第1話
「フェリオン。状況はどう?」
夕暮れの森に、ぽつんと立つ館。
窓辺の椅子に浅く腰掛け、黒いドレスをまとった女は、外へ向けた視線を動かさず訊く。
この界隈で、魔女と呼ばれ、畏れられる存在──
「今日も四匹、運ばれてきました」
応じたのは白衣の男だ。
フェリオンというのは彼の本名だが、皆からはDr.だのサディストだのとあだ名されている。
「どれも命に別状はありません。ただ、日常の生活中に負った怪我ではないでしょう」
ここ二、三日のことだが、魔物たちの怪我が続出しているのだ。
森を散歩しているワイルド系親子が傷ついた魔物を連れてくるのはよくあることだが、近頃運ばれてくる魔物には、明らかな裂傷──つまりは剣などによる切り傷などがあった。
「何者だい」
「鋭意捜索中です」
Dr.のモノクル越しに見える瞳は何を映すでもなく、言葉もひたすらに断定的である。
「早めに手を打たないとね?」
「はい──ところで主よ。そろそろ魔物用の傷を治すのに使う薬の素材が尽きつつあるのですが」
「ふむ……それは困った。そういや生命の実も、この間使い切っちゃったしね」
ため息とともに、魔女の椅子がぎっ、と軋む。
「やっぱり薬と言ったらマリオだよな」
あまりに短絡的な結びつけに、Dr.は苦笑して、
「またですか? この間だって散々迷惑かけたじゃないですか。そのうち、あの人に頭が上がらなくなりますよ?」
と冗談めかして言う。
「仕方ないじゃない。魔物用の薬草は、違う森へ行かなければ手に入らない上に、似ている草が多くて素人目にはわかりづらいし。この状況下、フェリオンを行かせるわけにもいかないでしょ」
最後に魔女が付け加えた一言で、Dr.の目尻が微妙に──よく注意してみなければわからない程度に緩む。
「……御意のままに」
「久っちを連絡役にしましょ。ああ、それと……」
そんなわけで、一人マリオの家へと向かう久っち。
いや、正確には一人ではなく、一人と二匹である。
魔女がお供にと選んでくれた謎のアメーバ生物ピョコたんと、本来ならディアルと一緒にいるはずなのに、なぜか魔女の館に居座ってしまった白いラ・フィナ、ティナだ。
二匹の稀少生物をそれぞれ右と左の肩に乗せ、日が沈む前にマリオの家へ着けるよう、久っちは軽く風を切りながら森を分けて進む。
そうこうするうちに見えてきた。
マリオと──ヴェイルのいる、小さな家が。
「了解しました、とお伝えください」
客──久っちに出した飲み物が空になるのを待たず、マリオは明快に返答した。
「えーと、そうですか?」
だというのに、久っちはどこか上の空で、挙動不審だ。
マリオ家の居間には、ディアルを含め、マリオ、ルージュ、ノワール、そして久っちが膝をつき合わせていた。
ヴェイルは村へ、食料調達に行っているので、不在。
あれ以来、このどっかからともなく現れる謎の爽やか系とヴェイルがなんか親密っぽい関係なのは、鈍いディアルにだってわかる。
ディアル的には、もし運命の赤い糸とやらをぶった切れるハサミがあれば、何をおいても購入しているところである。
──薬草集めかぁ。
しかもその薬草が生えている場所は、ディアルが魔物ハンターから番人に転向しようとするキッカケとなった、あの森である。
ちょっとした帰省気分である。
「じゃあこれで──」
と久っちがやや名残惜しそうに席を立ち、マリオの家を辞そうとした。
「ただいま帰りました」
って神様のバカーーーーーーーー!!!
と叫びたいディアルを尻目に、ドアの前でお見合いしている久っちとヴェイル。
蜜を溶かしたような甘い瞳でヴェイルに微笑む久っち、短い逢瀬の中で甘やかされる事に慣らされ、頬を撫でる優しい手にうっとりと目を閉じそうになった。
しかし、すぐにヴェイルは我に返り、
「……なんだかおかしなことになっているみたいです」
買ってきた食料をテーブルの上に置きながら、呟いた。
「あらあら、困りましたわねぇ~」
ルージュが頬に指を当てながら、首を傾げる。
この人は、もう少し言葉に緊張感を持たせるということができないのだろうか?
ディアルは「はぁ……」と、半ば諦めたようなため息をつく。
ヴェイルの話によると、村に魔物ハンターが逗留しているというのだ。しかも数人。
実のところ、魔物ハンターが村にやってくること自体は珍しくない。魔物ハンターという職業がある以上、魔物の森に近い村などに彼らが現れるのは当然のことだ。
が、徒党を組むことは滅多にない。必ずと言っていいほど、報酬の件で揉めるからだ。
それでもチームを組むということは──
「討伐隊か。厄介だな……」
ディアルは久々にシリアスな顔で洩らした。
しかもマリオたちにとって問題なのは、討伐隊と一緒にやってきている役人である。
ヴェイルが村人から聞いた話によると、マリオが魔物の仲間ではないかと疑われているらしい。
まあ、村の外れ──というか森の入り口に居を構えているところを見れば、疑いを抱くのも無理はない気もする。
で、そんな状況下で全員が家から消え去ったら、さすがに怪しい。
「じゃさ、その討伐隊と役人、こっちから行って全員始末しちゃえばいいんじゃねぇか?」
マリオ家三姉妹の中でも武闘派で通したノワールがポキポキ指を鳴らした。
「ダメですよ、そんなことをしたら、村の人たちに迷惑がかかります」
マリオはそんな彼女を優しくなだめた。
かといって、いい解決策も浮かばない…………。
やがて彼は一度だけ頷いて、
「……よし、じゃあヒサヤ。君がここで、私──マリオの代わりをしてください」
そしてうまく役人をやり過ごせ──とマリオは言っているのだ。
久っちは柄にもなく狼狽して、
「それ無理、人まねなんて絶対無理だから!」
「大丈夫ですよ。役人は直接私を知っているわけじゃありませんからね。あなたの爽やかさで、真人間っぽさをアピールしてください」
「ええ。わたくしもヒサヤさんなら大丈夫だと信じていますわ」
と、ルージュも根拠のない自信を示す。
「……とは言われてもなぁ」
久っちは心底困ったような顔をしていたが、
「ヴェイルを置いていきますから、食事やその他諸々は彼女に任せてください」
って、何を言ってんだよマリオさん!
断れ、断って帰れ帰れ帰れよ久っち!
「わかったよ。俺に任せてくれ!」
帰らないのかよ!!
ディアルの呪詛も虚しく、久っちは白い歯を輝かせた。
「……何を見てるんだい」
明らかに冷ややかなディアルの凝視を受け、久っちが気後れしながら訊いてきた。
「いや、アンタこんなキャラだったかなと思ってな」
「ほっとけ」
「そうはいかないね、アンタがここに残るなら、俺も残る!」
ディアルはテーブルを叩きつつ、立ち上がった。
久っちとヴェイルを二人きりなんかにしたらもう……R指定にしなきゃならないかもしれないじゃんか!
これは私情じゃない、この物語のために俺は残るんだ!
ディアルは己に言い聞かせた。
「いいえ、ディアルくんはぜひ一緒に来てください。実は依頼された薬草は、発見が非常に困難でしてね。草博士のディアルくんがいてくれると、とても心強いのですよ」
が、マリオの一言で簡単にキャンセル。
いやいや、あんな初期の頃の称号とか言われても……とディアルは内心で思っていたが、何やら久っちが思案に耽っている。
「でも俺とヴェイル、どうしようか。いくらなんでもこんな村はずれに、ただの男女が二人で住んでいるっていうのは怪しすぎる。あらかじめ設定を決めておいた方がいいな」
ってオイ、何を言い出すんだコイツは! まさか──
「やはりここはふう……」
「じゃあ、兄妹という設定でいきましょう。文句はないですね、ヒサヤ?」
「は~い」
ナーーーイスカットイン、マリオさん!!
いちおう元気に返事はしたものの、ちょっとしょげ気味の久っち。
それでもいち早くリカバリーした久っちは、爽やかに笑う。
「じゃあ……こっちは二人でうまくやっておくから、マリオさんはなるべく早く、注文の薬草を採ってきてくださいね」
ところがマリオはきょとんとして、
「二人? 二人じゃありませんよ。護衛としてノワールも置いていきます。何か、きな臭いことにならないとも限りませんのでね」
顔を横に向け小さく舌打ちした気がする。
「なんだよ、文句でもあるのか?」
ノワールがちょっと猛禽類入った笑みを浮かべ、久っちを見やった。
「まっさかぁ、よろしくねぇ~。…ああ違うな――よろしく頼むみますよ、ノワール」
へろりと笑いかけたのを押しとどめると、目を細めにこりとマリオに似た笑顔と口調でノワールの瞳を見返した。
ちらりとディアルがヴェイルを盗み見ると、そんな久っちを見てほんのりと頬を染めている。
何この空気、やってらんねぇ…。
久っちは爽やかキャラだ。
すなわちギャグ要因のはずなのに、爽やかさを封印したらただのイケメンじゃないですか! 何の嫌がらせだよ!!!
ノワールさんまで惚れた腫れたやりませんよね!?
あ、すみません調子に乗りました。剣を、剣を下ろしてぇぇぇぇ!!
とはいえ。
旅の途上でディアルは思う。
久っちとヴェイル、設定が夫婦であれ兄妹であれ、一つ屋根の下で一緒に暮らすことには違いない──と。
まあ、ノワールがいるなら大丈夫か?
どうせなら、自分がマリオの家に残って久っちがこっちにくればよかったんじゃないか──とも思ったり。
何にせよそれほど悲愴な感じがしないのは、右肩から左肩へ、くるくる動き回る白いラ・フィナとちっちゃいアメーバ・ピョコたんがいるからであろう。
久っちが厄介払──もとい、ディアルのみを案じて護衛に付けてくれたのだ。
「きゅきゅ!(久しぶりの故郷、楽しみです!)」
「──そうだな」
ディアルはふさふさしたティナの毛を撫でた。
意外と、楽しい旅になるかもしれない。
ヴェイルはギャップ萌えを覚えた!




