第5話
注意:最後の最後でディアルに対し拷問に近い描写が発生します。苦手な方は気を付けてください。
ディアルは荒い息を整える間もなく、森の中へ足を踏み入れた。
大陸で最も深いこの森は、先ほどまでハンターと魔女との戦いの舞台となっていた。
今では、静穏を取り戻しつつあるが、そこかしこに爪痕が見て取れた。
「……どうやら、決着がついたみたいですね」
「決着?」ディアルは首を傾げ、隣の好青年――マリオを見た。
「ルージュが、この森で起こった一通りの出来事を教えてくれました。ルージュ・ノワール・ヴェイルの3人は、遠く離れていなければ精神で情報交換ができるのです」
マリオの口から、森で起こった出来事を掻い摘んで聞いたディアルは、なるほど――と頷きつつ、手の中にあるものに視線を落とした。
ぷにょぷにょの生き物に包まれた、小さなラ・フィナ――ティナ。
今は暴れ疲れて眠っているが――
「じゃあ、どうしてティナの暴走が解けないんだ? 魔女が目を覚ましたなら、ティナの暴走も解けていいんじゃないか!?」
それはマリオも解せないようで、
「もしかしたら、魔女の力がまだ本調子ではないのかもしれませんね」
とだけ答えた。
「どのみち、この子のためにも番人は必要不可欠でしょう」
「そ、そ~だよな」
実のところ、ちょっとだけ気持ちが揺らいでいたディアルくん。
そりゃ、番人になる=死ぬ、なんて言われちゃ、ビビらない方がおかしい。
だが――ティナは目に見えて弱ってきている。
ホントは、もうピョコたんの中に閉じこめておく必要なんかないほどに。
「ルージュは、一足先に私の家へと戻ってください。私はディアルくんと一緒に、魔女の館を目指します。彼女なら、最善の方法を知っているはずです」
「わかりましたわ♪」
ルージュに半呼吸遅れて、ディアルも頷いた。
あとは――迫り来るその時に、誰一人言葉を発することなく――ただ、規則正しく草を踏む音だけが、深緑の森に木霊した。
「おかえ……なんだ……ディルア、あんたかい」
「ディアルだっつの!!! てか、なんで失望口調なんだよ!」
「ぎゃんぎゃんと五月蝿いねぇ。私の脳は一定以上の外見の人間しか覚えなくて、それ以下だと、名前覚えるのも拒否しちゃう。それだけじゃないかえ」
館の扉を開けると、驚いたことにいきなり魔女が出て来た。
ディアルは反射的に身を引く――「絶世の」と形容しても差し支えないほどの美貌を持つ彼女だが、その雰囲気は氷のように冷たく、近寄りがたかった。
黒く沈んだ瞳が一拍ほどディアルに向けられたが、すぐにマリオへと移る。
「だいたいの事情は飲み込めているようだね」
「ええ、まあ」
曖昧にマリオが笑うと、魔女は道を空けた。
「お入り。話を聞こうじゃないか。ちょうど話し相手がいなくて退屈してたところさね」
正直、この建物にはあまりいい思い出のないディアルくん。
辺りの様子をキョロキョロ確認しながら、ダイニングルームへとたどり着いた。
「オドオドすんじゃないよ。今は事後処理でみんな飛び回っててね。この館でアンタの相手できる暇人は私しかいないんだよ。久っちはいるんだけど――まあ、今はちょっと取り込み中でね。そこの椅子に座ってな」
そういうと、魔女は部屋から出て行ってしまった。
コチ、コチ、コチ、コチ……
時計の音だけが、腹立たしいほど冷静に時を刻む。
「大丈夫ですよ。必ずこの子は助かります」
ディアルの焦燥をくみ取ってくれたのか――マリオがそんなことを言った。
気休め程度にしかならなかったが、それでも幾分、心は軽くなった。
「てか、マリオさん。あんた、魔女とは一体どういう――」
と――
なんか核心に迫る会話をしようとしたところで――
「お待たせ」
魔女はカップを3つ、盆に乗せて部屋に戻ってきた。
もうもうとカップから湯気が立ち上っている。この辺りで採れる、薬草をブレンドして作ったものだろうが――
「悪いが、俺にはのんびりしている時間はないんだ」
ディアルは手の中のものを魔女に見せた。
「知ってるだろ、東の森のラ・フィナ――ティナだ。あんたなら、この子を助けてやれるんじゃないのか?」
「こりゃお手上げだね」
ピョコたんを解除し、寝台に乗せて診察した魔女は飄々と肩をすくめて言った。
「確かに、今は私の魔力は本調子じゃない。もうすぐ復調するだろうし、そしたらラ・フィナ達にも魔力は行き届くだろう。でもね」
魔女の細い指が、ラ・フィナの白い毛並みを撫でる。その手に爪を立てようとするが、実行する力も残っていないらしい。
「ただし、その魔力を制御する力がない。この衰弱した体じゃ、私の魔力を受けた途端に破裂してしまうよ。むしろ私の魔力が低下していて幸いだったくらいさ」
あまりに淡々とした物言いに、ディアルは拳を握りしめた。
「俺が森の番人になればいいんだろ! そうすれば、ティナにかかるあんたの魔力は、俺が制御してやれる……違うか!?」
怒り任せに言ったものの、魔女の獲物を狙う猛禽類のような目に、再び尻込み。
「…………当然、命を捧げる覚悟はできている――と受け取っていいんだね?」
もう、あとには引けない。
「………………ああ!」
ディアルは大きく頷いた。
と――
「ただいまぁ」
「帰ったぜ~」
玄関の方から聞こえた最初の声は、いかにも男らしく野太い声で、続いて聞こえた声は勝ち気そうな女の声だ。
一拍遅れて、幾種類もの足音がこちらに向かってくる。
「おや、ノワールの声でしたね」
「悪いけど彼女も借りてるよ。猫の手も欲しかったからね」
「ええ、構いませんとも」
なんか和やかに会話を交わしているマリオと魔女。
「おう、ディアル。お前も帰ってたのか」
扉の向こうから現れたノワールに、ディアルの心は折れそうになった。
ところが。
「……あの……とりあえず、意味がわからないんですけど」
荒縄でぐるぐる巻きにされ、ディアルは周りを囲む人の顔をぐるりと見渡した。
魔女。マリオさん。ワイルド系。ワイルド父。イリアしゃん。Sっ気Dr.なぜかノワールもいる。そして一巡して、魔女……。
「今日は……別に悪さしに来たわけじゃないんだよ」
たっぷり時間を含ませてから、魔女が口を開いた。
すると、ワイルド父子はまだ疑わしげにこっちを見ていたが――渋々、縄をほどく。
てか、ワイルド父子の敵意の視線より、イリアしゃんの汚らわしいものでも見るような目の方が、はるかに痛いんですけど……。
てか、フォローすんならもっと早く入れてくれよ!!!!
まあいいさ、ノワールの出現で少し心が揺らいだりしたけど――
どうせ俺はもうすぐ死ぬ身の上だ。
「さあ、そうと決まったら、今すぐやってくれ!! ひと思いに……俺を番人にしてくれ!!」
決意の叫び。だが、魔女は悪戯っぽく笑った。
「なんだい、死にたいのかい?」
「それしか方法がないんだろ! 口論している時間も惜しいんだ!」
「……死ななくても、番人になる方法、あるよ」
「うるさい、もう戯れ言はたくさ…………えーーーーーー!?」
そりゃもう、目が飛びでんばかりに驚いたね。
なんじゃそら、って感じ。
「んで、どっちがいい? 死ぬ方? 死なない方?」
「死ぬ方なら、万事私に任せなさい。最高の方法で逝かせてあげます」
ニヤリ……とDr.が口を挟んだ。
もちろん、手にはこちらの顔が反射するほど鋭く磨き込まれたメスが握られている。
「えっとぉ……できれば……死なない方で♪」
結局、カッコよくはなりきれないディアルくんなのでした……。
その夜は、なんと魔女の館で夕飯をお呼ばれされた。
テーブルの上には、所狭しと料理が並んでいた。
正直、料理よりもむしろ自分が、猫の前に差し出されたネズミのような気分になったが、
「大丈夫ですよ、ご厚意に甘えさせていただきましょう」
というマリオさんの一言が後押しとなった。
「ささ、食べなさいな。これから三日三晩、番人となる儀式を行うからねぇ」
だが、まさかここへ来て、生きたまま番人になれる方法が見つかるとは!
やっぱり日頃の行いのよさかなぁ。
なんて思いつつ、骨付き肉を頬張るディアルくん。
その間にも、爽やか好青年――久っちとヴェイルが、協力して次々と料理を運んでくる。
たまに見つめ合って、はにかんだりもする。
終始ディアルが気にしていると、
「すまないねぇ、マリオ。どうやらうちの久っちが、ヴェイルを気に入っちゃったらしい」
魔女が柄にもなく微笑んで言った。
なぬ!?
貴様……ヴェイルの心は俺のもんだ!!
と言いたいところだったが、どーもヴェイルも久っちのことが好きなようだ。
シクシク……。
まあいいさ、死ぬはずだった命を拾ったのだ。
今ならどんなことでも許せる気がするぜ。
やがて春風のような爽やかカップルになってしまった久っちとヴェイルを席に加え、すっかり和やかムードで夜は更けていった。
ただひとつ、懸念があるとするなら。
あの、Sっ気Dr.の姿が、最後まで見あたらなかったことだけだろうか……。
まあ、人を解体できなくて、モチベーションなくしたとか、そんなとこだろーけど。
ざまぁ見ろだぜ!
外へ出ると、星空の元、急ごしらえの祭壇が作られていた。
四隅に置かれた燭台には、煌々と火が揺らめいている。
中央には、大きな寝台のようなものがあった。
ここで儀式とやらを執り行うのだろう。
「そういえば、ひとつだけ聞いていいっすか?」
ディアルは月明かりに浮かぶ魔女の横顔に訊ねた。
「他のところの番人は、こうして生きていられる方法があるのに、どうしてわざわざ死を選んだんすか?」
まだ、周囲ではマリオさんまでもがせわしなく準備をしている。
「ああ、あれね」魔女の笑みは、これが普通なのか、かなり意地悪そうに見える。
「簡単なことさ。死んで番人になるってことは――まあ、言ってみりゃ、その状態を永遠に定着させるってこと」
イマイチピンとこないディアルくん。
「西の森の番人は永遠の美貌を。南の森の番人は永遠の力を、死んで番人になることと引き替えに手に入れた。どうよ、死にたくなったかい? 今ならプラン変更可能だよ」
ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブン…………
首を横に激しく振って、ディアルは丁重にお断りの意を示した。
「そっかそか。まあこっちも………………」
最後の方は、聞こえなかった。
「ディアルくん、準備は整ったようです。頑張ってください」
と――マリオさんが声をかけに来てくれた。
こっちの溢れんばかりの優しさを湛えた笑顔――
うっしゃぁあああああ!!!
やる気が出て来たぜ!!!!
どんな儀式でも、きやがれってんだ!
「そこの台の上で横になりなさい」
ディアルは頷いて、魔女の指示どおり寝台に身を乗せる。
って――
既視感――違う。
なんかこのパターン、前にもあったよーな……。
得もしれぬ不安がよぎると同時に、何かツタのようなもので手足が束縛された!
「な――ちょ、これはどういうことだ!」
必死に抗議の声を上げるディアルだったが――魔女はクスクスと笑った。
満月に照らされてなお、魔女の顔はうかがい知れない。
「こっちの儀式にはもう一つ、他の番人二人にはお勧めしなかった理由があってね」
「…………な、なんだよ」
「この儀式……常人には堪えきれない痛みを伴うのんだよ」
ガガガガーーーーーーーン!!!!!
逃げようともがくも、ツタが手足をがっちり抑えていて、どうにもならない。
まさにあとのカーニバル。
「い、一体何をする気だ!」
「ん? 私の魔力と呼応する入れ墨をね、体に彫るのよ」
ぴっ、と指を立てて。
「ちなみに以前、頑なに『死にたくない!』といってこの方法を選んだ番人候補は、1時間ちょいで絶命したよ。最後の言葉は、『っざけんな、こんなん死んだ方が万倍マシ……てか死ぬ……』」
「うわぁあああああああああ」
もはやディアルは咽び泣いていた。
「アンタなら大丈夫だよ。マリオんとこで改造されたんだろ?」
「でも、痛いもんは痛いんだよっ!!」
だがディアルの絶叫には耳を貸さず、魔女は高々と手を挙げた!!
「カムヒアーーー!! フェリオン!!」
ダシュッ!!!
刹那、満月を背に、一人の男のシルエットが降りてきた。
そう!
それこそが、さっきからずっと姿が見えなかった男・Sっ気Dr.!!!
しかも手にはノミのようなものを持っている。
ま、まさかそれで……か!?
「どうだい、モチベーションは高まっているかい?」
「もちろんです。あの満月のように、充ち満ちております」
「そうかそうか。ま、私のお気に入り候補をあげたんだから、それくらいじゃないと張り合いがないわ」
のんびり会話する魔女とDr.――てか。
「お、お気に入りって?」
訊くな――頭の中で警笛を鳴らしていたが、ディアルは問わずにはいられなかった。
「身の程も知らずに私を狙ってきたハンターの一人で、短パンの美少年」
最後のフレーズはうっとりしているような口調で、魔女。
「……それを……どうしたって?」
魔女とDr.は顔を見合わせる。
「どうしたって……ねぇ?」
曖昧に首を傾げる魔女と違い、Dr.は白衣(なんか赤黒いまだら模様ができてるよーに見えるのは、気のせいだよな!?)の内ポケットから、あるものを取り出し、告げる。
「ヒントその1。べっとり血の付いたメス」
「いぃいいいいやぁああああだぁあああああああ!!!!!」
わめきもがくディアルを尻目に、Dr.はにやりと笑った。
「おかげさまでたっぷり三日三晩、持続する英気を養うことができました」
Dr.の影が、ディアルの視界に輝く月を隠す。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!」
「おやおやまぁ、侮ってたねぇ。まさかこのツタを千切るほどの力があるとは……」
「ノワール。取り押さえてください」
「よしきた!!」
「あんたら全員俺の敵かぁああああああ」
やいのやいのと、魔女の館が喧噪に包まれる。
「ぐぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」
ひときわ大きく上がったその絶叫は、三日三晩途切れることがなかったという……。
ディアルは無事番人にレベルアップした!
本編これにて終了!お付き合いありがとうございました。




