ジーザ親分の日常
この村は、不思議な森に囲まれている。
森の外へ出たことのある人は、おそらくいない。
何人もの人がチャレンジしたが、大抵は2~3日森を彷徨った挙げ句、もとの村へ戻ってきてしまう。
魔物に喰われたのか、帰ってこなかった人もいる。
そんな危険な森に、自ら入っていく職業がある。
大工見習いの少年──ライスは、自分の職業に誇りを持っていた。
今日は生まれて初めて、親分のジーザに付き従って、森の中へ材木を取りに行く日だ。
「親分、オイラたちだけで大丈夫っスかねぇ?」
さすがに森の前まで来ると、ライスは尻込みしてしまう。
が、親分は「がはは」と屈強な体を揺らして笑った。
「大丈夫だ、多少喰われたくらいじゃ、人間死にはしないさ」
がっしりした体型に、もじゃもじゃと生やしたヒゲ、角刈りの頭。
どこをどう取っても、ジーザは体育会系だ。
それを表すように、いつでも上半身裸だ。
筋骨隆々とした体が暑苦しい。
「そりゃ、親分はいいかもしれないっスけど……」
一方ライスはといえば、ひょろりとした痩せ形である。
身の軽さを買われて大工見習いになったものの、正直、材木を乗せるための荷台を引いて歩くだけでも、かなりつらい。
「……親分も荷台引っ張るの、手伝ってくださいよ」
地面がでこぼこしていて、進みづらい。ライスがぶちぶち文句を言っていると、
「この森には、魔物が出るんだ。どっちかすぐに戦えるようにしておかないと、殺されちまうだろ? それとも、お前が戦うかい?」
振り返ったジーザが、いかにも頼りなさげな短刀を一本、差し出してくる。
これで戦えというのだろうか?
「…………やっぱりいいです。牽きます、荷台」
昼間なのにほとんど日の射さない深い森に、不吉な鳥の鳴き声が響いた。
場所は変わって──
一匹の獣が、突風のように木々を掻き分けながら、森の中を疾っていた。
ハリケーンタイガー。
この森に生息する、魔物である。
『……やっとたどり着いたぜ』
ハリケーンタイガーは、ぜえはあと荒れた呼吸を整えながら、巨木の前で止まった。
木の根の間に、大きな隙間がある。
大人10人くらいが両手を伸ばしてやっと1周できる木の真ん中辺りに、細い切れ込みが入っていた。
『こりゃまた、イイ顔になったねぇ』
と──木の切り込みがパクッと開いた。
そう、この木は生きているのだ。
この木だけではない。森の奥にある木々は、みんなこうした意思を持っている。
だが、特にこの木は、樹齢の高い巨木女として、魔物たちの間ではちょっとした有名人(?)だ。
『うるせぇんだよっ! 囓るぞ!』
凄んでみるものの、ハリケーンタイガーの前歯は、根元から綺麗に切断されていた。
これじゃ、肉は食べづらいし、獲物は捕らえづらいし……踏んだり蹴ったりだ。
『んじゃ、喰われたくないから、前歯は治さないでおこうかねぇ』
『あああああ、悪かった。囓らないから、治してくれぇ』
もう、どっかの誰かさんにそっくりなくらい、腰が低くなってしまう、タイガー。
『ふふん、まあいいけどね。お礼の方は、はずんでおくれよ』
すると、今度はハリケーンタイガーもにやり、と笑みを浮かべ、
『ああ、任せとけや。人間の男を、連れてくればいいんだろ?』
『それもとびっきり元気な奴をね。人間の生気の美味しいったら……じゅるり』
ハリケーンタイガーには、リベンジしなければならない相手がいるのだ。
と──巨木の枝から蔦がしゅるりと降りてきて、タイガーの体に巻き付く。
そして淡く輝いたかと思うと──ハリケーンタイガーの前歯が、元通りに!!
だが、それだけではない。
『ふん、サービスしておいたよ』
巨木女は得意げに言った。
この木には、傷ついた体を癒す能力の他に、魔物の眠った力を引き出す能力も兼ね備えているのだ!
言われてみれば、心持ち歯が鋭くなったような気がする。四肢からは力が漲り、今なら風よりも迅く駆けることができそうだ。
『恩に着るぜ!』
タイガーは、早速強化された足で、森を駆けた。
前歯を折った男を倒すため、人間たちの住む村へ──
ギギギギギ……ガターーーーーン!
「……だいぶ集まったっスね」
ライスは額の汗を拭いつつ、荷台の上に山積みになった丸太を見た。
「そうだな。これくらいでいいか」
とか言いつつも、ジーザは木に斧を振り続けている。
が──何がすごいって、普通の大きさの木など、彼にとっては右から1発、左から1発、最後にどっちかから斧を一振りすれば、たちまちのうちに切り倒せてしまうところだ。
「……人間じゃないっス」
ライスが1本の木を切り倒す間に、ジースは10本近く丸太に変えている。
「よーし、帰るぞライス!」
「帰るって……ちょっと!?」
ライスは親分と、大量の木材が括り付けられた荷台を交互に見た。
「あの……今度は、オイラが魔物と戦うっス!」
行きでもつらかったのだ、数段重くなった荷台を牽いて帰るのは、明らかに無理だ。
それだったら、まだ魔物を警戒しながら、普通に歩いて帰った方がマシだとライスは判断したのだった……。
村が近づいてきた。
ライスにも、何となくわかるのだ。
森のドロドロした、得もしれぬ悪寒が薄れていく。
「親分、もう少しっスね!」
浮かれて、ライスが後ろを振り返る。
「そうだな」
同意したジーザは、一時間近くも木材の乗った荷車を引き続けているというのに、相変わらず普通に歩いていた。
もはやどうとも思わなくなっていた。
一流の大工とは、こういうものなのだろうと、ムリヤリ納得することにした。
「……どうしたっスか?」
いきなり立ち止まったジーザ。不審に思って訊こうとすると、口元に指を当てた。
「何かが……来る!」
ガサッ!!
そこに現れたのは、禍々しい牙を持つ虎。
「こいつは……ハリケーンタイガー!」
たちまちのうちに、ライスの顔が青ざめた。
森に生息すると言われる、高位の魔物である。
嵐のように素早く動き、鋭い爪と牙で敵を引き裂く戦法を得意としている。
と、ライスが以前読んだ本に書いてあった。
が──ハリケーンタイガーは、にやりと笑う。
『俺はもう、ハリケーンタイガーじゃねぇ。森の力でパワーアップした──そう、ライトニングタイガーだ!!!』
ライトニングタイガーが現れた!!
HP:4500 MP:0
攻撃力:380 防御力:220
『くっくっく、人間が2匹……新たに手に入れた力を試すには、ちょうどいい』
こいつ、殺る気だ──戦うための剣などもったこともないライスにも、殺気がひしひしと伝わってきている。
「あああああ、オイラの人生、こんなところで終わるっスか!!」
半ば神に祈りたい心境だ。
しかも間の悪いことに、タイガーはライスを狙って飛びかかった!
ライスは慌てて、手に持った短刀を抜き、タイガーにぶん投げた!
ところがタイガーは、牙でガッチリ刀身を捉え、いとも簡単に噛み砕いてしまった。
「ひゃぁあああああ! 刀身を砕くなんて、なんちゅう破壊力っスか!」
「ライス、これを使うんだ!」
「親分──って、げっ!?」
戦うためにジーザが投げて寄越したもの──それは、大人の胴体ほどもある丸太!!!
確かにこれなら、そうそう簡単に砕けはしないだろうが──
両手を伸ばしてキャッチしようとするライスだが──
「ぬおおおおおおっ!」
めききっ、と丸太がライスの顔面にめり込む!
「ぐはっ…………な……何するっスか、親分……」
顔に丸太を貼り付けたまま、ふらふらとよろけるライス。
そこにライトニングタイガーが、躍りかかる!
「こうなったら、破れかぶれっスよ!」
ライスは丸太を掴み、タイガーに向けて振り回す!
しかし──ボキッ!
鈍い音がして、何と丸太が噛み砕かれてしまった。
「ヒィイイイイイ、カルシウムばんざーーーーーーーーい!!!」
そのままの勢いでぶちかましをくらい、ライスはたたらを踏む。
それでも吹っ飛ばなかったのは、日頃の鍛錬のおかげだろうか……。
が──
まだライトニングタイガーの攻撃は、終わっていない!
何と尻尾で器用に丸太の残骸を絡め取ると、ライスに向けて振り回した。
「ぐはっ!」
背後の木に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちるライス。
攻撃を食らった腹部が、今も悲鳴をあげ続けている。頭もガンガンする。
ライスは滲みゆく視界で、ジーザを見た。そして祈る。
「…………逃げてくださいっス」
しかし──ジーザはその場から動かない。肩が震えている。
「貴様……魔物といえど、許さんぞ! よくも……よくも大事な相棒を!!!」
ジースが、初めて吠えた。
「ありがとう、親分! オイラは感動してるっス! でも、少なくとも半分は──頭がガンガンするのは、親分の投げた丸太が直撃したせいっス!!」
しかし、やはりぐらぐらしてツッコめない。
ジーザは丸太を持って、タイガーに突撃する!
「無茶だ!」
ライスが叫ぶ声。そうだ、丸太なら、先程タイガーに噛み砕かれている。
今回だって──
ジーザの丸太にも、タイガーは噛みついた。
『なっ!?』
今度はタイガーが驚愕に染まる。
さっきと同じくらいの大きさの丸太なのに、噛みきれないのだ。
『なぜだ、なぜこの強化した牙で砕けない!?』
「……なぜならば、丸太は大工の魂だからだ!!!!!」
……答えになってねぇっスよ、親分──だが実際に丸太は、鋼のようにタイガーの牙を寄せ付けない。
今度は、尻尾に絡め取ったままの丸太の破片で、ジーザの脇腹を打つ!!
「効かんわ!!!」
ジースは吹っ飛ぶどころか、ぐらりともしない。
「んなアホな!?」
タイガーの思いを代弁するようにツッコんだのは、先程同じ攻撃を食らったライスだ。
しかもライスのように、軽鎧をまとっているわけではなく、ジースは上半身裸である。
常軌を逸した頑丈さ加減だ。
『なぜだ、俺は最強の力を手に入れた魔物だぞ!!』
ライトニングタイガーに、ありありと動揺の色が浮かんだ。
「なぜならば──貴様は俺の相棒を傷つけたからだ!!!」
やはり答えになってないっス~~~~!
丸太を握る、ジーザの手に力が漲る。
「んどらぁああああああ!!!! 貴様に砕かれた丸太の痛み、思い知れ!!! 天誅クラーーーーッシュ!!!!」
イ〇ローばりの丸太スイングが、ライトニングタイガーを捉えた。
おそらくここが球場だったら、場外ホームランくらいの勢いだろう。
『ぎゃああああああああっ!!!』
かくて、森最強の魔物は、大工の手によって粉砕されたのだった……。
「自然の痛みを知るがいい」
どすん、と丸太を地面に置くジース。
「って……『相棒』って、オイラのことじゃなかったっスか……オイラは丸太以下かァアアアアア!!!」
沈痛な叫びは完全に無視して、ジーザが豪快に笑う──
「さーてライス。帰ったらさっそく建築だ!」
ライスは思った。
「魔物なんかより、親分の方がはるかに怖いっス……」
──数日後。
『で、謝礼はどうしたのかねぇ?』
ジト目で森の巨木女がこちらを見下ろしてくる。
ライトニングタイガーは、必死で弁解する。
『信じてくれ! 人間に、恐ろしく強い奴がいるんだ! そいつに……』
『あんたがリベンジしたがっていた、冒険者かい』
『ち、違う! 丸太を持った大男だ! いや、あいつは魔物の血を引いているに違いない! みんなに報せてくれ、あいつに会ったら、絶対に手を出すな、と』
ガタガタと脅え出すタイガーに、同情めいた視線を送る巨木女……。
タイガー、口を開けると、またもや前歯が折られていた。無念。
「こんにちは~、いつものクロワッサン、5つね」
麗らかな午後。
ここは森に囲まれた村。
パン屋の煙突からは、今日もふわふわと煙が上がっていた。
「へい、毎度っス!」
「おや……あんたはライスじゃないかい」
「ああ、どうもっス!」
店員──ライスは、ぺこりと頭を下げた。
近所のおじさんである。
「ども……って、大工は辞めたのか? 小さい頃から、危険と隣り合わせな大工の仕事をして腕を磨き、いつかは外の世界へ行きたいって」
するとライスは、遠い目をした。
「……オイラは現実を知ったっス。大人になったっス」
「現実……?」
こくん、とライスは頷いてみせた。
「ここはいいっスよ。店長さんはムキムキマッチョじゃないし、丸太投げてこないし、魔物と遭遇しないで済むし、レシピどおり作っていれば、美味しいパンができるし……やっぱりまだ、見習いですけどね」
平たく言えば、ジーズについていけなくなったのだ。
「……世の中で最も怖いのは、人の姿をした魔物っス。今日もきっと、森に出張って木を伐っているっス」
「……そんなもんかねぇ?」
おじさんはどうも、ピンと来なかったらしい。
ライスは苦笑して、クロワッサンを袋に詰めた。
「毎度あり! 1個オマケしといたっス!」
「……ありがとう。じゃ、頑張れよ」
近所のおじさんは手を翳し、店を後にした。
袋からは、焼きたてクロワッサンの、いい匂いがする。
ジーザの汗臭さと比べたら、大違いだ。
こんなんも悪くないかな。
今日は雲ひとつない、絵の具で塗りつぶしたような、青い空。
「ふー、やれやれ」
森の中、ジーザは一人、木を切っていた。
あの日と同じく、荷台には大量の木材。
仕事が多いのは、いいことだ。
ただ、見習い大工だけがいなくなっている。
また一人だ。
なぜか、ジーザのもとへ大工見習いに来ると、みんな10日前後で辞めてしまう。
魔物に囲まれた村だというのに、根性なしが多くて困る。
まあ、これもいつもの繰り返し──どこまでもジーザは楽天的だ。
ただ、ひとつだけ違うことがある。
あれ以来、一度として魔物が襲ってきたことがないのだ。
ジーザからすれば万々歳なのだが、不意に遭遇した時に見せる、魔物たちの脅えた顔が、どこか釈然としないものを感じさせる。
が、そんなことは、些細なこと。
ジーザは大工。
それ以上でも、それ以下でもないのだ……。
木を切って、家を建てるのが、大工の仕事。




