2.さよなら俺の平穏!
それから後、どういう訳か気が付いたら魔女の屋敷にいた。
(ここだけは来たくなかったな☆)
この森を離れて何年になるだろうか、やっと魔女の恐怖から逃れられたと思っていたのに……。
ティナが美少女セシリアの腕から動こうとしないのも気になる。というか、ティナが離れないからディアルも東の森へ帰れない。
セシリアと言えばディアルが着いてくるのが当たり前とでも言うかのように、ここに来るまで一度も後を振り向かなかった。
「うっひゃー超可愛い女の子はっけーん」
突如響いたセリフにディアルは思わず自分の口を両手で塞いだ。
(今の俺じゃねぇよな????)
きょろきょろと辺りを見回せば、扉を壊す勢いで久っちが玄関から飛び出してきた。
「君可愛いねー♪ 名前何て言うのー?」
白い歯を輝かせナンパモードに入っている久っちに、ディアルはちょっとした違和感を感じずにはいられなかった。
(コイツ、恋仲の相手いたんじゃなかったっけ?)
白衣の似合うあの子の事はディアルも狙っていたのだが、気付いたら二人はラブラブになっており、入り込む余地がなかった。
「俺と恋愛しない? いい夢、見せてあげるよ」
片手を取り、ちゅっと手の甲にキスを落とした久っちにディアルが固まった。
「うらや……」
羨ましい、そう言おうとした。
「何さらすんじゃぁぁっ!!」
ドスの利いた低い怒声が聞こえたと思った瞬間、久っちの体が吹っ飛び、星となった。
「お嬢、穢れは!?」
突如現れた図体のでかい男はセシリアの手を取り、袖口で久っちが口付けた場所を拭っている。
夜の酒場で暴れるハンターを沈めるために雇われている用心棒並に厳つい兄さんが現れた☆
(現れた☆ じゃねぇよ、何が用心棒並だよ、俺の親父よりおっかねぇぇぇ)
「平気」
何事もなかったかのようにセシリアがにこりと微笑む。
ガタガタブルブルと震える体を抑えられない、いつもなら久っちが吹っ飛ばされて爆笑する所なのだが――。
(も、もももももももしかしてぇぇぇぇ)
今朝、頭に奔った激痛の正体は……。
(俺もあんな風に吹っ飛ばされてこの森に!?)
ありえなくはない。
普通なら即死だろう攻撃も、この世界ならば通用しちゃう気がする。
「穢れにはくれぐれも気を付けて」
「分かっているわ」
「では」
目を閉じるや男の姿が掻き消える。
色々とツッコミたい事はあるけれど、久っちの二の舞になりたくないと呪文を唱えながらディアルはひたすら沈黙を貫いた。
「何ですか騒がしい……おや?」
現れたのはディアルに壮絶なトラウマを、文字の如く刻んでくれちゃった張本人、白衣と血がやたら似合う男Dr.サディスト。
「イリアに娘なんていましたっけ?」
ちょこりと立つセシリアを見ながらDr.が首を傾げた。
言われてみれば確かに、この娘はイリアに雰囲気が似ている。
イリアとはこの屋敷に住むもう一人の魔女の従者、ワイルド系の母親の名前、年齢不詳の彼女は昔からずっとファンシーファッション一貫で、落ち着いた洋服を着ている所を誰も見た事がない。
イリアと旦那のガス、それから息子のガイはディアルにとって鬼門。
息子はともかく、旦那に見つかったら最後、森中を追いかけまわされる。
それもこれもディアルがいつもの調子で後先考えずイリアにナンパし、結果、旦那と息子に命を狙われる羽目になっただけ。
「あ、ちょっとワイルド系」
台所に行く所だったのだろう、後を偶然通りかかったワイルド系をDr.が呼び止めた。
魔女の従者三人衆が同じ場所にいるなんてそうない。
(今日はなんかの祭りかよ!)
心で本日何度目かのツッコミをいれたディアルであった。
「この子、知り合いですか?」
「………………」
じぃっとワイルド系がセシリアを見下ろす。
背丈2m近くあるワイルド系に対しセシリアは150にも満たず、体格もがっしり筋肉質のワイルド系とは正反対で白くて小さい。
よほど大事に育てられたのだろう、雰囲気もふわふわと柔らかく、それこそ本当にお姫様のようだ。
護りたくなるとは多分こういう感情を言うのだろう。
「…………レースは好きか?」
「好きですわ」
突然の質問にも驚く事無く笑顔で答える。
「そうか、これをやる」
無造作に取り出されたのは純白レースのリボン、恐らくワイルド系の手編み、なぜ持ち歩いているかは聞かない方が身の為と言う奴だろう。
「まぁ、ありがとうございます」
「いや」
嬉しそうに微笑むセシリアに無表情のまま頷くと、そのまま背を向けて台所へと行ってしまった。
「知り合い、ではなさそうですね」
「気に入ったんだろうさね」
きゃーーーーーーーーーーーーーーー
声にならない悲鳴をあげたのはもちろんディアル。
ここにきてとうとう、とうとう悪夢の元凶、魔女が登場してしまった。
何これ、なんの悪夢なのよ!とディアルが叫んでいるのを知ってか知らずか、それ以前に存在に気付いているかすら怪しいけれど。
「ワイルド系は可愛いものに目がないからねぇ」
誰とも知らぬお姫様のような娘の頭を、可愛いねぇと言いながら魔女が撫でている。
初対面の怪しい女に触れられてもセシリアはびくともせず、あのおっかない兄さんも出てくる気配はない。
可愛い可愛いと繰り返しながら、セシリアの持っているリボンを取り上げたかと思ったら、髪を一総手に取り手際よくリボンを取り付けた。
満足気に微笑み、また可愛いと頭を撫でる。
(今更だけどこの子、かなり神経図太いか恐ろしく鈍感かのどちらかだよな)
魔物に囲まれても平然とし、ワイルド系を見ても警戒をせず、血の気配が濃厚なDr.にすら怯えた様子を見せず、邪悪な気配を隠そうともしない魔女にもひるむ様子はない。
思い出してみれば久っちが星になった時も華麗にスルーしていた。
「ところで、アンタ誰だえ?」
散々撫でておきながら、ようやく名前を尋ねた。
「セシリア、以前父がお世話になりました」
「……」
「……」
魔女とDr.が同時に顔を見合わせる。
(いやもう、俺必要なくね?)
心の中で実況中継をするためだけにここにいるかのように、丸々と存在を無視され、さすがに寂しくなってきた。
「魔女様お客様ですぜ~い」
「久っち、どうしたんだね、ボロボロじゃないかえ! それにお客って――」
いやっほーーーい
と魔女が叫んだとか叫ばないとか。
よれよれになりながらも無事?帰還した久っちと一緒に現れたのは一人の青年。
淡い光をもつ金糸のショートヘアと、人を魅了する不思議な力を秘める蒼い瞳に魔女の中の何かが爆発した。
「刀鬼ーーーー!」
語尾に盛大にハートマークを付けて魔女が青年へと飛び掛った。
獲物に飛び掛る獣の勢いだったと、後にDr.が溜息混じりに何度も語る事になる一幕。
「……お、お願いします!」
悲鳴に近い叫び声に緑色の物体が動いた。
「いやぁん刀鬼会いたかったぁ……あぁん?」
抱きついた相手がなんだかもふもふしている。
そう思いつつ顔を上げた魔女は、抱きついている相手を見て思いっきり眉間に皺を寄せた。
青年に抱きつく形で身代わりとなったのは、先刻ディアルの前を通り過ぎたあの翡翠の毛皮をまとった獅子だった。
「邪魔よ!」
『テメェが下がれ』
「なっ」
言語を解する事にも驚いたが、何より口の悪さに驚いた。
「獅鬼、良い」
『……』
ぐるると低い唸り声を発しながら、青年から前足をどかし地面につける。
だが場所は譲らず、相変わらず青年と魔女の間に立ちふさがっており、魔女にとって邪魔な事には変わりない。
「兄様」
「セシリア」
走り寄ってきたセシリアに一瞬だけ青年の表情が緩んだ。
げはっと吐血した魔女にDr.が素早く駆け寄り、ハンカチを顔面に押し当てた。
そんな二人の様子に構う事無く、セシリアとその兄は何かを話し合っている。
獅鬼と呼ばれた獣はセシリアにぴたりと寄り添っているが、全神経を使って魔女を警戒しているのが分かった。
(そう言えばさっきの号令、女の子の声だったよな)
獣が寄り添っているのは青年ではなく少女の方。
(もしかしてセシリアちゃんがあの獣使役してんの?)
魔物とは格が違う、もっと神聖な性質を感じる獣の正体は分からない、だが生半可な力では使役出来ないだろう事だけは分かる。
(それにしても……)
ちらりと魔女らを見て視線を逸らす。
(なんだろう、この空間、すんげぇ居辛い)
Dr.も魔女も中身はアレだが顔はよい。
久っちも爽やか過ぎて変な人だが、爽やかさを取り払うとただのイケメンと化す恐ろしい人物、魔女が選んだだけあり美形の類に入るだろう。
セシリアと、セシリアが兄様と呼んだ青年は言うに及ばず。
空間がやたら煌びやかなのだ。
ディアルの存在がいつも以上に霞んでしまうほど。
「昼の用意が出来たぞ」
再び登場したのはワイルド系。
(そう言えばコイツも美形の類に入るよな)
外見に似合わずレースのエプロンを装着している事に気を取られ気付きにくいが、ワイルド系は父親に似てなかなかのナイスガイ、力持ちだし頼りになる。村に行けばさぞかしモテる事だろう。
「どうぞ一緒に食べて行ってくださいね」
魔女としては美形に囲まれて食事をする絶好のチャンス、これを逃してたまるかと出来うる限りの猫撫で声で誘ったのだが、返ってきたのは青年の不思議そうな顔。
「………………なぜ?」
食事に誘う意味が分からないと首を傾げながらセシリアを見た。
「お、お父様がこの方は美形好きだから油断してはいけないと!!!!」
ハッとしたようにセシリアが魔女から守るように兄の前に立ちふさがった。
「お兄様は食べれません!」
「違う」
即行でツッコミを入れたのは、意外にもワイルド系だった。
「お兄様、だめです、食事に惚れ薬とか媚薬とか仕込むらしいです!」
「セシリア、落ち着きなさい」
「はい」
ふんわり雰囲気を投げ捨ててパニックを起こしかけていたが、兄の一言でぴたりと静かになった。
「休憩は必要だ。魔女殿の性格を利用して場所を提供してもらおう」
静かな声で語られた言葉はけっこう酷い。
どうにも魔女が異常なほど警戒されているらしく、原因は彼らの父にありそうだ。
「……お前らの父親は誰か聞いてもいいか」
俺知ってる。と言いかけたディアルは慌てて自分の口を両手で抑えた。
「刀鬼、と申します」
全員が妙に納得した瞬間だった。
ワイルド系に春がきた




