第2話
そして──ディアルたちは、東の森へと帰ってきた。
「きゅきゅ~~~~~~~!!!!」
ティナはディアルの肩から勢いよく飛び降りると、目の前の魔物に飛びついた。
魔物といってもティナと同じく、白くてもふもふした体毛に綺麗な赤い目を乗せた、世にも可愛らしい生き物。
魔物の方も、ティナを慈しむように抱きしめる。
親と子の、感動の再会というヤツだ。
マリオさんもルージュも、なんか心が温かくなっている様子だ。
「(お帰り、ティナ)」
「(パパ、ママ、ただいまです♪)」
ひとしきり再会を祝ったあと、もふもふした生き物──ティナ父は、ディアルを上目遣いに見上げた。
くわえた葉巻の煙をくゆらせながら、ちょこんとお辞儀する。なんかこのアンバランスさが妙に可愛かったり。
「(歓迎いたしますぞ、新たな番人殿!)」
続いて、ちょっとヒラヒラしたエプロンを装着したティナ母も、
「(ささ、今食事の準備をしていますわ、新たな番人さま)」
と、至れり尽くせりの歓待ぶり。
が──
「…………新たな番人殿?」
こっそりティナに耳打ちする。ティナは視線を泳がせつつ、
「(どうやらパパとママは、ディアルが新たな番人として戻ってきたものと、勘違いしているみたいです)」
「マズいじゃねぇか!!」
懐かしの森かと思いきや。
ディアル、実は死地に足を踏み込んでいることに、今更気づいたのだった。
あああああ、目の前のテーブルに次々と並ぶ、豪華な山菜料理が怖い……。
「(なるほど、新たな番人殿のご友人は、この森の薬草を集めに参ったか)」
「はい。薬草のリストはここに。全部ありますか?」
マリオさんから渡されたリストの文字を、可愛らしい目が左右に追う。
ていうかマリオさん、魔物の言葉がわかるのか!?
いや、ただのいい人じゃないとは思ってたけどさ。
「(ささ、早く料理をお召し上がりくださいな、新たな番人さま)」
その間にも、ティナ母がディアルに料理を勧めてくる。
なんというか、『新たな番人』という言葉が出てくるたび、雪だるま式に呵責が積み重なっていくような気がする……。
「(……パパとママは、切実に新たな番人を求めているです)」
ええい、いらん注釈入れるなティナよ!!
「じゃあ、早いところ誤解をといておかねぇと」
と、口を開きかけるディアルだが──慌ててそれを、ティナが止めた。
「(パパ、怒らせるとすっごく怖いです)」
ディアルが魔物に精通していなければ、ただの冗談だと思ったかもしれない。
そういえば彼ら、こんな愛らしいなりをしているが、ラ・フィナと呼ばれ森の魔物たちを統括するほどの超高位魔獣である。
「(ここは……)」
「……ここは?」
「(いっそホントに番人になってくれたら、万事オッケーです!)」
「ヤだーーーー!!!」
と言ってる間に──
「(ええ、間違いなくありますよ。よろしければ、地図を差し上げましょう)」
さらにティナ父はつぶらな瞳をこちらに向け、
「(新たな番人殿には、食事が終わったらゆっくり番人としての心得を教えて差し上げなければなりませんな)」
「ああ、いや……俺も一緒に薬草を探しに行きますので……」
ディアルはしどろもどろになりつつ手だけは力強く、顔の前でブンブン振って拒否した。
「(ああ、今度の番人さんはなんて心優しい! でしたら私の愛馬・ユニコーンをお使いください。とても賢い子で、森の中を迷わず移動できますわ)」
と、ちっちゃなティナ母が、毛並みも厳かな駿馬を連れてきた。たてがみの合間から、立派な角と利発そうな瞳が見える。
この森にこんな魔物がいたのか──かつて魔物ハンターだったディアルすら、じかに見るのは初めてだった。
でもなぁ──ありがたいけど無銭でホテルのサービスを受けているようで、気が引けまくるんですけど……。
というわけで、森の中。
かっぽかっぽと蹄の音を聞きながら、ディアルはユニコーンの隣を歩いていた。
一見すると農夫かと間違えそうな、大きな竹籠を背負っている。
もちろん籠の中身は、これまでに摘み取った薬草だ。
で、肝心のユニコーンの上には、ルージュがお姫さま気分で横座りしていた。
なんだかんだで、すでに割り当てられた半分以上の薬草を集めつつある。
ディアルの肩には、不定形アメーバのピョコたんとティナ。
って、もしかしてこのシチュエーションは!!!!!!!
ルージュと二人っきり!!
「きゅきゅ~~!!」
存在感をアピールするティナ。
肩の上でピョコたんも抗議を──と思いきや、ぐっすり眠ってたりする。
どうやら飽きちゃったらしい。
ともあれ!
ここまでは順調に薬草を集められたが、残りは見分けが難しかったり、他のものに擬態していたりと、入手難度の高いものばかり。
ここで草博士としての知識を活かしまくれば、ルージュの心を動かすことも可能!?
「よっしゃ、俺に任せてく──」
「あらあら、ホロガメゴケが見つかりましたわ♪」
ディアルが妄想しているうちにも、ルージュは新たな薬草を──って!
ホロガメゴケ──その名の通り、ホロガメという巨大な魔物の甲羅の上にできるコケである。
しかもそのホロガメ、普段は温厚だが、刺激を与えると急に獰猛に──
「ま、待ったルージュ、それは──」
ディアルの制止も時すでに遅し。
ジャリジャリとナイフでホロガメのコケを削り取るルージュの姿!
グガァアアアアアアアアア!!!!
大きく咆哮し、激しく暴れ出すホロガメ!
ホロガメが現れた!
HP3000 MP0
攻撃力133 防御力525
「おやまあ。びっくりですわ」
ルージュが悲鳴(?)をあげ、一目散にこちらへ逃げてきた。
ホロガメはおもむろに浮き上がると、ガ○ラのごとくぐるぐる回ってこちらに突撃してくる!
しかも両脇にある木々を薙ぎ倒しながら、である。
だがなんとか動きを止めて、ホロガメの怒りを鎮めなければ!
伸べたディアルの手と、ルージュの手が触れる──と、その瞬間!!!
不意に加えられた力により、ディアルは前に引っ張られた。
「……え?」
ルージュはくるりと身を反転させると、ディアルの影に隠れる──
ディアルの目には、猛スピードで迫り来るホロガメ。
「あ、ちょ……ルージュ!? これってまさか……うぎゃああああああああ!!!」
ものすごいふっ飛び方をした挙げ句、ディアルはふにゃん! と地面に落ちた。
同じく宙に舞った竹籠は、ルージュがナイスキャッチ。
一方ホロガメは、回転し始めると方向修正が利かないらしく、木をなぎ倒す音はどんどん遠ざかっていく──
キリキリ痛む体を思いやりつつ目を開けると、いまだ痙攣する手を、ルージュの柔らかな手が優しく包み込んだ。
「ありがとうございます。あなたはわたくしの命の恩人ですわ♪」
「いや……なんか今、すごい理不尽なことがあったような……」
「おかげで、ホロガメゴケを確保できましたわ」
って、俺よりコケの方が優先順位上かよ!!
「わかってはいた……わかってはいたんだ……」
ディアルは心で泣いた。
数時間後。
「……これでわたくしたちの回収する薬草は全部ですね、新しい番人さん?」
ピクッ
ディアルは右斜め上(馬上のルージュだ)から聞こえた声に、身を震わせた。
「あ、あのさぁ、ルージュ。その呼び方、やめてくれないか」
「でもディアルさん、この森の新たな番人になるんでしょう?」
「ならないから、番人なんかならないから!」
ディアルが苛立ち紛れに吐き捨てる。
ポト……
それは修練を積んだものでなければ森のざわめきの中に紛れて聞き取れない、小さな小さな音だった。
新手の魔物か──ディアルは身構える。
が、そこにいたのは……。
「ティナ…………のパパさん」
ティナ父はショックに手を震わせ、こぼれ落ちた葉巻(さっきの音はこれだ)にすら気づいていないようだ。
ディアルは思い切り顔を引きつらせた。ティナの表情も同様に引きつっている。
聞かれた、今の言葉を聞かれたァアアアアアア!!!!
「(お主……)」
もふもふ生物ラ・フィナとは思えないくらい、野太い声である。さすがパパ。
「(わしの娘を弄んだのかァアアアアアア!!!!)」
「ああああ、そういえば意識してなかったけどティナの設定は女の子!!!」
ディアル、ティナ、ティナ父の間に、切迫した空気が流れる。
「お、おいティナ。なんとかお前も弁解してくれ!」
するとティナは恐れおののくディアルと鼻息を荒くする父の間で、視線を往復させ──はらりと零れた涙を、もこもこの手で拭った。
「(弄ばれてしまったです……)」
「あああああ、裏切り者!!」
悲鳴をあげるディアルだったが、すでに遅い。
「(貴様という奴は許せん、お仕置きしてやる!!)」
「ちょっ……待ってくれ!」
「(問答無用じゃ! 我が力に仰天せよ!)」
数センチくらいしかなかったティナ父の爪が、ジャキン! と50センチくらいまで伸びる──
そして短い手足を器用に動かし、襲いかかってくる!
が、リーチの違いは歴然。ディアルに攻撃はかすりもしない。
頭を押さえてしまうと、いくら腕をくるくる回しても爪が届かない……。
「(うぬぬぬぬ…………)」
諦め、可愛らしい足でぺたんぺたんと地団駄を踏むティナ父。
ところが、次の瞬間。
ティナ父はその場にこてん、と倒れ、もぞもぞと暴れ出した。
なんか新手の技かと、警戒しまくるディアルくん。だが様子がおかしい。
「(あ……頭が…………痛い……こ、これは………………ま……まさか…………)」
シャァァアアアァァァァァァ……
辺りに砂をばらまくような音が響くと同時に、ティナ父の苦悶はさらに色濃くなる。
「(パパ、どうしたです!?)」
いくら嫌われているとはいえ、非常事態だ。放っておけるほどディアルの可愛い物好きは甘くない。
ところが倒れたティナ父を抱き起こそうとすると──まるで煙のように、ティナ父の姿が消えてしまった。
「一体、何がどうなってんだ……?」
取り残されたディアルは、手をわななかせた。
と──今度は周囲に深い霧が立ちこめ始めた。
どこからともなく現れた霧は、どんどん濃度を増していき、1分もする頃には5メートル先も見渡せなくなっていた。
それだけじゃあない。
動悸がする。頭の中を棒か何かでかき回されているような倦怠感と、胸の内側からこみ上げてくる、従えようのない黒いもの。
普通じゃない。何がとは言えないが、明らかに何かがおかしい。
脳裏で危険信号が灯る。ディアルは慎重に辺りの気配を探りつつ、早口で指図する。
「まさか、この霧が!? ルージュ、俺の側から離れるな──」
って、もういねぇえええええええ!!!!!
もちろん、ユニコーンも一緒である。
「(この霧は危険です! 森の外へ逃げるです!)」
ティナがちっちゃな手でディアルを引っ張る。
「逃げるったって、ここは森のど真ん中だ…………ぞ…………」
何かに縛られているかのように、体の自由が利かない。
歩くどころか、息すらで……き……な………………………………ばたん。
目を覚ますと、なんだかふにゃふにゃしたものに包まれていた。
これは──ピョコたん!?
どうやら気を失った直後、ディアルはピョコたんに呑み込まれたらしい。
無口だけど、ここぞというときにはちゃんと守ってくれる。
ピョコたん、うい奴よ♪
「(起きたですか)」
同じくピョコたんに呑み込まれたティナが、ちょこんとこっちにやってくる。
周りは未だ霧が立ち籠めているというのに、体の倦怠感が消えている。
ピョコたんの万能防御効果が霧の効果を遮断してくれているのだろう。
「一体、なんなんだ……この霧は」
答えを期待したわけではなかった。
しかし──
サイレントキャットが現れた!
HP520 MP100
攻撃力180 防御力175
魔物は唐突に攻撃を仕掛けてきた!
ディアルはピョコたんごと、横転して鋭い爪を避ける。
「おいおい、どういうことだ!?」
サイレントキャット。
魔物の中では中級レベルだが、基本的に平和主義。
あまりに戦いを好まない種族のため、初心者ハンターにすら狩られてしまうこともある。
そんな魔物が、自ら襲いかかってくるなんてあり得ない。
しかも、目が正気を失っている。
「くっ……ごめんよ!」
ディアルはすれ違いざま、サイレントキャットに当て身を食らわせた。
……一体、どーいうことなんだよ。
サイレントキャットだけじゃない。
森中から、不穏な殺気が満ちているのだ!
と──ティナは重々しく口を開く。
「(この霧は……パパです)」
「な、なんだってーーーーー!?」
ディアルの絶叫が、乳白色の森に響き渡った──




