SIDE:魔女
「僕のクロに酷い事しないで!」
そういって立ちはだかった5~6歳の小さな坊や。
後ろでは黒いラ・フィナが、坊やを止めようとおろおろしている。
「あっちいけー!」
目に涙を浮かべながら、ぽくぽくと膝を叩く。
黒い毛皮に包まれた黒い瞳をめいいっぱい開き、黒いラ・フィナが悲鳴を上げた。
「このガキ……」
白衣に身を包んだ男が坊やの喉元を掴んで持ち上げた。
「番人になどせず、いますぐ殺してやる」
丸眼鏡の奥で瞳が冷酷に光る。
「……クロは……僕が、守るんだ」
ぎりりと手に力が込められた。
「げはっ」
「……げは?」
異様な効果音に、白衣の男は後ろを振り向いた。
「………………鼻血を拭いてください」
呆れたような声がそう告げた。
「んにゃっ!?」
飛び起きざまに思わず口元を拭く。
(夢か)
「夢でしょうとも」
「!?」
ティーカップを差し出してきたのは、夢の中に出てきた白衣の男。
アップルティーの良い香りが鼻をくすぐる。
「また久っちの小さな頃の夢ですか?」
「あ、ああ」
状況を理解できず、とりあえず差し出されたアップル・ティーを口に含む。
甘い香りとともに広がる味が、少しずつ頭をハッキリさせてゆく。
(そうか、あれは夢か、でもってここは私の屋敷か)
見渡せばそこは自室。
外はかなり暗くなっていた。
「もう夕方です。夕食の時間ですよ」
「あいよ」
欠伸を噛みしめつつ、ベッドから降りてバルコニーに出る。
確かに夕方だ。
綺麗な夕日が眩しい。
「っていうか、なんで夢の内容知ってるのさ!」
ふっと微笑を浮かべながら、Dr.が魔女の横に立った。
「貴女がヨダレを垂らしている時は、大抵が久っちの夢です」
「……あ、あら、そう?」
「ええそうですとも」
お揃いのカップでDr.が味わっているのは、同じ飲み物ではない。
家の裏で採れる生命の実を絞って作った特製のお茶。
残った実はワイルド系に渡され、1週間後には甘さ控えめのジャムになる。
本来の使用法は回復系のアイテム生成などだが、ここの連中は怪我をさせる側なので、どうしても在庫が残ってしまうのだ。
「昨日は忙しかったですけど、今日は暇でしたね」
「そうかえ?」
「そうですよ。昨日はガスからはあの汚いのをイリアに近づけるなと苦情が来るし、ガイからは変態を母に近づけるなと愚痴られるし、イリアからはガスと悪者退治したとのろけ半分に語られますし……しかも3人の語る人物というのが、次の番人候補」
「ワイルド一家とは相性が最悪だからねぇ」
「ええ最悪です」
ふーっと二人同時にため息を付いた。
「フェリオンは? 何もなかったかの?」
ちなみに『フェリオン』とはDr.の本名、『Dr.サディスト』は久っちとワイルド系がつけたあだ名である。
「私ですか、そうですね、昨晩、生命の木の様子を見に行ったら、番人候補が木に呑まれ、マリオのとこの人形が巻き込まれてましたね」
「放っておいたのか?」
「一応助けましたよ。久っちにバレたら煩いですからね」
「そりゃそうだ」
ふっと微笑し、アップル・ティーを飲み干す。
「ありがと、美味しかったよ」
「それはどうも。さ、目が覚めたところで食堂に行きますよ。久っちとワイルド系が待っています」
カップを受け取ると、Dr.は腕を魔女に差し出した。
「はいよ」
するりと魔女の腕がDr.の腕にからんだ。
「久っち帰って来たんだ?」
「ええ、向こうで一仕事終えて、ついさっき」
「これであの坊やは実家にも帰れないねぇ」
くすりと悪い笑みが浮かぶ。
「ところで生命の実はまだ残ってたっけ?」
「ええ。保存してあるのがいくつか」
「そんな古いヤツじゃなくてさ、もっと新鮮な、木になってるヤツがいい」
「どうするんです?」
「近頃お肌がカサカサするから、生命の実のエキスを混ぜたお風呂に入りたいんだよねぇ」
相変わらず自己中心的な主の発言に、Dr.は肩をすくめた。
魔女は名案を思いついて、
「そういえば、昨日マリオのところに一個持ってったろ。あれ、取り返してこい」
「……は?」
突拍子もない発言をした魔女に対し、意を得ないDr.……。
「人形に与えた生命の実を、こっそり抜いてくるんだよ。で、人形には保存してあるヤツを入れてくるのさ。んで、新しい実ができたら、改めてそれをプレゼントするの」
さすがのDr.も顔を引きつらせ、
「……さすがに先方は怒るかと」
「これからも良き協力関係を、と言い添えておけば大丈夫」
「説得力を感じません」
なぜか疲れた顔のDr.をみて、魔女は小首を傾げた。
「……仕方ありません。明日辺り、久っちにでも行かせてみましょうか」
空は陰謀にぴったりな暗雲に包まれている。
そして翌日。
久っちの歯は、今日も相変わらず白く輝いていた。
なんだか気が重くなりそうな指令を受けても、久っちのにこやかさに変わりはない。
しかしながら、かなーり困っている。
まさかマリオに渡した生命の実を、取り返してこいとは。
しかも、
「お前の爽やかさがあれば、人間関係は万事オッケーだろ」
と魔女は適当に請け負っていたが──そういう問題じゃあない。
サディストからは、
「うまく森の中へ誘い込め。そうすれば私が素早く、やや賞味期限が切れ気味の生命の実と交換してやろう」
と宣言を受けているが──いやもうホントに困った。
そうこうするうちに、まるで絵本の一ページのようにのどかな、マリオ家が見えてきた。
「やあ、ヒサヤじゃないか! 昨日はどうもありがとう」
こっそり生命の実を与えた少女──ヴェイルを連れ出そうとしたところ、いきなりマリオに見つかってしまった。
普段の久っちにあるまじきミスである。
「ちょうどいいところに来てくれました。実はお願いがあるんですよ」
久っちに負けず劣らずの笑顔で、マリオは地下へ潜る。
しばらく待つと、マリオは一人の少女を連れてきた。
「…………誰?」
「何を言ってるんですか。ヴェイルですよ」
「ふーん…………って、ぇえええええええぇえええ!?」
久っちがわからなかったのも無理はない。
久っちの知っている彼女は、赤みというより青みが差した肌に、窪んだ目、艶もないような髪をした少女だったが──目の前にいる娘はどうだ。
頬には程よく朱が差し、滑るような白い肌に、緑色のドレスをまとっている。
はっきりいって別人である。
大げさな久っちのリアクションに、少女──ヴェイルは目を伏せる。
「ああ……い、いや失礼したね」
久っちは慌てて取り繕う。
この辺の技術はさすがである。
「実はこの子に森の中を案内して欲しいんですよ。ディアルくんに頼んでもよかったんですがね、彼はまだイマイチ頼りないというか……」
だが、久っちにとっては渡りに船である。
「俺に任せな♪」
久っちはとっておきの笑顔でオーケーした。
「わあ、森の中って、木漏れ日がすごく綺麗ですね」
気付けば久っちは、その言葉が皮肉に思えるほど綺麗な彼女の横顔に見とれていた。
「……ごめんなさい。私ってば、久しぶりに外へ出られたから、はしゃぎすぎて……」
「あ、ああ、いや、僕こそごめん。気にしないで」
しゅんとうつむいてしまうヴェイルに、久っちは慌てて笑う。
そんな彼女から、再び元気を奪わなければならないと思うと、気が重くなる。
(まあ、少しだけならいいよな)
自分でオーケー出して、久っちは予定進路を曲げた。
「今から俺のとっておきの場所へ案内してあげるよ」
その場所は、森の中でも特に迷いやすい区域にあった。
独特の勘がなければ、辿り着くことさえもできない場所。
久っちが初めてここを訪れた時に、見つけた──
「…………鍾乳洞?」
ヴェイルは戸惑っている様子だが、久っちは彼女の手をとった。
外とは違ってひんやりとした、時折水音の響く洞窟の中を、なるべくいい足場を探して進む。
最奥部。
言葉を失ったヴェイルを見、久っちは得意気な笑顔を浮かべた。
長い年月をかけて結晶化した水晶が、はるか上に伸びた空洞から差し込む光を受けて、万華鏡のようにキラキラと輝いている。
そして目を引くのが、真ん中にある大きな巣。
「魔物の王・鳳凰獣の巣だよ。鳳凰獣は、千年に一度だけ、巣に戻ってきて卵を温めるんだって。俺がここへ来た時、ちょうど鳳凰獣が卵を温めに来てた頃でね──」
「……世界にこんな綺麗な場所があるなんて、知らなかった」
震えたヴェイルの声。
軽口を叩こうとしたが、あまりに真摯な彼女の横顔に、口を差し挟むことができなかった。
が──彼女は急に体を折り曲げ、激しく咳き込んだ。
「だいじょう──って、吐血!?」
久っちは柄にもなく慌てふためいた。
とりあえず抱えて、鳳凰獣の巣に横たわらせる。
「へ……平気です。いつものことですから」
そうは言っても、素人の久っちが見ても顔色が良くない。
魔女ならなんとかしてくれるかもしれないが、今連れて行くわけにはいかない。
そもそも生命の実の力で今は活力に満ちているはず。
それはさっきまでの彼女の顔色を見れば一目瞭然なのだが──
「これは、私のもともとの病なのです……」
「そんなの、君を創った──マリオに言えば、すぐに治してくれるんじゃないの?」
「……そういう決まりなんです。人形として創られた私たちを、あの人は『人』として扱うと。だから『生命の実』以外のカスタマイズはしちゃいけないことなんです」
「でもマリオはそんな奴じゃないだろ。頼めばきっと──」
水晶の光が反射して青く染まるヴェイルの横顔が、ゆっくりと首を縦に振った。
「マスターはカスタマイズしてくれると言いました。でも私は断りました。これも人としての証なら、私は拒まず受け入れて生きていたいのです。心だって創り物のはずなのに、不思議です」
久っちは迷いのない彼女の目を、じっと見つめた。
(……やれやれ)
「あのさ、俺ちょっと用事があるんだ。ここで待っててくれる?」
「はい」
久っちはヴェイルの様子が落ち着くのを待ってから、そう切り出した。
急ぎ足で洞窟を出る。
久っちはさざめく森の中を見回した。
と──
「らしくない。ずいぶん手こずるじゃないですか」
木陰に腕組みをして立っていた白衣の男が、やや軽薄な声で告げる。
「Dr.実は……」
「主の命令は絶対です。わかっているのでしょう?」
久っちは押し黙った。
Dr.はそれだけで、すべてを悟ったようだった。
「ならば、あなたに代わって私が遂行するのみ」
言った瞬間、Dr.の体が爆発した。
久っちは直前に察知し、後ろへ飛ぶ。
「今のは……サディスト爆弾!? ということはまさか──」
ヴェイルが危ない! そう直感した久っちは、猛ダッシュで洞窟の奥へ。
しかし、そこにヴェイルの姿はなかった。
光の降り注ぐ縦穴のはるか上に、小さく人の姿が見えた。
ヴェイルと、彼女を抱えたDr.!
(彼女の──ヴェイルの笑顔を消しちゃいけない!)
理由はわからないが、久っちはそう思った。
たった一日でも、その笑顔を絶やさずに生きてほしいのだ。
鍾乳洞から出ると、そこには一人の男が立っていた。
Dr.──ではない。
ボサボサの髪をした、魔物ハンター風の男……ディアルだ。
「……お前か、ヴェイルを連れ去ったのは! 彼女を返せ!」
主人公のクセに今更現れ、勝手なことを吐く。
なんかちょっと悪役くさい。
「僕もこれから取り返しに行くところさ」
「取り返しに……奪われたのか! 誰に!」
矢継ぎ早に問いつめてくるディアルに対し、久っちはいつもの笑みで肩をすくめた。
「えーと、魔女。この森の」
「何ぃいいいいいいいいい!?」
あ。
この間の出来事を思い出し、さすがに腰が引けたようだ。
居合わせたはずの久っちのことも忘れてしまってるようである。
よっぽど怖かったのだろうが──
彼は立ち直った。
「ならば俺が助けに行ってみせる!」
「悪いけど」久っちはディアルを手で制した。
「今回は君の──ギャグキャラの出る幕はないんだよ」
「やかましいぃいいいい!!!!」
間髪入れず突っ込むディアルを尻目に、久っちは走り出した。
「フェリオン!!!」
森を掻き分けながら、久っちは叫んだ。
同じように前方で森の中を突き進む影は、ひたと足を止めた。
少女を抱えた眼鏡の男は、そのままの姿勢で久っちを待っていた。
「どうしました? いつもの爽やかさが台無しですよ」
久っちは額の汗を拭いながら、その男を見る。
「その子を……ヴェイルを返してくれ」
「ええ、返しますよ。生命の実さえ入れ換えたらね」
「それじゃダメなんだ!」
久っちは叫んだ。
「どうしてダメなんだい?」
その問いは、予想外の方から飛んできた。
Dr.を挟んで、さらにその向こう──黒いドレスをまとった女から発せられたものだった。
すなわち、魔女から──
「もう、そこにある生命の実は、彼女の命の一部なんだ! それを勝手な事情で抜き取るなんて、いくら魔女様だって、やっていいわけがない! しかも理由が肌が荒れ気味だからなん──」
「やかましぃいいいいい!!!!」
奇しくもディアルと同じリアクションをしてしまった魔女だが、彼女はふふん、と鼻を鳴らして、
「身勝手は昔から魔女の特権と相場が決まってるんだよ。しかし久っち……ちょっとお仕置きが必要みたいだねぇ」
『お仕置き』という単語に反応したのはDr.である。
さっそく魔女に、
「何コースにいたしましょう? 私としては今の時期、森林一周穴埋めコースがオススメですが」
と伺いを立てている。
そんなDr.の懐から、久っちは素早くヴェイルを奪い返した。
「いつの間に!? ふっ……久っち……これ以上は冗談では済まないこと、わかっていますね?」
Dr.の、眼鏡の奥の瞳が剣呑な光を宿す。
それはもう、引き返せないことを表していた。
自分でも、なぜこんな意地になっているのかわからない。
わからないが──
「わかってるよ」
久っちは答えた。
「いい覚悟です。では、私も久々にSっ気全開でいきますよ」
Dr.の体がわずかに沈んだ。
次の瞬間には、上質のバネのように鋭く大地を蹴っている。
「僕は負けない! 彼女は僕が守る!!」
二人の影が、衝突するか否かの、刹那!
「げはっ」
森に響いた、あまりに不釣り合いな音に、久っちとDr.は動きを止めた。
久っちはそのまま、Dr.はぎぎぎっ、と首を後ろに向ける……。
「……げは?」
もちろん、そこにいるのは魔女。
彼女の異変に気づき、さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら、Dr.は魔女に歩み寄ると、胸のポケットからハンカチを出して手渡してやった。
「なんかパワーアップしましたね。とりあえず、鼻血を拭いてください」
冷静かつ呆れた口調で、Dr.はぼやいた。
「……勝てないねぇ」
魔女は自分の庵に戻り、天井を眺めながらため息混じりに呟いた。
ドアをノックする音が聞こえる。
ワンテンポ遅れて、絶妙にブレンドされたハーブのいい匂いが漂ってきた。
「まだ止まりませんか」
Dr.はテーブルの上にお茶を置いて、魔女の首筋をトントンと叩く。
「……もうしばらく無理ー」
ズズズッ、と鼻を啜りながら、魔女。
「大丈夫ですか? もう軽く一時間は出っぱなしじゃないですか」
相変わらず上を向く魔女にはわからないが、きっと不思議そうな顔をしているのだろう、Dr.が訊ねてくる。
「……どうして生命の実を諦めたので? ワガマ……げふん、思いついたら一直線の貴女が、またどういう心変わりで?」
「何、あの時と同じさ」
あの夢、命を賭して大切なものを守ろうとした久っち。
懐かしそうに魔女は目を細めた。
「あの子の真摯な目を見てるだけで、お肌がツヤツヤしてくる気がするのよ」
そっと鼻孔に指を当ててみる。
やっと治まってきたようだ。
「しかしながら、天下の魔女にここまで血を流させるとは、久っち以外にはあり得ないことでしょうなぁ」
「あははは、うまいこと言うね」
「恐縮です」
「『彼女は僕が守る!!』ってか……次は私のことを言わせてみたいもんだねぇ」
こうして、魔女の優雅な一日は終わりを告げた。
「……ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」
久っちは肩を並べて歩く少女の横顔を、ためらいがちに覗き込んだ。
「でも、あなたが助けてくださったではありませんか」
彼女の優しい笑顔を見て、ほっと胸をなで下ろす。
「……あのさ、できたら今日のことは、誰にも言わないでほしいんだ」
「どうしてですか?」
久っちはいつもの笑顔で、首を横に振った。
マリオに心配をかけたくないのと、今回のことが彼の耳に届いてしまうと、彼女に会いづらくなってしまうから──とは言えない、シャイな久っち。
そんな気持ちを知ってか知らずか、
「わかりました。二人だけの秘密、ですね」
「いやぁ、そう言われると照れるなぁ。はっはっは」
「ふふふふっ……ごほごほ、ごはっ!」
「だ、大丈夫? また吐血!?」
「私は…………平気♪」
言って二人は肩を寄せ合う。
(……あれ?)
と、一瞬だけ久っちの頭を何かがよぎった。
(まあいいや、どうせ大したことじゃないだろうし)
こうして、なんかハートフルな二人組ができたのでした。
ちょうどその頃。
「ここはどこだーーーー!!」
一人、森の中でさまよう主人公の姿が、あったとかなかったとか…………。
主人公を差し置いて幸せカップルが誕生しました




