第6話
──俺はどうしてまだ、ここにいるのだろう。
今日も北の番人の棲む森は、薄暗く、太陽の光を受け付けない。
それでもわずかに届く木漏れ日を踏むようにしてディアルは歩く。
魔物ハンターは閉業した。
今更、魔物に刃を向けたとて、何になるというのだろう。
そして、森の番人になることも拒否した。
死ぬなんてごめんだい!
昔、どっかの偉い人が言ったという……。
『人間には2種類いる……恋する人間と、恋のできない人間だ』
ええい、恋のできない人間なんてイヤだい!
そんなわけで。
今、ディアルは、どーーーしようもなく中途半端な存在なのである。
「俺は……一体、どうしたら」
木により掛かって、枝葉の隙間から見える光を仰ぐ──
森がディアルの問いに答えてくれるはずもなく、ただ遠くから小鳥のさえずりや、枝葉の揺れる音が聞こえるだけだった。
「あーあ……」
「あら。こんなところで、どうしたの?」
その時──唐突に聞こえた声に対し、ディアルは反射的に身構えた。
元魔物ハンターとしての動き――ではない。女声である時点で、すでに警戒心は皆無。
「あ、あなたはァアアアアア!!!」
無用に力んでしまうディアル。
そこにいたのは、艶やかな黒髪を風にたなびかせた、色白の少女。
そう!
以前、マリオの家で出会った少女だったのだ!!
いきなり流し目を使い始めるディアル。
「……君を待っていたのさ。ここにいれば、会えるんじゃないかって。これって運命だとは思わないかい? ディスティニーだよ」
口にバラを咥え──ようかと思ったが、都合よく見つからなかったので、代わりに足元のたんぽぽを咥えてみる。
苦い匂いが、ディアルの口に広がった。
「ふふっ、相変わらずですね」
娘は小首を傾げながら笑った。
も………………萌へぇえええええ!!!
「落ち込んでいたようですけど、何かあったんですか?」
「……過去の事さ」
出来る限りのいい男の顔を作りながら、遠くを見つめ哀愁を漂わせる。
「そうだ。ディアルさんにいいもの見せてあげる」
ぽん、と可愛く両手を合わせ、少女がふふふと笑みを浮かべた。
「俺に?」
でれんと緩みそうな顔を必死に抑えているが、顔の筋肉がそろそろ引きつってきた。
「こっちこっち♪」
少女の白く小さな手がディアルの腕を引っ張る。
花も恥らうような愛らしい笑顔。
落ち込むディアルを励まそうとする心。
両方が今、ディアルに向けられている。
恋して敗れて叩きのめされて、主人公としての輝きなどとっくの昔に失ったディアルにとって、少女の気遣いは心に染み渡るものがあった。
ああ、いっそ何もかも忘れて、このままこの少女と森の中で暮らせたら。
そんな想いがディアルの中に掠める。
「ディアルさん、こっちよ」
するりと少女の腕がディアルから離れ、先へ先へと進んでゆく。
森から出て明るくなった視界、だがディアルの視線は少女から離れず、足元なんてみていなかった。
「ほら、早く早く」
くるくると踊るように先を行く少女。
きゅ~~ん
傷付いたディアルの心が感激に鳴いた。
幸せは歩いてくるよ、目の前に!
これを幸せと言わずなんという!
美少女との夢のような戯れ、これこそ主人公の極み。
さらば悲劇の主人公人生!!
「待ってぇ~~」
目の前に光り輝く幸せな人生に向かってディアルは走り出した。
二人手をとりあってどこかへ逃げよう。
誰も知らない所へ行って、家を建てて、家族を作って、人生を全うしよう。
夢を描きながらディアルは少女へ向かって走った。
と、少女が足を止め、小悪魔のような笑みを浮かべた。
「ディアルさん」
「はぁい」
自分の名を呼ぶ愛らしい声に、人生最大の喜びを噛みしめる。
「下を見て♪」
「えへ?」
でれでれ顔のディアルは言われるままに下を見た。
ない。
大地が、ない。
「うっそーーーーーーーーーーーーーー!」
少女の笑顔が遠ざかってゆく。
絶叫を上げながらディアルが崖の下へと落ちゆく。
これは絶対に悪夢、悪夢なんだ!
醒めてくれ、夢なら、早く……今すぐに!
ほーら、やっぱり夢だった。
つーかこのパターンの夢、やけに多いよな……変なストレスが溜まってんのかなー。
…………あれ?
でも体が動かないぞ?
もしかして、金縛りってヤツか!?
ん?
どこからか声が聞こえてくる……。
マリオさんだ……あと、ルージュと…………ノワールと…………あと………………。
次第に、声音がはっきりしてくる。
「足は筋肉から靭帯まで、全部損傷してます~」
「……今までで一番激しいですねぇ」
緊張感などまるでない、麗らかな午後の一時に交わすような、マリオとルージュの声。
間をおかず、今度は呆れるような声色で、
「背骨、肋骨、全部イカレちまってるぜ」
と、このボーイッシュな喋りはノワールだ。
「んー、毎回こんなだと、彼女も疲れちゃいますからねー。ちょっとカルシウム濃度を高めて、丈夫な骨にしておきましょうか」
「……どれくらい?」
「そうですねぇ……恐竜に踏まれても無傷なくらい」
……何だか突拍子もない会話が飛び交っているような気がする。
そして、その対象が自分であることも、薄々勘づき始めていた──
さらにルージュが、独特な観点から意見を述べる。
「あの、せっかくですから、背中に翼なんかつけてみたらどうでしょう?」
「空飛べるようにすんのかよ」
「いえ。ニワトリさんの……きっと可愛いですわ」
「意味ねぇだろっ!」
うううう……こんな時ですら、ギャグを欠かさない人たち……。
「まあ、せっかくですから、いろいろやってみましょうか」
マリオが告げると、辺りが静かになった。
あの……変なこと言われるのもイヤだけど、黙られるともっと怖いんですけど?
「ぅぎゃあああああああああっ!!!!」
がばちょん、とディアルは起きあがった。寝汗かいてるっすよ。
またいつもの如く、マリオ家のディアルに割り当てられた部屋だろう──と思いきや。
違う──ひんやり冷たくて、見たこともない機器がディアルの周りを取り囲んでいる。
なんかトラウマになりそうな、北の番人やDr. たちの姿が頭をよぎる。
「おや……思ったより……麻酔の効きが……弱かったですね……」
「ぅおわっ!」
ディアルは声のした方を見て、思わず身を引いた。
気配もなく、そこに立っていたのは、ルージュでもノワールでも、マリオでもなく──緑色のナース服に身を包んだ少女。
顔はルージュやノワールにそっくりだが、照明が薄暗いためか、顔色が悪く見える。
三つ子?
だがディアルにとって、そんなことはどうでもよかった。
「ねぇ。こんな薄暗い部屋にいないで、僕と森林浴にでもいかないかい?」
ディアルは慣れない投げキッスを飛ばす。が──少女の表情は変わらず、
「……あなたは……まだ……本調子じゃ……だから……まだ……動いちゃ…………ごふっ」
「……ていうか、君のが死にそうな感じがするんだが……」
途切れ途切れになりながら喋る少女。
ディアルは慌てふためいた拍子に、ベッドから転がり落ちてしまった。
何ておバカなディアル……。
しかも膝、擦りむいてるし。
ところが──少女がディアルの膝に手を翳すと、たちまちのうちに傷が癒えてしまったのだ!
「……すごい!」
惜しみない賞賛を送るディアル。
「これが……私……の……能力です……から」
「そんな力があるなら、まず自分を治せばいいのに」
ディアルが言ってみるが、少女は首を横に振った。
「……自分には……使えないんです……それに……私は…………いいんです…………もうすぐ……寿命だから」
「……寿命!?」
目の前の少女の口から発せられた言葉とは思えず、ディアルは鸚鵡返ししてしまった。
そういえば、彼女の瞳には生気がない。
まさかこれは──大事な大事なアタックチャンス!?
ディアルの頭では、瞬時に展開していた。
病弱の少女を励ます→少女が元気になる→少女が元気になった原動力──すなわち、ディアルを好きになる!!
「弱気になっちゃ、ダメだ! 俺がついている! 少しずつでいいから、頑張ろう!」
他人のためだけに回復能力を使う、慈愛の少女!
萌えるぜ!
ディアルは少女の冷たい手をぎゅっ、と握った。
「いいんです……私は…………生まれ変わることが……できるから…………」
燃え上がるディアルの一方で、当の少女は達観しきっている。
まだまだ、頑張って説得するぞ!
と思っている矢先。
「ヴェイル、ディアルさんの様子は──」
部屋の扉が開いて、マリオが入ってきた。
「マリオさん! この娘を、助けてあげる方法はないんですか!?」
「……どうやら元気みたいですね」
ディアルの剣幕を見て、マリオはそう結論づけた。
「その娘……ヴェイルは、もう生命力が著しく低下しているのです。残念ですが、医者の僕の力では、どうにもならないのです」
無念っ! と言わんばかりの表情のマリオ。
だがっ! マリオさんにできないことをやってこそ高得点ってもんだぜ!
「……彼女を助ける方法がないわけでもないのですが──」
困り顔で言うマリオに、ディアルは思い切り飛びついた。
「それはどんな方法なんです!?」
いやはや、今まで何の見返りもなく居候させてくれたマリオさんに、お礼がしたいんですっ!
ディアルは意気込んで訊く。
「……森に棲む、魔女の話は聞いたことがありますね?」
いきなり話題が飛んで、きょとんとするディアルだったが、ためらいながらも頷く。
「彼女の住処の近くにある、『生命の実』というアイテム……それがあれば、ヴェイルの弱った生命力を、回復させることができるでしょう──ですが」
「ああ、マリオさん! 皆まで言うな! よっしゃ、『生命の実』だなっ!!」
ディアルはどげしっ、と部屋の扉を吹っ飛ばして、地下室から出て行った。
やれやれ、とマリオが肩をすくめる。
「ですが、明日には『生命の実』が手に入る算段になっているのです」
マリオはディアルの出ていった扉を見つめながら、そう言葉を続けた。
ディアル、相変わらず人の言うことを最後まで聞かない奴である。
それだけで、どれだけ人生を損していることか。
「……よろしい…………のですか…………?」
蚊の泣くような声で、ヴェイルが訊いてくる。
「まあ、彼が取ってきてくれるというなら、いいんじゃないですか? あなたの体も、1日早く治ります」
「……です…………が…………」
表情を曇らせるヴェイル。
コンコン……
と──上の玄関で、扉をノックする音が聞こえた。
「そうでした、今日はお客さんが来る予定だったんですよ」
マリオは階段を上ろうとして、一度だけ振り返る。
「……少なくとも、明日になれば元に戻りますから。それまで、無理をしたらダメですよ」
「……はい」
ヴェイルは初めて口許をほころばせた。
それはディアルの入る余地のないほど、幸せそうな笑顔だったという……。
「よーし、頑張るぞー!」
そんな経緯があったなどと夢にも思わないディアルくん。
さっそく森へ特攻だ!
「ふっ、ついでに魔女とやらもやっつけてしまえば、もしかしたらルージュさんやノワールも俺になびくかもしれん!」
暗い森の中、脳みそピンクのディアル。
この森で数々の恐ろしい目に合ったと言うのに、まったく大物なのかアホなのか。
と──急に森が開けた。
ディアルは慌てて身を隠す。
魔物ではない、明らかに人影──
「魔女か!?」
無意識に、ディアルの拳が手に汗握る。
が、そこにいたのは見知った顔──
「確か……イリア?」
そう。
森の中をゆらりゆらりと歩く女の横顔──
それは紛れもなく、北の番人の家にいた人妻(萌)イリアだったのだ!!




