4.大々逆転再逆転
ドサ……
「……やっ……った……?」
どんな類の奇跡が起きたのか、ディアルが魔物を一頭倒した。
「俺、が、やっちゃった?」
うっかり『体改造されてて良かったー』と思ってしまうような戦いだった。
(やっぱり俺って凄い☆)
色々と特別仕様になっていなければ、軽く5回は死んでいただろう。
ズズ……
地面に倒れ伏した魔物から闇が剥がれ本体が露になった。
「狼?」
酷く痩せ細り、薄汚れてはいるけれども、姿形からして確かに狼だろう。
なぜ狼があんな恐ろしい化け物になったのかは皆目検討が付かないが、とりあえずディアルは戦いに勝ったのだ。
「い、いやっほっ――」
「きゃぁっ」
勝利の雄たけびを上げかけた所で悲鳴があがる。
「!?」
自分の命を護るのにいっぱいっぱいで忘れていたが、敵は一頭だけではなくまだ他にもおり、美形兄妹が戦闘中だったのだ。
少し離れた位置で地面に倒れたのはセシリア、服は所々破れ、頬には傷、髪も一部損傷しており、戦い前にはつけていたはずのリボンがなくなっている。
あのお守りの獣は?と姿を探せば、引き離されてしまたのか、かなり離れた位置で複数を相手にしていた。
お兄様もセシリアのピンチに気付いたようだが、敵もすんなり通すほど甘くはなく、どこに隠れていたのか新手まで出てきて行く手を阻んでいる。
その瞬間、驚異的な速さでディアルの脳が動いた。
(ここで俺が助ければ、恋やら愛やら生まれちゃうかもねぇぇぇぇ!!)
さらば恋に夢破れる日々!
(爽やかドリーマー、悪いが今回の恋は俺のものぉ!)
ピンチを救えばポイント上がる事間違いなし。
久しぶりの恋愛イベントを前にディアルは過去最強に燃え上がった。
「うおおおおおお!!」
セシリアは俺の嫁!
お兄様と従者に聞かれたら八つ裂きにされるだろうセリフを心の中で叫び、夢と希望ともろもろの妄想を胸に剣を構え走り出した。
が
「砕けろ」
低い声が鼓膜に届いた刹那、セシリアに飛び掛った獣が空に散った。
「おぁ?」
何が起こったか分からず間抜けな声が漏れる。
分かったのは獣と一緒にディアルの野望も砕けたという事。
「立てるか」
「はい」
王子の如くセシリアに手を伸ばし、優しく声を掛けて立ち上がらせる。
本来ならその役はディアルがやるはずだった。
でもやはり夢は夢でしかなかったらしく、今現在セシリアの手を握っているのはワイルド系、セシリアが人よりも小さいせいかワイルド系がいつも以上に頼もしく見える。
恋が芽生えそうな空気も見える。
「さーてさて、俺達も頑張っちゃおうか」
「……迅速に終わらせましょう」
現れたのは魔女の精鋭、どうやら助勢する事に決めたようだ。
不意に大きな羽根音がし、一羽の巨大な鳥が現れた。
当然この世界の生き物ではない。
2mはあるだろう漆黒の巨体。
大きな翼を羽ばたかせ、紅い瞳を爛々と光らせてこちらを見下ろしている。
「見つけた」
ワイルド系に支えられ、やっと立っている風だったセシリアの瞳が一瞬だけ金色の光を放った。
「あれが元凶かえ?」
「はい」
「フェリオンと久っちは魔物の排除を、ガイはセシリアのガードを」
「承知」
指示を受けDr.と久っちが魔物排除に動き出す。
ディアルはまたもや蚊帳の外に放り出されたらしい。
「さぁて、私の魔力がどこまで通じるかねぇ?」
「効かないんだ」
降って湧いた声は聞き覚えのあるもの。
「え?」
「闇属性は効かないんだ。ごめんね魔女様」
いきなり登場した人物は前に出ようとした魔女を片腕に抱きとめ、久しぶりと言いながら困ったように微笑んだ。
その人物を見咎め、大鳥がこの世のものとは思えぬ声で鳴く。
戦闘中の魔物、増援の魔物、全ての視線が男へと集まる。
「ひゅぅ~」
「これはまた、いいタイミングのご登場で」
目の前の敵を叩きのめした二人は思わず苦笑いを浮かべた。
「父様」
「ガイちゃん、うちの子そのまま護っててねん」
駆け寄ろうとしたセシリアを手で制し、ワイルド系に護衛を任せる。
「分かった」
大鳥の鋭い鳴き声を合図に、魔物という魔物全てが男に襲いかかった。
やはりと言うかそんな事態になっても男は悠然と構え、剣を構える気配すらない。
「ご、ご主人!」
「魔女様!」
お前が危ないのはいいけど俺らの主巻き込むなよ!とそんな長いセリフ叫ぶ暇はなく。
「う~ん、ちょっとお遊びが過ぎたみたいだね」
聞こえてきたのは相変わらず気の抜ける声、上げられた目線の先にはセシリア兄。
「白夜」
視線に応えるように兄が誰かの名を呼べば、男を貫くように地面から白い光が上がり、襲い掛かってきた魔物達は一匹残らず地面に転がった。
「魔女様!」
光の速さで駆け寄ってきたDr.に魔女を渡せば、入れ替わるようにセシリア兄が男の背に降り立った。
「……魔女様?」
Dr.が呼びかけても魔女からは何の反応も見受けられない。
不審に思って顔を覗き込めば、これ以上ないほど幸せそうな顔で意識を飛ばしていた。
「父上」
男と背中合わせに立ち、低く呼ぶその呼称に、嗚呼やはり本当に親子なんだと思い知らされる。
麗しき兄妹の言葉を疑ったわけではなく、本人を目の前にするまでは親子なのだと信じていた。
だが……並び立つ姿を見ると嘘なのではないかと疑ってしまう。
初めて出会った時と寸分変わらぬ姿、全く年を取っていない刀鬼にどう見ても兄弟だろうと言いたくなる。
下手をすれば落ち着きのある分、セシリア兄の方が年上に見えてしまうぐらいだ。
「さっさと終わらせるよ~」
「はい」
男のぬるい喋り方にも慣れた様子で眉一つ動かさない、ころころ表情を変える男とはまるで正反対だ。
大鳥が空気を揺り動かさんばかりに鳴くが、周囲には何の変化も見受けられない。
「無駄だよ」
くすりと笑んだ表情に戦慄が奔る。
魔女様が意識飛ばしてて良かったと、従者三人組は心の底から思ったそうな。
意識があったとしても今のでトドメを刺され、どちらにしろ同じ結果になっていただろうが……。
「お前はもう、逃げられない」
「お遊びは終わりだ」
男がいつか見た黄金と紅蓮の炎を、セシリア兄が白き炎を放った。
三種の炎が絡まり合い、一頭の龍へと姿を変えて大鳥を襲う。
龍と呼ばれる生き物を見るのはこれが二度目。
この世界には神も龍も存在しない。
神がいない代わりに神より厄介で恐ろしい魔女がいて、龍がいない代わりに数多の魔物が存在する。
異世界の存在なんて魔女の側にいなければ一生知らずにいた事だろう。
魔女より危険な存在がある事も。
闇との戦いは彼ら親子にとって日常茶飯事だけれどもDr.達は違う。
Dr.達にとって闇は日常。
あって当然の存在。
何せ仕えている主が闇そのものなのだから。
闇に仕え、闇を護り、闇と共に生きる。
それがDr.達にとっての日常、闇と戦うなんて考えた事がなかった。
(貴重な体験ではあるな)
男がこの世界にこなければ一生見なかっただろう光景。
龍が大鳥を断末魔ごと呑み込むと、森全体の空気が軽くなったような気がした。
龍は三頭に別れ、紅蓮と黄金は男の中へ、白はセシリア兄の中へと消えた。
「はい終わり~」
全てが終わった途端、凛々しい顔つきがへにゃりと崩れる。
(勿体無い事を!)
最初のダメージが大き過ぎたのか魔女は気絶したまま、美形親子の連携プレイを見事見逃してしまった。
「父様!!」
駆け出したセシリアをワイルド系は今度は止めなかった。
「はいおいでー」
両手を広げて突進してきた体を受け止めて、優しく抱きしめる。
「父様ぁ」
泣きながらしがみ付くセシリアを安心させるように頭を撫でる。
「大丈夫だよ、もう終わったから」
へらへら笑いでもない、戦闘中の凛々しい顔でもない、慈愛に満ちた表情で何度も「大丈夫」だと繰り返す。
「げはっ」
「?」
場の空気に似合わない音に振り向けば、Dr.の腕の中で魔女が血まみれになっていた。
「ああん、刀鬼ぃ~」
「……」
何も見なかった事にして視線を再び前へと戻せば、男……刀鬼が楽しげに笑っていた。
「魔女様は相変わらずだなぁ」
笑う刀鬼の腕を翡翠色の毛皮を持つ獣が鼻先で押す。
「はいお疲れ様~」
褒められれば尻尾をはちきれんばかりに振り、嬉しそうな声で一鳴きした。
良いところは全部この人のもの!




