽になればといつも通りの挨拶をかける。
『うん、おかえりロイ』
通信越しにエリカの穏やかな声が聞こえる。
返事の声色から少しは気持ちの整理がついた様に感じた。
それに少し安心する。
『悪いが早くキャリアーに乗ってくれないか?エリカは管制を頼む』
『は、はい!』
何か恥ずかしかったのかエリカのうわずった返事に苦笑を漏らす。
『ロイ。収納スペースは後部車両の右側コンテナが空いています。継続して追跡の可能性があるため走行しながら接続をします。大丈夫?』
訓練の時に管制をしてくれていたお姉さんの影響か急に丁寧な口調に変わったエリカをおかしく思いつつ、了承の旨を伝える。
『4番コンテナオープン。アーム展開。準備OKです』
04と書かれた右側のコンテナの天井が両開きに開き手前の壁もこちら側に倒れるようにして開く。
「了解。キャリアーへの接続シークエンス開始。キャリアーへ接近開始。目標は8mに設定。接近完了まで5、4、3、2、1、接近完了。腕部装備の回収をお願い」
『分った。装備回収用アーム展開』
コンテナからカマキリの腕を連想する様な動きで回収用のアームが伸びてくる。それに応じて差し出すようにライフルとバズーカを持ち上げる。
アームがしっかりと武器を掴んだのを確認して手を離す。そうすると伸びてきた時の逆再生の様に同じ動きで戻っていく。
『装備の回収を完了。本体の収容へ移行してください。』
エリカの指示に軽く返事を返した後、コンテナの手前部分にあるFH用の手すりに手を伸ばす。この辺の細かい人間の様な動作はパイロットの操作ではなくシステムであらかじめインストールしている動きをパイロットが選んでトレースするというやり方が用いられている。
手すりを掴むと、スラスターの出力を上げて徐々に機体を持ち上げる。風の抵抗で揺れる機体を手すりを強く掴むことで押さえ込む。
高度をあげた後は、フットベースと呼ばれる足を固定するための踏み台をめがけてゆっくりと今度は高度を下げる。
「フットベース接地まで5カウント。5、4、3、2、1、接地。」
接地するとすぐにフットベースが足を挟み込み固定をする。それとほぼ同時に数本のアームがローランへ伸びてきて肩や腰などを固定した。
『各部アームロック完了。動力パイプ及びコンピュータを接続。操縦権を要求。』
「要求を受諾。」
『操縦権の譲渡を確認。各関節をロック。ジェネレータを停止。キャリアー側から電力の供給を開始します。』
エリカはそこまで一息で言うと、ふうと一息ついた。
『接続シークエンスを完了しました。お疲れ様、ロイ』
「エリカこそお疲れ様。初めてとは思えない手際だったよ」
『うへへ、ありがと』
エリカの癖のある照れ笑いに笑うのをこらえているとだんだんと重力の方向が変わっていく。コンテナにしまうためにFH全体をうつぶせに倒していっているのだろう。
ベルトを外して変化していく重力に合わせて足場を変えつつ、ハッチを目指す。
すでにエリカによってロックを解除されていたハッチを開けて外に出る。
うつ伏せになりハッチから地面が近かったためそのまま飛び降りる。
降り立ったコンテナの中はお世辞にも広いとは言えず、ローランが平均的なFHより多きためかせせこましく感じた。
コンテナの中を見回していると、ローランから降りる前にそのまま操縦室まで来るように言われていたのを思い出しコンテナ内の唯一の人間大の扉に向かう。
扉を通ると廊下が続き、2つ3つ扉の前を通り過ぎた後壁に掛かっているはしごを昇る。
はしごを昇り操縦室に出る。
操縦室は思っていたよりも大きく、前方には操縦席が2つ並びその後ろには机と長椅子が設置されている。
その長椅子に二人の人物が座してこちらを見ていた。片方はもちろん先ほどまで僕の管制をしてくれていたエリカで、もう一人が―――、
「どうも!さっき通信越しにちょっと話したけど、改めまして!」
長く桃色がかった髪をした女性が椅子から立ち上がり、声をかけてくる。
女性にしては身長が高く、ほんの少し見上げる形になる。
「私はカエデって言います!どうぞよろしく!」
ニカッと大きく笑う特徴的な笑顔を浮かべて右手を差し出してくる。
その快活さに若干押されながらも、遅れて握手に応える。
「よろしくお願いします。カエデさん」
「んーん、カエデでいいよ。みんなそう呼ぶから」
「じゃ、じゃあよろしく、カエデ」
「はい、よろしく!」
ぐいぐいと距離をつめてくるカエデの要請に退き気味に応じる。
他の人がやれば馴れ馴れしく感じる事でも彼女自身の魅力からか不思議と不快に感じなかった。
「それと、あのFHに乗っているのが私の弟のトオルね」
前方の窓から見えるダークグレーのFHを指して言う。
「弟」・・・本来なら自分と同じ親を持つ、自信よりも年下の男性に対しての呼称だが、当然の様に僕達に親と呼べる人物はいない。おそらく僕とレイのように生まれてすぐに同じ部屋で育てられた相手の事を姉弟として扱っているのだろう。
それ自体は珍しい事では無く、僕達の同期の班にもそのような関係を築いている者達は存在した。
その2人で〈街〉から出てきた人を見て急に胸が苦しくなる。
それまで浮かべていた笑顔とはまた違う、相手を心底誇らしいんだとアピールするかのような柔らかな笑みがまぶしく感じてしまう。
「トオルは愛想が良くなくてねぇ、悪い子じゃないから仲良くしてあげてね。さっきエリちゃんが挨拶した時も「ああ」とか言うだけでちゃんとあいさつしてなかったし!ねぇエリちゃん!」
「えっいや、まぁ・・はい」
急に話が振られておどろいたエリカが慌てて返事をする。
それにしても・・・
「どーしたの、ロイ?」
「いや、「エリちゃん」かぁって・・・・」
「ん?おかしいかな「エリちゃん」。かわいいと思うんだけど」
すこしズレた反応にエリカと目を合わせて吹き出す。
そうして一通りの紹介が落ち着いたところにタイミング良く、もしかしたらタイミングを計っていたのかもしれないが、もう1台のキャリアーを操縦しているだろうイーディスから通信がはいる。彼女はハスキーではあるがよく耳に残る声をしていて、聞くとつい背筋が伸びてしまう。
エリカも同じようでさっきまで背もたれに寄りかかっていたのにもかかわらず、上官の前にいるかのような姿勢になっている。
通信の内容は僕達との情報の共有だ。あの廃墟の街で僕達の状況はある程度伝えたが詳しく説明する時間もなかったし、彼女らレジスタンスというものがどのような組織なのかも僕達はまだ知らないからだ。
『お前達のいた、MF・・・〈街〉と呼んでいたもののことだが、名前は分るか?』
「名前・・・〈街〉に固有の名前があるんですか?」
『ああ、私達にも何個あるのかは分らないがあれと同じようなのが3つは見つけている。壁に何かでかく書かれていなかったか?』
「壁に・・・ああ、たしか・・ア、アセナ?06だったかな。」
『その正しい読み方は「ATHENA06」だ。』
「アテナ・・・ですか」
『ああ、他に見つけた〈街〉も同じ名前だった。後ろの数字は違うがな。06は前に確認済みだったからあと2つ、02と04も確認している。おそらく6個以上はあると見ている』
「〈街〉が6個も・・。そんなに人間の数が?僕達は人間はすでにそのほとんどが大戦によって滅んだと教えられました。僕達の守る人間達が残り少ない最後の希望だとも」
『それは私達も変わらない。私は04出身だったがお前と同じように教えられたよ。だが実際に街がある以上どこかに嘘があると言うことだ』
初めて知る外の世界の情報に言葉が見つからない。
エリカも何を考えているのか、顔が険しく、そのエリカを心配そうにカエデが見つめているのが視界にはいる。
『イーディス、敵だ。』
通信越しに若い男の声が聞こえてくる。
『距離は?』
『後方20kmオーバー。数は分らん。キャリアーに乗ってるな』
『キャリアー・・・強襲仕様だろうな。カエデ』
「いつでもいけるよ!」
『頼む。トオル、カエデの準備が出来るまで決して近づけさせるな』
『わかってる』
「エリちゃん、オペレートよろしくね!」
「了解っ!」
カエデがエリカに一声かけてから格納庫に駆けていく。
僕とエリカは操縦席に座りサポートを担当する。
『それにしても、奴らここまで追いかけてくるとはな。街の奴らは基本的には深追いをしてこない。特定の地域に長居できない以上FHの作成に使われる資源は最優先される。だから損耗こそ奴らは恐れる。それの方針を変えてまで失いたくない、もしくは私達に渡したくないものがあるというわけだ』
イーディスは自身の推測を順序立てて説明をしてくる。
〈街〉での資源の優先度はなるほど確かに納得できる。損耗を最小限に押させたいという方針は各所に見受けられていた。主力量産FHのALLIANZⅡにもその思想が反映されている。火力を抑えてまで速度と防御力を重視する保守的な機体は新兵にも扱いやすいと同時に少しでも生還率を高める目的があるのだろう。
それだけ守りに徹している〈街〉が執着するもの・・・
僕達が、いやこの場合はイーディス達が新たに手に入れたもの・・・・ATHENA06の位置情報、僕とエリカのクローン兵2人、そして・・・・
「ローラン。可能性が高いのはローランですね」
『そうだ。お前達が乗って来た試作FHローラン。私達が持ち帰る中で一番のブラックボックス。全く・・・やっかいなもの持ってきたな』
イーディスが唇の片端だけを持ち上げる意地悪げな笑みを浮かべる。
そして思い出したかの様に言い出す。
『そら、戦闘が始まるぞ。あいつらの戦い方をよく見ておけ。お前達が共に戦うことになる相手だ』
イーディスの言葉にモニターに映るトオルの乗るFHを見る。
見たところ彼のFHはALLIANZⅡのカスタム機だ。全体的なシルエットはALLIANZⅡよりスリムだがところどころの装甲に共通点がある。同じ基礎のフレームを使っている以上可動域との兼ね合いのために変えることの出来ない装甲があるからだ。
モニターにトオルから送られてくる映像が映し出される。
敵FHは強襲仕様のキャリアー、FHを速く移動させるためだけの機能しか持たず僕達の乗るものにあるような小規模な格納庫がなくFHがそのまま上に乗るだけの単純なものだ。
乗っていたアリアンツが一斉にキャリアーから飛び降り、横に広がる。今までは縦に二列で並んでいたため正面から敵の数が分らなかったが、横広がりの陣形をとったため4機であることが判明した。
そこでやっと射程距離にはいったのかトオルが構えていた狙撃銃の引き金を引く。
一般的なビームライフルよりも細く速い光の筋が敵の肩を貫通する。それに向こうも負けじと打ち返してくる
FHに乗るトオルは左右の揺れで敵の弾を躱せるが、キャリアーはそうではない。今はトオルがこちらに銃を向けた敵機を優先して狙うことで攻撃を防いでくれているが長くはつつかないだろう。
『ロイ、煙幕を張れ。ハンドルのすぐ右にボタンがあるはずだ。』
「了解。えーっと、これか。スモーク散布!」
車外カメラを確認すると壁からせり出してきたダクトのようなものから灰色の煙が吐き出される。
これで敵はこちらを容易には狙えなくなった。
すると敵のアリアンツがキャリアーから何かを取り出す。それはFHの腰ほどまである大きさで四角柱に持ち手をつけた様な形をしていた。
何かで見たのか既視感があるその形に眉を寄せる。
『あれは!?』
イーディスの少し焦ったような声がもれる。
そのアリアンツは斜め上にその四角柱を向ける。そこでやっとそれの記憶に行き着いた。
一度座学の時間で写真を見せられた、――――
『ミサイルポッドだ!トオル、撃墜しろ!!』
イーディスが声を上げると計六つのミサイルが連続で発射される。
ミサイルは山なりに飛翔してこちらを囲むような弾道を見せる。
あんなものが爆発したら直撃でなくてもキャリアーが半壊しかねない。
トオルのアリアンツ・スナイパーカスタムが肩の付け根から伸びたサブアームに狙撃銃を渡し背中にマウントすると腰から短機関銃の形をした武器を引き抜き空に向ける。
未だ空高くにあるミサイルに向けてそれを指切り撃ちで狙い撃った。放たれた無数の小さなエネルギー弾がミサイルを片っ端から打ち落としていく。
みごと全てのミサイルを打ち落とし、前を見るといつの間にか距離を詰められ4機照準を合わせられていた。
『――――っ』
敵機が引き金を引こうとした、その瞬間―――――、
『カエデ、ミラージュ!いっきまぁーーす!!』
その声と一緒にキャリアーの出すスモークからすごい速さで影が飛び出す。
その影の正体はFHだった。それも今まで僕の見た中でも最も華奢なデザインをしていた。
オレンジとホワイトの2色の装甲を纏ったそれは一瞬のうちに敵機のすぐ近くまで接近していた。
相手は慌てて対処しようとするが時すでに遅し、カエデの駆るFHミラージュの持つビームマシンガンが至近距離で放たれる。
その一発一発の威力が低いが途轍もないファイアレートでアリアンツの分厚い装甲を溶かしていく。
どうやって判断したのかは不明だが、ミラージュがある程度打ち込むとまたしても驚異的なスピードで退るとすでにフレームの内部まで焼き切れてしまったのか敵のFHは仰向けに倒れ込んだ。
そこからの戦闘はあっという間だった。ミラージュが的を絞らせない不規則な動きで敵を翻弄しつつマシンガンの弾を浴びせる。そして敵の足が止まったところにトオルの正確無比な狙撃がコクピットを貫く。
なんというコンビネーションだろうか、まるで示し合わせたかのような動き、互いの弱点を補い合う戦い方に興奮してエリカに話しかける。
「すごいな。まるで頭の中を共有してるみたいだ」
「うん、ほんとにすごい。姉弟の絆ってやつなのかな」
「姉弟・・・か」
どうしてもレイとアレックスの顔が浮かんでしまう。
つい〈街〉の方に顔を向ける。今そこに広がるのはキャリアーの車内だけだ。まだ何かが繋がっているような気がして心が置いてけぼりになっていく。
後ろ髪を振り切るように前を向く。視線の先には永遠と広がる地平線。
僕らはかつての仲間と離れ、新たな心強い仲間と共に行くことを決めたのだ。
複雑な気持ちを押し殺し、戦闘後の作業に取りかかった。