第1話
北の森に住むといわれる最後の番人に会うため、ディアルとティナは深い深い森を歩いていた。
どうやら迷宮の森とやらで迷ってしまったようだ。ベタすぎるにもほどがある。
やがて陽が落ち、今日も野宿決定~♪
「(進歩ないですねー)」
「いいや、そんなことはない!」
呆れ口調なティナに、ディアルはブチッと草をちぎる。
「美味い草と不味い草の区別ができるようになった!」
そう──とっくの昔に食料を食べ尽くしたディアルは、これまで草を食べて生き延びてきたのだ!
「(絶対自慢できないです)」
「やかましい!──あ。そこの草、食べるなよ。整腸作用が強すぎて、腹壊すからな」
「(しくしく……情けないです)」
涙するティナを尻目に、いつの間にか草博士(?)の称号を得たディアル、夕食の素材(雑草)を探索中に、ふと見たこともない草を発見!
草博士としては、食べてみないわけにはいかない。
はぐはぐむしゃむしゃ……
「う、美味い!!!」
ディアルのバックにぱーっと花が咲いた。
ところが次の瞬間。強力な睡魔に襲われ……。
そーか、この草は催眠効果があるのかー。
何かもう、心から研究者気質のディアルくん。
あー、もーダメ……。
気づくと、ディアルはベッドの上に寝かされていた。
ほかほかの白いシーツの匂いが気持ちいい♪
って待てや!
がばちょっとディアルは跳ね起きる。
記憶が確かなら、自分は迷いの森で──
なのにここは、木造の質素な部屋……そういやティナの姿もない。
「お目覚めですか」
と、その時。部屋の扉ががちゃりと開いた。
そこには──いかにも人がよさそーな男がいた。
一見して目立たない村人Aって感じだ。
「あんたが……俺を助けてくれたのか?」
「ええ。僕はマリオ。村で薬師兼医者をしているんですよ」
「こりゃどうもご丁寧に。俺は草博士のディアルです」
って、それでいいんかい!
心の底に貧乏根性が染みつきつつある、ディアルだった。
一息ついて、お茶をずずずー。
「まあまあ、何もなく小さな村ですが、どうぞゆっくりしていってください」
と家主マリオのオーケーをもらい、ディアルはすっかりくつろいでいた。
二階にある、リビングっぽい部屋である。
聞いたところによると、森の中で眠っていたディアルを、偶然薬草を採りにやってきていたマリオが助けたそうな。
「あの、クッキーなどいかがですか?」
その時である!!!
ディアルの目が、一気に輝いた。
お盆にいい香りのクッキーを乗せた女が、彼の方を見て微笑んでいたのである。
金糸のような髪に、深い海の輝きをそのまま封じ込めたような碧い瞳。
白い肌に深紅のタイトドレスをまとった、十七、八歳くらいの美少女。
特徴・可愛い(笑)。
「あの……お名前は?」
そうと決まったらさっそくアプローチ開始!!
「はい。これは十三種類の香草を厳選ブレンドした、オリジナルハーブクッキーですわ♪」
ボケられた(泣)。
「えーと……いえ、いただきます」
ほろりと涙をこぼしながら、クッキーに手をのばす。そして──
「これは──チンチロリン草の香りだ!」
「ええ。当たりです」
「あと、ツキハゼ草とナナツヤ草とボロンコ草と…………ぬう、だが最後のひとつがわからん」
草博士のプライドが……いらねぇよ、んなもん。
「まさかここまでわかる方がいるとは思いませんでしたわ。残ったひとつは、シネ草といって、特殊な場所にしか生えないレア薬草ですの」
輝くような少女の笑顔に、何だか聞き捨てならない薬草の名前も、耳に届かないディアルなのでした。
「どーだティナよ! 草博士も捨てたもんじゃないぜ!」
ディアルはぐぐっと拳を握りしめ、感涙に咽んだ。
そこでふと、思い出す。
「……ティナの奴、どこへ行ったんだろ」
そんなことを思いつつも、ちゃっかり夕食までご厄介になるディアル。
あの美少女とご一緒できるかと思っていたが、あいにくいるのはマリオだけ。
「ああ。ルージュはちょっと用事がありましてね」
そう言われてガックリくるかと思いきや、
「彼女、ルージュっていうのかぁ」
と、どこまでもディアルはおめでたい。
食卓に並ぶサラダやスパゲティーは美味しいし、至極ご満悦さ♪
その時、玄関の扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞー!」
話を中断してそちらを見ると、やってきたのは、近所に住む村長さん。
その背中で、まだ小さな娘が目に涙を溜めている。
見ると、足に包帯が巻かれていた。
「おやおや、足に怪我をしてますね……よしきた!」
マリオは食事途中でフォークを投げ捨て、女の子に薬を煎じてやる。
するとさっきまでぐずっていた少女の瞳から、涙が消えた。
村長は「へへぇ」と平伏して、
「あの、お代は……?」
「いやいや、このくらいなら結構ですよ」
うおおお、いい人だ!!
このHPに来て、こんなマトモな人間に出会ったことがあるだろうか!?
「マリオさんのおかげで助かっておりますじゃ。何せこの村でただ一人のお医者様じゃからのう」
ところが村長さんの顔が喜びに輝いたのも束の間、すぐにまた表情が曇る。
「これであの『魔女』がいなければ……」
魔女──それはこの辺りで魔物よりも恐れられている存在である。
一説によると普段は女の姿をしているが、実は相当に凶暴で、髪は蛇のように渦巻き、爬虫類のような縦長の瞳孔を持ち、耳の辺りまで裂けた口からは灼熱の炎を吐き散らすという。
しかもその肌は斧で叩いてもビクともしないほど頑強な鱗で覆われており、さらに名刀よりも鋭い爪で引き裂いて獲物を喰らうといわれている。
一人歩きした噂のようにも思われてしまうが、何分、魔女に出会って生還した人間がいないのだから、仕方がない。
ただひとつ、美形に目がない魔女は、時折里に下りてきては美男美女を拉致して帰ることがあるのだ。
それに関してはマリオも困っているらしく、
「こればかりは……魔女の美形好きは有名ですから。噂によると、可愛ければ魔物でもオーケーって話ですからね」
ぴきーん。
「あの……俺がその魔女を退治してみせましょう!」
もし彼が魔女の噂を聞いてしまっていたら──きっと黙ってスルーしてしまったに違いない。
が、不幸にもそれを知らないディアルは、胸をドン、と叩いて請け負った。
マリオには一宿一飯の恩もあるし、もしかしたらティナ、魔女に連れ去られてしまったのかもしれないじゃないか!
ああ、可哀想なティナ!
「もう日が暮れますので、出発は明日にしては」
ディアルはマリオの手厚いもてなしを受け、ほくほく顔で眠りについた。
コンコン……
ドアをノックするような音が聞こえて、ディアルは目を覚ました。
下の階から声が聞こえる。一人はマリオのものだ。
「あなたは──こんな夜中に──」
「いやぁ、悪いね。実は──で──」
どうやらお客さんらしい。村で唯一の医者なら、こういうこともあるのだろう。
「おそらく明日辺り──ですので──」
「そうかそうか、では──」
再びグッドナイト・ディアル♪
ちゅんちゅん♪
平和だねぇ。ディアルは「んん~~」と背伸びをする。
「よっしゃ魔女退治! 頑張るぞ~!」
魔女を倒してティナを取り戻し、ついでにルージュの唇をゲットしようとするディアル。
可愛い魔物に可愛い女、両手に花とはこのことである。
うははは。もう、心の中は下心丸出しだな!
やる気満々でマリオとルージュの待つ一階へ降りるディアルだったが──
家政婦は見た!
ディアルも見た!
角度が悪くてわかりづらいが、マリオがルージュの背中にぺたぺたと触っている!!
しかもルージュのドレスは、背中が大きくはだけ、真珠のような白い肌が覘いているではないか!!
あまつさえ二人は、ディアルが二階から降りてきたことにも気づかずに、
「この辺はどうだい?」
「……んっ……だ、大丈夫です」
「じゃあ……こっちは?」
「あ、あの……そこ、何か変な感じです……」
あああ、もしやこれはセクハラ現場というヤツでは!?
だがルージュも、逃げずと何だかうつむいてしまっているし……。
「ななな何をしてるでござるか、おことたちはぁああああ!!!!」
あまりのショックに幼児化を通り越して、ジジイ言葉になっているディアル。
だが彼の存在に気づいたマリオは平然としたもので、ルージュの乱れたドレスを直しながら、
「おはようございます、昨夜はよく眠れましたか?」
などと、某RPGの宿屋のようなセリフを吐いている。
「あああああなた方は一体、どういう関係なんですか!?」
もう、二人を指すディアルの手、ぷるぷる震えてるし。
するとルージュはにこやかに笑って、ディアルを地獄へ突き落とした。
「マリオ様は、わたくしのご主人様ですわ」
ガガーーーーーーン!!!
うあ。もうディアル、ふらふらと仰け反っちゃってるよ。
「ほ……ホントっすか……マリオさん……」
さらにマリオは、地獄へ落ちたディアルに大岩を投げ落とすかのように、
「ええ。ルージュは僕の人形ですから」
ズガガガーーーーーーン!!!!
「ふ……ふふふふふふ……」
あらら……ディアル、壊れて笑い出したよ。
もう、可哀想なくらいに肩がぷるぷるしている。
「ふふ……ふふふふフケツーーーーーー!!!!」
こうしてディアルは、引き抜かれたマンドラゴラのような奇声をあげながら、くるくると踊り出したのだった。
合掌。
「俺はもう……人間なんか信じねぇ……人間は魔物が怖いっていうけどさ……俺からすりゃ、人間の方がよっぽど怖ぇよ……ティナよ、待っててくれぇ……お前だけは俺の味方でいてくれよぉ……」
こうしてディアルは、ぶつぶつ呟きながら魔女退治へと出発した。
彼は無事、ティナを取り返すことができるのか!?