ワイルドな外伝
森に囲まれた大陸で彼は生まれた。
母イリアはとにかく可愛いもの好きで、可愛ければ魔物でも構わない、というほど筋金入りの可愛いもの好きだった。
外見もかなりファンシーで、一年中ほわほわのふわふわな衣装を着ていたとか。
父ガスは一流の魔物ハンター、危険な日常と隣り合わせに生きていた。
大剣を背に背負い、肌に焼けた肌で風をきる姿は、村の少女達の憧れの的
そんな二人の出会いは森の中。
手作りのレースエプロンを着、かごに入れたお菓子を持って北の森に出かけたイリア。
北にある花園に着いた途端、イリアの到着を待っていましたと言わんばかりに、わらわらと魔物達が集まってきた。
機から見れば『可憐な少女を取り囲む魔物の群』。
群の中心にちょこりと座り込んでお菓子を広げると、魔物の間から歓声があがった。
みれば群の中には魔物の中で一番凶暴、と言われているやつもいるではないか。
「はい、あーん」
しかしイリアは動じる事無く、クッキーを一枚手に取り、凶暴といわれるそいつに食べさせてあげる大サービス。
魔物はぱたぱたと尻尾を振りながら、大きく口を開け、幸せそうに目を細めている。
が。
それを森の中から見ていたのは、村一番の魔物ハンター・ガス。
ガスにはイリアの腕に魔物が喰らい付いているようにしか見えなかった。
大剣を抜き、少女救出のために駆け出す。
ハンターに気付き、逃げ惑う魔物達。
だが一匹だけ逃げ遅れた魔物が居た。
イリアにクッキーを食べさせてもらい、幸せに浸っていた魔物だ。
ガスから見れば魔物が悪者だが、魔物から見ればガスが悪者。
それも自分達を怖がらず、可愛がってくれ、なおかつ美味しいものまで食べさせてくれるイリアを危険にさらす敵。
魔物達はほぼ同時にイリアを守る体勢に入った。
クリィタ一の勇者と謳われる一流魔物ハンター・ガスが現れた。
HP&MPとか:今の俺は無敵だぜ!
vs
イリア親衛隊の魔物の群
攻撃力:売られた喧嘩は買う!
防御力:イリアに近付くな!
んがしかし。
メリ
投げつけられたかごがガスの顔面にめり込んだ。
「ばかーーーー!」
不意を突かれた一撃によろめいたところに、さらになにやら堅いものが投げつけられ、ガスの急所中の急所に直撃してしまった。
気が遠くなる中で聞いた一言は
「この子達がケガしたらどうするのよ!」
というイリアの怒声だった。
走馬灯のように頭の中でぐるぐると回る景色。
村の女の子達の黄色い悲鳴が遠ざかる。
ハンターになったのは強くなり、誰かを守るためにだった。
出会うべき相手には会えず今まで一人で居た。
華奢でふわふわした可愛い女の子達。
外見の可愛い女の子なら、今までたくさんいたけど――芯が強い女の子はいなかった。
守るべき者のためならどんな危険にも立ち向かう。
求めていたのはきっとこんな感じ……
「け、結婚して……」
そんな言葉を残し、ガスは気絶した。
魔物を守る為、守られるより早く動いたイリアが投げつけたのは、お菓子の入ったかごと、水分補給のために持ってきた水がたっぷり入ったひょうたん。
その重たいひょうたんが、急所に直撃してしまった哀れなガスだった。
気絶したガスは魔物が止めに入るまでイリアに蹴り続けられた。
ガスが気が付いた時、イリアはまだそこにいて、逃げる時にケガした魔物の手当てをしていた。
もちろん襲撃者のガスの手当てはされていない。
胸の辺りが重いと思ったら、100キロ級の獣がガスの上に陣取っていた。
「ぐ、ぐるじい」
「あら起きたの?」
冷たいセリフにぐさりと傷付き、獣に圧し掛かられながらも、ガスはイリアに見惚れてしまった。
月のように美しく黄金色に光る流れるような髪、長い睫毛の下には小さな新緑の瞳、さくらんぼのようなプリティな唇、村では見た事のないファンシーな服装、全身から発せられる鋭い殺気、全てにガスは魅了された。
「さっきの言葉なんだが」
「え?」
ガスの存在を忘れていたのか、いきなり声をかけられたイリアは驚いたようにガスの方を向いた。
「俺と結婚してくれないか?」
100キロ級のダイナマイトボディの獣に圧し掛かられ、いまだ地面に寝そべったままの状態で、一流魔物ハンターは今日初めて出会ったイリアにプロポーズした。
「貴方……バカ?」
「一目惚れなんだ」
「だから?」
「だから俺と一緒になってほしい」
「この子達を傷つけるような人なんて嫌よ」
つん、とそっぽを向いてしまったイリア。
しゃしゃしゃしゃしゃという声に視線をずらせば、イリアの横に陣取っている凶暴ナンバーワンの魔物が、ガスを見ながら笑っていた。
『振られたな』
人のものではない声。
「さ、別の場所に行きましょ」
『うむ』
イリアが立ち上がると、するりとダイナマイトボディの魔物がガスの上から退いた。
すぐに動こうとしたが動けなかった。
長い間重いものが上にあったせいで、全身が痺れてしまっている。
「今、この瞬間から魔物ハンターを辞めると言っても、可能性はゼロか?」
「魔物ハンターを辞められるわけないじゃない」
「そんな事――」
「私と仲良くなるって事は、つまり魔物の味方になるっていう事、今まで生きる糧にしていた魔物を、二度と殺さないで生きてゆくのよ? 村の人間を敵に回すといっても過言じゃないわ、貴方にそこまで覚悟があるのかしら?」
「君のためならば」
「ばっ――」
真顔で即答したガスに、イリアの顔が朱色に染まっていく。
「恋する男はばかなものさ」
「信じないわよ」
「俺は諦めないぜ」
痺れの残る体をのそりと起き上がらせる。
「俺は生きるために魔物ハンターをやっていた。だから、君と生きるためにならば二度と魔物を手にかけない、例えこの身が魔物達に切り裂かれようとも」
イリアの腕を掴み、真正面から瞳を見つめる。
「俺はガス、ガス・ウェルズ。君は?」
「私は……イリア」
視線を逸らし、俯きながら小さな声で教えてくれた。
「もう二度と村には帰らない、二人でここに住もう」
「思い切りの良い人ね、本当に」
「君のためなら今まで築いてきたもの全て、無になっても構わないんだ」
無邪気に笑いながら、イリアの身体を引き寄せる。
「俺の今までの人生は全部、君に出会うためのものだったから」
ガスのセリフにイリアがやっと顔を上げ、花が開くように綺麗に笑った。
「――そうして私とパパは、魔物に囲まれながら、花園で永遠の愛を誓ったのよ♪」
とっくの昔に40に足を踏み入れたはずの母親は、20年前の容姿と全く変わらぬ外見で、今日も父親との馴れ初めを恥らいながら語り聞かせてくれた。
「ねぇガイ」
「はい」
「もしかして貴方……私よりレース綺麗に作れてない?」
ガスとイリアが出会って約20年。
二人の間に生まれた子供は、父親に似てガッシリした体型で、性格もかなり熱いところがあるが――ついでに母親ににも似ており、趣味は料理と小物作り、料理作りの際、つけるレースのエプロンは手製のもの、嗜好も母似で可愛いもの好きである。
二人の頭文字をとって名前は『ガイ』。
ワイルドな外見とは裏腹に、彼はアウトドアやサバイバルよりも、こうして母とレースを編んでいる方が好きで、家の装飾も母とガイの趣味でファンシーな感じだ。
しかしここ数年、彼は悩んでいた。
何年経ってもラブラブいちゃいちゃなおしどり夫婦。
いい加減、この二人と一緒に住むのが嫌になってきたのである。
二人が嫌いになったという事はないが、この一年中新婚夫婦と暮らしている身が辛くなってきたのだ。
何せここは森の中。
婦女子が居る村は、親の事情が事情だけに入る事はできない。
つまり。
彼に彼女ができる確率はもう奇跡に近い。
しかも――彼は生まれてこの方、父と母以外の人間を見たことがなかった。
(もしかしたら一生独身かもしれない思春期の息子の前で、朝でも晩でも食事中でもああなんだもんな~)
でっかいため息が漏れるのも仕方が無いというものだ。
そんな悩みを抱えながら日々を生きていたガスの前に、ある日ちょろりともこもこの魔物が現れた。
この家に魔物が現れるのは別に珍しい事ではない、むしろ来ない日のほうが珍しいぐらいである。
どの魔物もおしどり夫婦とガイに手入れされ、普通はごわごわの毛皮も、ふっさふっさのさらさらである。
「きゅ♪」
ガイに懐いてきたのは、黒い毛皮のもこもこした魔物だった。
両手で持ち上げられるほど軽く、人間の頭ほどのサイズの可愛らしい顔つきの魔物。
「お前が噂の悩めるワイルド系か」
後ろから現れたのは丸い眼鏡をかけた白衣の人物。
真新しい白衣を着てはいるが……何やら危ない雰囲気。
眼鏡の奥で光るブルーの瞳が、ガイをじろじろと眺め回した。
「俺は魔物の相談役、ってところかな、お前が最近悩んでいるって聞いてね」
眼鏡をはずし、胸ポケットにしまうと楽しげな笑みを浮かべた。
好意的な笑顔とは思えない、どこか皮肉気で嫌味っぽい笑いだ。
「いつまで経っても新婚同然にラブラブの両親に挟まれて辛いだろう?」
「――っ、何者だ!」
「名はフェリオン、お前を勧誘に来た者だ」
「ガイ? 何をさっきから騒いでいるの?」
「母さん」
「ああ、どうも」
「フェリオンじゃないの、久しぶりね~」
「アンタも相変わらずお美しいままで」
どこか棘のある口調でフェリオンがイリアにお辞儀した。
「今日はあの方は? 一緒じゃないの?」
「今日はアンタのご子息を誘いに来たんだよ」
「え?」
「三食昼寝付き、条件は俺達の食事を作る。それだけ。それ以外は一日中寝てようと、魔物と戯れようとも、ガーデニングに勤しもうとも構わない、どうだ?」
「どうだ。と言われても……何が何だか」
「フェリオンはこの北の森の統治者のお使いよ」
「そう、好んでここにいるものの、俺以外に使える奴がいなくて困っているんだ」
足元で黒いぬいぐるみのような魔物が踊っている。
可愛い気もするが、なんだが雰囲気が目の前の男と共通するところがあるような……。
「人間という種族に執着がないのならば、明日にでも館に来ると良い、道はお前の両親が知っている。じゃあな」
自分の言いたい事を一方的に伝えると、フェリオンはさっさと森の中に消えていった。
「素敵ね」
「どこが?」
「ガイはパパが魔物ハンターだったって知っているわよね?」
「そりゃ、まぁ……」
(毎日毎日、ノロケと一緒に語られれば、嫌でも覚えるっつーか……)
曖昧に答えて母親を見ると、いつもとは違う、少し落ち着いた雰囲気になっていた。
「パパは魔物を殺して糧としていた。そんな人がどうして魔物の住処である森の中で、のうのうと暮らせていると思う?」
「え?」
「全て『あの方』のお陰なのよ。あの方がパパを許してくれたから、私達は一緒になる事ができたし、パパも命を奪われずにすんだの。まぁ……顔がよかったというのも無きにしも非ず、な感じだけどね。何せパパって村一番のハンターというだけでなく、村一番の美形という肩書きも――」
「ああ分かった分かった。俺、その人のとこに行くよ」
また始まりそうになったノロケを止め、現実からいち早く逃走するため、ガイはお誘いに乗る決意をさっさと固めた。
「二度と会えなくなる。って事は、ないよな?」
「大丈夫よ、基本的に出入りは自由ですもの、いつでも会おうと思えば会えるわよ♪」
「ならいいけど……何を持っていけばいいかな? 包丁とエプロンと、編み物セットと、一応裁縫セットも持っていくか」
ブツブツと持っていくものを計算し始めたガイ。
だがその内容は決して男子の持ち物とは思えない物ばかり。
「あ、父さんに報告しなきゃ」
「パパは今日はお泊りよ?」
「どこに?」
「貴方が明日から行くところに」
「……」
はぁ。とため息をついてまとめた荷物を肩に担ぐ。
「どうせなら、今日行くよ、善は急げっていうしね」
「じゃあみんなでお泊りしましょ♪」
あっさりと家族外泊を決め付けた母親は、するりとガイの腕に自らの腕を絡めると、上機嫌で歩き出した。
「きっとガイの事を気に入ってくれるわ、だって私とパパの子ですもの」
「どんな人なんだろうね」
あまり良い予感はしないものの、外泊にテンションの上がっている母を引き連れ、ガイはフェリオンの待つ館へと向かった。
一方、北の館では――
「よくやったDr.褒美だよ」
邪悪な笑みを浮かべながら、女がフェリオンに鍵を渡した。
「奴隷を全部使っていいなんて、随分気前がいいですね」
「そろそろ在庫を処分して、新しい子達を入れようと思っていたところさ、今使っている奴らはもう壊れ始めたからねぇ」
「じゃあ遠慮なく」
女に引けを取らない悪い笑みを浮かべると、フェリオンは鍵を胸ポケットに入れた。
「しかし父親譲りのワイルドな外見はいいんですが、中身は母親譲りのファンシー趣味というのがね、あの恐ろしいギャップに慣れないといけないんですね」
「ワイルド系は少女趣味ねぇ、楽しいじゃないかえ」
くつくつと笑いながら窓の外を見下ろす。
「ああ来た来た。私達の新しい家族が」
「では行きましょうか魔女様」
楽しそうに目を細めると、フェリオンは恭しく女に手を差し出した。
「そうだね」
フェリオンの手を取り闇から出てきた女は、邪悪の塊のような人物だった。




