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3.Lamentation

楕円柱を縦に半分にした形のコックピットの曲面の全てを占めるモニターに砂と岩だけの荒野が流れるように通り過ぎて行く。

試験のため〈街〉にある長距離の調査が可能な大型の動体センサーを使って索敵した時に見つけた推定30〜40メートルの大型〈ワーム〉のポイントに近づいてからかなり経つが未だにその姿は現れないでいる。アレックスとかは落ち着いているようだが、その間私は緊張で心臓はいつもの調子を失い早く、強く脈打っていた。

早くこの時間が終わることを望みつつ、大型の〈ワーム〉と戦うのも嫌だというジレンマに陥っていた。

そこにヘッドギアの向こう側からアレックスとレイの言い合いが聞こえてきて少し緊張が緩んだためか本音が漏れてしまう。

ロイがそれに対して諭すように励ましてきて感謝で少し気がまぎれた。

しかし実際ロイはわかってないだろう。私が感じている恐怖がどれほどのものなのか。

私は戦うのが怖い。もちろんチームのみんなも信用しているし、私だって訓練の成績は悪くなく自信だってある。

それでも私は恐ろしい、死ぬかもしれない事が、命を奪う事が、そしてなによりも仲間を失う事が。

FHに乗っていようと〈ワーム〉の力は驚異的だ。いろんなタイプのいる〈ワーム〉だがその全てに共通する驚異はその進化の早さだ。〈ワーム〉は恐るべき早さで進化を繰り返し次々と新種が生まれてくる。〈ワーム〉全体の平均として驚異レベルは毎年徐々に上昇して今やFHの頑強な装甲をたやすく貫くものも少なくない。

そんなものと戦っていれば些細なミスで仲間は死んでいくだろう。もし私のせいで誰かが死んだらと考えて夜に眠れなくなったことだって1度や2度ではない。

はっきり言って向いていないんだろう。それでも兵士である以上他の道は存在しない。出来ることをやっていくしかないそう言い聞かせる。

まず今出来ることは未だに喧嘩しているおバカ2人を宥めることだろう。でもこんなやり取りに幸せを感じる私もひとのこと言えないかもしれない。

そうしていると目標の〈ワーム〉が地面を貫いて飛び出てくる。

その形は〈ワーム〉の中では個体数が多く、比較的に驚異度は低い「ラージセンチピード」だった。しかし問題はその大きさだ。一般的な「ラージセンチピード」は5〜10メートルほどのサイズで主に群れで行動する。しかしこの個体は40メートル弱もあり、センサーを信用するのなら単体で行動している。


「陣形AW-C!時間がかかっても安全第一にして仕留める!」


ロイが陣形の指示をだす。その指示のとおりに陣形を組み攻撃を始める。

この「ラージセンチピード」の顎はそのサイズに見合ったパワーがあり、噛み付いてくるのを避けるとその勢いで私の背後にあった大きな岩に噛みつくが岩はまるでパンのように簡単に噛みちぎられていた。

これ程のパワーならFHの装甲はすぐに千切られはしないだろうが容易に形を変えられてしまうだろう。つまり胴体に噛みつかれればコックピットが押しつぶされてしまう。つまり待ち受けるのは死だ。

そんなコトを想像して背筋が寒くなる。

「ラージセンチピード」が攻撃のパターンを変えてアレックスだけを追いかけ始める。私達もアレックスから離れすぎないように後を追う。

アレックスの腕は信用しているがどうしても心配になってしまう。

アレックスは細かいターンで「ラージセンチピード」の追跡を振り切っていた。そしてついに〈ワーム〉攻撃をクイックブーストで避け頭を撃ち抜いた。

私達は頭を失っても動き続ける〈ワーム〉を囲みトドメを刺すべく攻撃を始める。頭を失い暴れ狂っている〈ワーム〉を哀れに思い、まるでリンチのような一方的な攻撃に心が痛む。

もちろんこの感傷は無駄なもので人間と〈ワーム〉の生存競争はもう大昔からずっと続いていて人間の数はもうごく僅かだと言う。そのため殺さなくては絶滅するのは人間たちだ。

私も頭ではそう理解していても完璧に、綺麗さっぱり割り切るのは難しい。

これも私が他のみんなと製造プランが異なるのが原因なのかもしれない。通常のクローン兵士は過去にFHに乗り戦っていた優秀な兵士の遺伝子データをもとに造られるため、その遺伝子には実績があり、そのほとんどが期待にそった成長をとげる。

対して私は「サルベージプラン」というプロジェクトによって造られた。「サルベージプラン」というのは過去の兵士以外の人間でパイロット適正がある者をもとにクローンを製造、運用して新たな可能性を探るという計画だ。

「大戦」の中で死んだという一般人の女性、その遺伝子に刻まれた戦争への恐怖が私を苛む。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


コーヒーを一口飲み、ふぅと一息をつく。

暖かな光と豊かなコーヒーの香りが体を包み込んで緊張しっぱなしだった身体から緊張の糸がほぐされていくのを感じる。

ロイとの話題は今日の試験に移り、私はずっと感じていた不安をうちあける。

彼は〈ワーム〉の大きさもあり、私達にミスはなかったから大丈夫だと言う。さらには自分勝手な質問をしてしまった事を謝れば仕方ない事だと笑って許してくれる。

それに安心したのもつかの間、試験で何か気になることでもあったのか眉を寄せ、険しい顔になったのを見て後悔する。

私は彼のとなりに椅子を寄せて子供をあやすよつに頭を撫でる。私は確信しているのだ、私達の中でもし落第になるとするなら、それは私だ。

私達のチームは他の訓練兵のチームと比べて優秀な事は今までの訓練の成績から明らかだ。

アレックスは動物的な勘に優れ教本に囚われない動きをする。レイの機体操縦の技術は折り紙つきでその正確な操作は右に出る者がいないほどだった。そしてロイは戦況判断、観察能力に優れていて、操作技術ではレイには及ばないがFHの戦闘訓練では互角の勝負をしていたのを覚えている。

そんなみんなに対して私は特別優れた技能はなく、平均的なものしかない。それに加えてこの臆病さだ。新たな人材を見つける「サルベージプラン」の結果はすでに見えただろう。この荒廃した世界で食料などの資源は非常に貴重だ、まかなえる人数は多くない事を考えれば私は・・・

でも私は死んでしまうのは怖いけど仲間を失う方がずっとつらい。ならばそれでもいいのかもしれない。彼らの死をきっと私はたえられないから。

みんなはきっと悲しんでくれるだろう、泣いてくれるだろう。心配だ、責任感の強いロイは背負いこまないだろうか、自分を責めないだろうか、私の事を忘れてくれるだろうか。

ロイの事ばかり考えてしまう。彼が元気に変わらず生きていてくれることが私の望みなんだ。

なぜなら私は昔から、彼が・・・


電子音が鳴る。


「結果、だよね・・・?」

「うん、たぶん」


私は携帯端末を操作して、結果を見る。そこには「廃棄」の文字。

それを見た瞬間、身体が震え始める。

覚悟をしたつもりだった、納得したつもりだった。

それでもどこかで期待していたんだろう、彼と共に生きる未来を。

しかしそれは泡沫の夢。現実に起こる事はいつだって必然で、そこに個人の望みが挟み込む隙間なんてないのだ。

彼に背を向ける。彼を見たらきっと助けを求めてしまうから。

一言、部屋に戻る事を伝えてその場を逃げるように去る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


部屋に戻った私はそのままベッドに入る。

掛け布団のなかで震える身体を押さえつけるように丸くなり、嗚咽を押し殺す。

どんなに身体を温めても一向に震えは止まらない。

それは私が眠りに落ちるまで続いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


眠りから覚めて時間の確認のため携帯端末を起動する。

そこにはロイからチーム全員に今日の午前に集合というメッセージが届いていた。

でも一晩寝たおかげか頭はすっきりとしていた。

これならもう彼に会っても大丈夫だろう。


きっと今度は笑ってさよならを言えるはずだ。



指定された倉庫に全員が集まりロイが話し始める。

彼の言葉に嫌な予感がしてくる。そして、その予感は的中する。

ロイは私を助け出すつもりだった。それを聞いた瞬間、心臓が縮んだように胸が苦しくなる。

予感はしていたが、やはりロイは私と同じだった。

それを聞いたアレックスがロイに摑みかかる。

アレックスの反応はつらいが、それは当然のことだった。なぜなら私達のような「クローン兵」は思考が制限されているからだ。「クローン兵」はそもそも「人間」達の道具であり、そこに自己意識は存在する必要はない。そのため私達は幼い頃にパイロットになるための強化と共に脳に細工を受ける。それにより命令に逆らうという考えを奪われるのだ。

しかしそれに対して耐性を持つものもいる。私や、たぶんロイがそうだろう。

でも私はこの〈街〉に逆らおうとは思わない。〈街〉の保有する戦力は個人でどうにかできるようなものではない。それは人数が多少増えたところで変わらない。だからロイの計画は無謀としか言えないし、実行すれば彼は私のために死ぬだろう。だからここでレイ達に彼を止めて欲しいと思ってしまう。

そんな私の思いに反して、ロイは一瞬の隙を突いて私の手を取り走り始める。

この辺りの地形は複雑なためレイ達が追いつくのは期待できない。私がロイを止めるしかない。

今日ここに来るまでに練習してきた言葉を心の中で反芻する。でも心臓が私を急かすように大きく音を立てるが言葉がでない。


ーーー言うんだ!言え!今しかない!


心の中で自分に怒鳴りつける。でもまだ体は動かない。

私はなんてズルイ人なのかと自己嫌悪にかられる。


ーーーこのままだとロイが・・・・!


そう思った瞬間、体は勝手にロイの腕をひっぱっていた。


「どうしたんだ、エリカ!?目的地まであと少しなんだ!」

「ロイ・・・・・だめだよ・・・・・・・・」

「なにが!?」

「わ、私達は、人間に逆らえない・・・逆らっちゃだめなんだよ。それがこの世界のルールなの。」


そうだ、逆らえば生きていけない。ロイを死なせるわけにはいかない。


「わ・・・わたしなら!大丈夫だからさ!」


他の人と同じ、洗脳が効いているように見せるためできる限り、いつものような調子で喋る。


「二人に謝りに行こう?二人ならわかってくれる・・・。またやり直せるよ」


言い聞かせるように、落ち着かせるように、笑って言う。


「ね?ロイ。私は・・・君が生きてくれてればそれでいいの」


そうだ、君さえ無事なら私は・・・


「僕は・・・・・・・・。僕は!」

「ごめんね。ロイ・・・」


ロイに、困らせてしまった事を謝る。こんな事を言えば彼が混乱するのはわかっていた。でもこの計画を止めるためには私が生きるつもりはないと思わせなくてはならない。

それを理解してくれたのか俯いて肩を震わせるロイ。きっとこれが最後の会話になる。私は最後に彼の暖かさを感じたくて抱きしめようとする。


しかし、その手は振り払われた。


「け・・・な・・・」

「え?」


ロイの口から絞り出すようにしてでた言葉が聞き取れずに聞き返すと。


「ふざけんな!」


聞いたこともない程のロイの大声に驚かされる。


「世界のルールだって!?やり直せるだって!?やり直してどうするんだ!その世界にエリカ・・・・!君がいなくちゃ!意味が・・ないじゃないか・・・」


ロイの言葉に心臓が鷲掴みにされる。


「僕は嫌だ!君がいなくちゃ!君はどうなんだ!?いいのかよ!もう会えなくなるんだぞ!僕にも!あいつらにも!」


目に涙をため、叫ぶように訴えるロイに私は何も言えない。

いい訳がない。もう会えないなんて嫌だ。孤独でで胸が張り裂けそうになる。

初めて見るここまで感情を剥き出しにしたロイの姿に私も感情のコントロールが出来なくなる。

今まで一緒にいたみんなとの記憶が走馬灯のように脳裏に蘇っていく。


「エリカ!!」

「わ、私は・・・・!」


涙が溢れてロイ姿が滲んで見えなくなっていく。

笑って別れようと思ってたのに、昨晩で泣き腫らした目をしっかりと隠してからきたのに。

奥底で蓋をした気持ちが中から溢れてくる。


「私は!」


もう私はこの感情の濁流をせき止めることが出来なくなっていた。


「生きたいよ!まだみんなと一緒にいたい!あなたと一緒にいたい‼︎お別れなんて嫌だよ!だから!」


この先を言ったら・・・


「だから・・・・!」


この先を言ったらもうもとには戻らない。


「だから!助けてよぉ‼︎」


言い終わると同時にロイの方に勢いよく引き寄せられる。

私の背中と後頭部にまわったロイの腕が私を強く抱きしめる。


「ああ!任せろ‼︎」


君はわかっているだろうか、耳元で小さく、しかし確かに聞こえたその言葉がどれだけ私の事を救ったのかを。

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