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ディアル物語 ~ハンターから転職して魔物を守る番人になります~  作者: ユメ
幕間

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17/48

ジーザ親分の日常

 この村は、不思議な森に囲まれている。

 森の外へ出たことのある人は、おそらくいない。

 何人もの人がチャレンジしたが、大抵は2~3日森を彷徨った挙げ句、もとの村へ戻ってきてしまう。

 魔物に喰われたのか、帰ってこなかった人もいる。


 そんな危険な森に、自ら入っていく職業がある。

 大工見習いの少年──ライスは、自分の職業に誇りを持っていた。

 今日は生まれて初めて、親分のジーザに付き従って、森の中へ材木を取りに行く日だ。


「親分、オイラたちだけで大丈夫っスかねぇ?」


 さすがに森の前まで来ると、ライスは尻込みしてしまう。

 が、親分は「がはは」と屈強な体を揺らして笑った。


「大丈夫だ、多少喰われたくらいじゃ、人間死にはしないさ」


 がっしりした体型に、もじゃもじゃと生やしたヒゲ、角刈りの頭。

 どこをどう取っても、ジーザは体育会系だ。

 それを表すように、いつでも上半身裸だ。

 筋骨隆々とした体が暑苦しい。


「そりゃ、親分はいいかもしれないっスけど……」


 一方ライスはといえば、ひょろりとした痩せ形である。

 身の軽さを買われて大工見習いになったものの、正直、材木を乗せるための荷台を引いて歩くだけでも、かなりつらい。


「……親分も荷台引っ張るの、手伝ってくださいよ」


 地面がでこぼこしていて、進みづらい。ライスがぶちぶち文句を言っていると、


「この森には、魔物が出るんだ。どっちかすぐに戦えるようにしておかないと、殺されちまうだろ? それとも、お前が戦うかい?」


 振り返ったジーザが、いかにも頼りなさげな短刀を一本、差し出してくる。

 これで戦えというのだろうか?


「…………やっぱりいいです。牽きます、荷台」


 昼間なのにほとんど日の射さない深い森に、不吉な鳥の鳴き声が響いた。




 場所は変わって──

 一匹の獣が、突風のように木々を掻き分けながら、森の中を疾っていた。

 ハリケーンタイガー。

 この森に生息する、魔物である。


『……やっとたどり着いたぜ』


 ハリケーンタイガーは、ぜえはあと荒れた呼吸を整えながら、巨木の前で止まった。

 木の根の間に、大きな隙間がある。

 大人10人くらいが両手を伸ばしてやっと1周できる木の真ん中辺りに、細い切れ込みが入っていた。


『こりゃまた、イイ顔になったねぇ』


 と──木の切り込みがパクッと開いた。

 そう、この木は生きているのだ。

 この木だけではない。森の奥にある木々は、みんなこうした意思を持っている。

 だが、特にこの木は、樹齢の高い巨木女として、魔物たちの間ではちょっとした有名人(?)だ。


『うるせぇんだよっ! 囓るぞ!』


 凄んでみるものの、ハリケーンタイガーの前歯は、根元から綺麗に切断されていた。

 これじゃ、肉は食べづらいし、獲物は捕らえづらいし……踏んだり蹴ったりだ。


『んじゃ、喰われたくないから、前歯は治さないでおこうかねぇ』

『あああああ、悪かった。囓らないから、治してくれぇ』


 もう、どっかの誰かさんにそっくりなくらい、腰が低くなってしまう、タイガー。


『ふふん、まあいいけどね。お礼の方は、はずんでおくれよ』


 すると、今度はハリケーンタイガーもにやり、と笑みを浮かべ、


『ああ、任せとけや。人間の男を、連れてくればいいんだろ?』

『それもとびっきり元気な奴をね。人間の生気の美味しいったら……じゅるり』


 ハリケーンタイガーには、リベンジしなければならない相手がいるのだ。

 と──巨木の枝から蔦がしゅるりと降りてきて、タイガーの体に巻き付く。

 そして淡く輝いたかと思うと──ハリケーンタイガーの前歯が、元通りに!!

 だが、それだけではない。


『ふん、サービスしておいたよ』


 巨木女は得意げに言った。

 この木には、傷ついた体を癒す能力の他に、魔物の眠った力を引き出す能力も兼ね備えているのだ!

 言われてみれば、心持ち歯が鋭くなったような気がする。四肢からは力が漲り、今なら風よりも迅く駆けることができそうだ。


『恩に着るぜ!』


 タイガーは、早速強化された足で、森を駆けた。

 前歯を折った男を倒すため、人間たちの住む村へ──




 ギギギギギ……ガターーーーーン!


「……だいぶ集まったっスね」


 ライスは額の汗を拭いつつ、荷台の上に山積みになった丸太を見た。


「そうだな。これくらいでいいか」


 とか言いつつも、ジーザは木に斧を振り続けている。

 が──何がすごいって、普通の大きさの木など、彼にとっては右から1発、左から1発、最後にどっちかから斧を一振りすれば、たちまちのうちに切り倒せてしまうところだ。


「……人間じゃないっス」


 ライスが1本の木を切り倒す間に、ジースは10本近く丸太に変えている。


「よーし、帰るぞライス!」

「帰るって……ちょっと!?」


 ライスは親分と、大量の木材が括り付けられた荷台を交互に見た。


「あの……今度は、オイラが魔物と戦うっス!」


 行きでもつらかったのだ、数段重くなった荷台を牽いて帰るのは、明らかに無理だ。

 それだったら、まだ魔物を警戒しながら、普通に歩いて帰った方がマシだとライスは判断したのだった……。




 村が近づいてきた。

 ライスにも、何となくわかるのだ。

 森のドロドロした、得もしれぬ悪寒が薄れていく。


「親分、もう少しっスね!」


 浮かれて、ライスが後ろを振り返る。


「そうだな」


 同意したジーザは、一時間近くも木材の乗った荷車を引き続けているというのに、相変わらず普通に歩いていた。

 もはやどうとも思わなくなっていた。

 一流の大工とは、こういうものなのだろうと、ムリヤリ納得することにした。


「……どうしたっスか?」


 いきなり立ち止まったジーザ。不審に思って訊こうとすると、口元に指を当てた。


「何かが……来る!」


 ガサッ!!

 そこに現れたのは、禍々しい牙を持つ虎。


「こいつは……ハリケーンタイガー!」


 たちまちのうちに、ライスの顔が青ざめた。

 森に生息すると言われる、高位の魔物である。

 嵐のように素早く動き、鋭い爪と牙で敵を引き裂く戦法を得意としている。

 と、ライスが以前読んだ本に書いてあった。

 が──ハリケーンタイガーは、にやりと笑う。


『俺はもう、ハリケーンタイガーじゃねぇ。森の力でパワーアップした──そう、ライトニングタイガーだ!!!』



ライトニングタイガーが現れた!!

 HP:4500 MP:0

 攻撃力:380 防御力:220



『くっくっく、人間が2匹……新たに手に入れた力を試すには、ちょうどいい』


 こいつ、殺る気だ──戦うための剣などもったこともないライスにも、殺気がひしひしと伝わってきている。


「あああああ、オイラの人生、こんなところで終わるっスか!!」


 半ば神に祈りたい心境だ。

 しかも間の悪いことに、タイガーはライスを狙って飛びかかった!

 ライスは慌てて、手に持った短刀を抜き、タイガーにぶん投げた!

 ところがタイガーは、牙でガッチリ刀身を捉え、いとも簡単に噛み砕いてしまった。


「ひゃぁあああああ! 刀身を砕くなんて、なんちゅう破壊力っスか!」

「ライス、これを使うんだ!」

「親分──って、げっ!?」


 戦うためにジーザが投げて寄越したもの──それは、大人の胴体ほどもある丸太!!!

 確かにこれなら、そうそう簡単に砕けはしないだろうが──

 両手を伸ばしてキャッチしようとするライスだが──


「ぬおおおおおおっ!」


 めききっ、と丸太がライスの顔面にめり込む!


「ぐはっ…………な……何するっスか、親分……」


 顔に丸太を貼り付けたまま、ふらふらとよろけるライス。

 そこにライトニングタイガーが、躍りかかる!


「こうなったら、破れかぶれっスよ!」


 ライスは丸太を掴み、タイガーに向けて振り回す!

 しかし──ボキッ!

 鈍い音がして、何と丸太が噛み砕かれてしまった。


「ヒィイイイイイ、カルシウムばんざーーーーーーーーい!!!」


 そのままの勢いでぶちかましをくらい、ライスはたたらを踏む。

 それでも吹っ飛ばなかったのは、日頃の鍛錬のおかげだろうか……。


 が──

 まだライトニングタイガーの攻撃は、終わっていない!

 何と尻尾で器用に丸太の残骸を絡め取ると、ライスに向けて振り回した。


「ぐはっ!」


 背後の木に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちるライス。

 攻撃を食らった腹部が、今も悲鳴をあげ続けている。頭もガンガンする。

 ライスは滲みゆく視界で、ジーザを見た。そして祈る。


「…………逃げてくださいっス」


 しかし──ジーザはその場から動かない。肩が震えている。


「貴様……魔物といえど、許さんぞ! よくも……よくも大事な相棒を!!!」


 ジースが、初めて吠えた。


「ありがとう、親分! オイラは感動してるっス! でも、少なくとも半分は──頭がガンガンするのは、親分の投げた丸太が直撃したせいっス!!」


 しかし、やはりぐらぐらしてツッコめない。

 ジーザは丸太を持って、タイガーに突撃する!


「無茶だ!」


 ライスが叫ぶ声。そうだ、丸太なら、先程タイガーに噛み砕かれている。

 今回だって──

 ジーザの丸太にも、タイガーは噛みついた。


『なっ!?』


 今度はタイガーが驚愕に染まる。

 さっきと同じくらいの大きさの丸太なのに、噛みきれないのだ。


『なぜだ、なぜこの強化した牙で砕けない!?』

「……なぜならば、丸太は大工の魂だからだ!!!!!」


 ……答えになってねぇっスよ、親分──だが実際に丸太は、鋼のようにタイガーの牙を寄せ付けない。

 今度は、尻尾に絡め取ったままの丸太の破片で、ジーザの脇腹を打つ!!


「効かんわ!!!」


 ジースは吹っ飛ぶどころか、ぐらりともしない。


「んなアホな!?」


 タイガーの思いを代弁するようにツッコんだのは、先程同じ攻撃を食らったライスだ。

 しかもライスのように、軽鎧をまとっているわけではなく、ジースは上半身裸である。

 常軌を逸した頑丈さ加減だ。


『なぜだ、俺は最強の力を手に入れた魔物だぞ!!』


 ライトニングタイガーに、ありありと動揺の色が浮かんだ。


「なぜならば──貴様は俺の相棒を傷つけたからだ!!!」


 やはり答えになってないっス~~~~!

 丸太を握る、ジーザの手に力が漲る。



「んどらぁああああああ!!!! 貴様に砕かれた丸太の痛み、思い知れ!!! 天誅クラーーーーッシュ!!!!」



 イ〇ローばりの丸太スイングが、ライトニングタイガーを捉えた。

 おそらくここが球場だったら、場外ホームランくらいの勢いだろう。


『ぎゃああああああああっ!!!』


 かくて、森最強の魔物は、大工の手によって粉砕されたのだった……。


「自然の痛みを知るがいい」


 どすん、と丸太を地面に置くジース。


「って……『相棒』って、オイラのことじゃなかったっスか……オイラは丸太以下かァアアアアア!!!」


 沈痛な叫びは完全に無視して、ジーザが豪快に笑う──


「さーてライス。帰ったらさっそく建築だ!」


 ライスは思った。


「魔物なんかより、親分の方がはるかに怖いっス……」




 ──数日後。


『で、謝礼はどうしたのかねぇ?』


 ジト目で森の巨木女がこちらを見下ろしてくる。

 ライトニングタイガーは、必死で弁解する。


『信じてくれ! 人間に、恐ろしく強い奴がいるんだ! そいつに……』

『あんたがリベンジしたがっていた、冒険者かい』

『ち、違う! 丸太を持った大男だ! いや、あいつは魔物の血を引いているに違いない! みんなに報せてくれ、あいつに会ったら、絶対に手を出すな、と』


 ガタガタと脅え出すタイガーに、同情めいた視線を送る巨木女……。

 タイガー、口を開けると、またもや前歯が折られていた。無念。



「こんにちは~、いつものクロワッサン、5つね」


 麗らかな午後。

 ここは森に囲まれた村。

 パン屋の煙突からは、今日もふわふわと煙が上がっていた。


「へい、毎度っス!」

「おや……あんたはライスじゃないかい」

「ああ、どうもっス!」


 店員──ライスは、ぺこりと頭を下げた。

 近所のおじさんである。


「ども……って、大工は辞めたのか? 小さい頃から、危険と隣り合わせな大工の仕事をして腕を磨き、いつかは外の世界へ行きたいって」


 するとライスは、遠い目をした。


「……オイラは現実を知ったっス。大人になったっス」

「現実……?」


 こくん、とライスは頷いてみせた。


「ここはいいっスよ。店長さんはムキムキマッチョじゃないし、丸太投げてこないし、魔物と遭遇しないで済むし、レシピどおり作っていれば、美味しいパンができるし……やっぱりまだ、見習いですけどね」


 平たく言えば、ジーズについていけなくなったのだ。


「……世の中で最も怖いのは、人の姿をした魔物っス。今日もきっと、森に出張って木を伐っているっス」

「……そんなもんかねぇ?」


 おじさんはどうも、ピンと来なかったらしい。

 ライスは苦笑して、クロワッサンを袋に詰めた。


「毎度あり! 1個オマケしといたっス!」

「……ありがとう。じゃ、頑張れよ」


 近所のおじさんは手を翳し、店を後にした。

 袋からは、焼きたてクロワッサンの、いい匂いがする。

 ジーザの汗臭さと比べたら、大違いだ。

 こんなんも悪くないかな。

 今日は雲ひとつない、絵の具で塗りつぶしたような、青い空。




「ふー、やれやれ」


 森の中、ジーザは一人、木を切っていた。

 あの日と同じく、荷台には大量の木材。

 仕事が多いのは、いいことだ。

 ただ、見習い大工だけがいなくなっている。

 また一人だ。


 なぜか、ジーザのもとへ大工見習いに来ると、みんな10日前後で辞めてしまう。

 魔物に囲まれた村だというのに、根性なしが多くて困る。

 まあ、これもいつもの繰り返し──どこまでもジーザは楽天的だ。


 ただ、ひとつだけ違うことがある。

 あれ以来、一度として魔物が襲ってきたことがないのだ。

 ジーザからすれば万々歳なのだが、不意に遭遇した時に見せる、魔物たちの脅えた顔が、どこか釈然としないものを感じさせる。

 が、そんなことは、些細なこと。


 ジーザは大工。

 それ以上でも、それ以下でもないのだ……。


 木を切って、家を建てるのが、大工の仕事。

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