第5話
「きゅきゅ~~~~!」
箱を開けるなり、ばふっ、と何かがディアルの顔に覆い被さってきた。
白くて小さなその生き物は、もこもこの毛皮を顔にこすりつけ、短い足をじたばたさせつつ、泣きじゃくった──
忘れるはずもない──
「お前は…………ティナ!!!!」
何とか顔から引き剥がし、その魔物を見た。
今度は強く、胸に抱きしめる。
それは突然の再会だった──
その数時間前。
「兄さま、お飲み物をどうぞ」
「うむ、ありが──って、砂糖入れすぎじゃねーのか?」
居間の椅子に腰掛けたディアル。グラスから口を離し、わずかに顔をしかめた。
ディアルのことを『兄さま』と呼ぶ少女──ニールは、そんな仕種に気づくことなく、たたずんでいる。
あれ以来、彼女もディアルが間借りしているマリオ家に居座ってしまったのだ。
マリオたちが何と言うか不安だったものの、彼らは意外にも簡単に承諾してくれた。
と──
「兄さま、書斎から森に関する資料を持ってきたわ」
ニールが持ってきた本をぺらぺらめくってみると、森に城を構える魔王と龍にまたがった勇者の話が書かれていた。
「いや……これ、資料ってより、露骨に創作だろ」
最後の数ページを読むと、紆余曲折を経て、勇者は魔王を倒し無事にお姫様を救出したそうだ。
あとがきにも、一通り目を通す。
マリオ著、と書いてあった。
小腹がすいて、席を立とうとすると、今度は──
「兄さま、パンを召し上がれ」
手渡されたふっくらパンを口に運ぶ。焼きたての美味しさだ。
この間、マリオのところへやってきた村人が、お礼として置いていったものと、同じ味だが──
「これ、どうしたんだ?」
「買ってきました」
「お金は?」
「もちろん、そちらの戸棚から」
「待て待て待てぇえええええ!」
さらっと聞き捨てならないことを言うニール。思わずディアルは吠えた。
「ちゃんとマリオに承諾はとったんだろうなっ!?」
「いいえ。私はただ、兄さまに喜んでいただきたい一心です」
「ここにいられなくなるわァアアア!!」
ディアルが唸っていると、ニールはまたどこかへ行ってしまった。
しばらくして、何かを持って帰ってくる。
「トイレですか? おまるをお持ちしました」
「用足したくて唸っていたわけではないわァアアアア!!!」
彼女がここに押しかけてきてから、至れり尽くせりの超ご奉仕──といえば聞こえはいいが、要するにディアルは束縛されまくっていた。
可愛い女の子によくしてもらって、特殊な場合を除いて悪い気はしないのだが──何とも、マリオのにこやかな視線が痛い。
「兄さま──」
「……今度はなんだ」
いい加減、辟易気味に応えるディアル。ニールはちょっとした木箱を抱えていた。
「兄さま宛の、郵便です」
郵便──怪訝に思いながらも、ディアルはそれを受け取る。
確かに宛名はディアルになっているが──この辺りの人間で彼を知る者はない。
「でもいつもの配達員さんじゃなくて、妙にワイルドな人だったような」
とりあえず、ディアルは箱の蓋に手をかけた──
そんなわけで現在。
ティナとの再会をひとしきり喜び合ったあと。
「兄さま、入ってもよろしいですか?」
部屋の扉をノックする音とともに、聞こえるニールの声。
「あ、ああ……別に構わんが……」
入ってきた彼女が探しているのは、やっぱり木箱の中身。
当の木箱は、真ん中に鋭利な刃物の刺さった跡とともに、ティナの毛ともおぼしきものが一房、落ちていた。
それと、中には名刺サイズの白紙が無造作に置いてある。
「まあ、可愛らしい人形! 兄さま、そういう趣味があったのですね!」
「いや……まあな……あはは~」
むりやり笑うディアル。
ニールは人形──のフリをしているティナ──を抱え上げると、頬ずりしたり、耳を引っ張ったり、手足をいじってみたり。
「でも、おかしいですわね。さっきは確かにこの箱の中から魔物らしき気を感じましたのに。勘が鈍ったかしら」
「頼むから、勘とやらで俺宛の荷物を破壊するのはやめれ」
居間でニールが箱にナイフを突き立てたのを見て、ディアルは慌ててそれを持って部屋へと逃げ込んだのだが──
ティナ、危機一髪といったところだろうか……。
彼女の人となりを知ったティナは完璧に人形を演じきっている。
ニールはまだ納得できないようだが、
「じゃあ兄さま、下で夕飯の支度をしてきますね」
と言い残して、部屋を出て行った。
足音が完全に消え去るのを待って──
「(怖かったです~~~!!)」
「ああ、そうだろう、そうだろうよ」
ディアルとティナは、再び熱い抱擁を交わした。
「兄さま?」
その時、予告なくがちゃりと部屋の扉が開いた。
目を丸くするニール──
「今、その人形動いてませんでした?」
「いや……そういう機能がついてんだよ。ほら」
ディアルが尻尾を軽く引っ張ると、ティナは「きゅきゅ」と鳴いてみせる。
「そうですか……あ、お風呂湧いたそうですよ」
「あ……ありがとう」
やれやれだぜ、とディアルはぎこちなく笑った。
そんなわけで、お風呂である。
「……で、ティナは今まで何してたんだ?」
露天風呂とかでお猪口を乗せるタライの上で、しょんぼりしているティナに話しかける。
「(わからないんですよ。北の番人のところにいたのは覚えているんですけど……)」
「ふーん……まあいいけどさ。んじゃあ、明日には最後の番人のところへ行けるな」
言ったディアルの頭に、マリオやルージュ、ノワールの姿が浮かんできた。
よくしてもらったよなぁ……何度も森に挑戦して、その度に死にかけて帰ってきても、温かく迎えてくれた人たち。
「……それも今夜で終わりか……ちょっと名残惜しいな」
ふっ、森の向こうに沈みゆく、夕陽が目に染みるぜ。
気持ちを切り替えてディアルが部屋に戻ると──そこには妖気が漂っていた。
「イヒヒヒヒヒヒィイイイイイ……」
「ど、どぉしたニール……」
完全に目がイッちゃっている彼女は、普段は服の下に潜ませてあるナイフを隠しもせず仁王立ちしていた。
ニールは左手に持っていた紙切れを、こちらに飛ばす──木箱の底に入っていたもののようだが──
『この箱の中に入っていた生物は悪魔なり』
さっきまで書いてなかったはずの文字が紙に浮き出ていた。
「兄さまから離れろこの悪魔ァアアアアアア!!!」
窓ガラスとか割れそうな奇声を上げながら、ニールがナイフを振り上げた。
さすがにこれはティナも躱さないわけにはいかない。半秒前までいた場所に深々とナイフが突き刺さる。
「やはり……やはりやはりやはりやはり悪魔かァアアアア!!!」
「どういうことだよっ!」
とにかく、ディアルは逃げだした!
猛ダッシュでマリオの家から飛び出す!
「ちきしょーーー、最後の晩餐がぁああああ!!!」
咽び泣くディアル。今夜は美味しいものをたらふく食べようと思ってたのに!
「(き、きっとあの紙、番人の能力で、あの人が触ったときだけ文字が浮き出るように細工されてたです!)」
予想されていたことだが──ニールはすでに、森では魔物大量虐殺者として、相当有名だったようだ。
「だ、だからってなぁ!」
必死こいて走るディアルの後方、鬼女の形相で迫ってくるニール。
「(きっと番人は、ディアルとあの人が戦うのを望んでるです!)」
ニールがティナを狙えば、ディアルは戦わざるを得ない。
「それが狙いか! タチ悪すぎじゃねぇかっ!」
「(とにかく、番人のところまで案内するです! ひたすら逃げるです!)」
ディアルはこれまでにないバイオレンスな展開に、戸惑うばかりだった……。
「(あそこにあるです!)」
タイムを計ればフルマラソンの世界記録が大きく塗り替えられそうな勢いのディアルの傍らティナが長い耳で前方を指した。
青々と生い茂る木々が途切れて、その向こうに人間のものと思われる屋敷が姿を現した。
恐る恐る後ろを振り返ってみる──ニールの姿はない。気配も途切れた。
どうやら何とか巻いたようだ。
ディアルとティナは安堵して、屋敷の玄関をノックしようとした、その時!
ディアルは反射的に飛び退く!
そこを何かが目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく!
「バカなっ!」
ニールである。かつて魔物ハンターとして名を馳せ、どんな微少な気配でも読み違えたことはないディアルなのに──プライドに大ダメージ!
しかもニール、ナイフに舌を這わせ、血走ったその眼差しは、どこからどう見てもヤクのヘビーユーザーのようだった。
「どいて、兄さま! そいつは魔物なのよ!!」
ナイフでティナを指し、わめく。
「は、話を聞いてくれ!」
ディアルが説得を試みるも聞くわきゃないねっ。
「邪魔をするなら、兄さまといえども容赦はしないわ。ええ、兄さまを救うためですもの、死んだ兄さまもきっとわかってくれるわよね、兄さま?」
「だぁあああ、わけわからん!!!」
「すべては兄さまのために! 私の邪魔をしたこと、灼熱地獄の釜の中でとくと後悔するがいいわ、兄さまァアアアアア!!!」
本当に『兄さま』とやらを救う気があるのかないのかよくわからないが、とにかく向こうは本気のようだ。
「──仕方がない!」
敵が現れた!
ニール
HP:兄さま元気♪ MP:兄さま……♪
攻撃力:兄さま殺す♪ 守備力:兄さま大好き♪
「待ちな!」
と──臨戦態勢に入ったディアルとニールの間に、いつの間にか黒衣の女が割り込んできた。
「(番人さま!)」
ティナが歓喜──というより、思い切り顔を引きつらせ、叫ぶ。
「……だらしないねぇ、たかが人間一人に」
やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめ、北の番人はディアルに言い放った。
「あ、アンタか! ティナの入った箱を送りつけ、変な手紙をニールに見せたのは!」
「うんうん、魔物にとって邪魔な人間を始末しつつ、新人の力量を試す。我ながら、一石二鳥な作戦だよ」
「自画自賛してないで、こいつを何とかせいやぁああああ!!」
ディアルが北の番人に掴みかかろうとする──が、彼女の前に発生したバリアによって、大きく弾かれてしまった。
「……行儀がなってない子だねぇ。ちゃんと教育してんのかい」
と、今度はティナを睨む。
まるで蛇に睨まれたカエル同然だ。
「きゅっ(粉骨砕身、頑張っているところであります!)」
思わず軍人口調なティナだったが──
「とにかく、あたしはここで見物させてもらうよ。ディアル、人間につくか、番人になるか、今、ここで決めなさい」
…………………………
襲い来る緊張感──過去、幾度となく身を委ねた感覚が、なぜか今は痒い──
「なぜだ! なぜシリアスにこんな拒否症状が出てるんだぁあああああ!!!」
ディアルは誰にともなく絶叫した。
これがラストまで続いたら、それこそ息絶えてしまうような気がするのだった──
「兄さま、死んでぇええええええ!!!!」
隙をついて、ニールが突撃してきた。
ディアルが反射的に避けると、ニールは急停止できず、そのまま庭先にあった井戸へと吸い込まれていく──
べきっ、どかっ……ひゅぅうううう…………
上に敷いてあった木の蓋を突き破り、石造りの井戸へ落ちていくニール。
ぽっかりと口を開けている闇を見下ろしながら、告げる。
「これで出てきたら、貞○だよな」
「(怖いこと言っちゃイヤです)」
ディアルは手近にあった木の板を手に取り、井戸に乗せる。
さらに、その上に大きな石を置くことも忘れない。
「これで──俺は番人になることが決まったわけだな」
感慨深げなディアルとは裏腹に、心なしか北の番人の顔色が悪い。
「あ……あの井戸の中には……」
「い、井戸の中には?」
またロクなことじゃねぇだろうなっ! と言わんばかりにディアルが詰め寄る──が!
ずばこーーーーーーん!
と乗せたばかりの木の蓋が吹き飛び、井戸の中から何かが飛び出してきた。
それは──以前、ディアルが森の中で出会った、アメーバ状の生物だった!!
しかも今回のは、色が黒く、うねうねと怪しく蠢いている。
その中心には赤い目を光らせた、ニールの姿!
「グフフフフフ……ニイサマ……コロス」
「あーあ、せっかく封印しといたのにー」
って、余裕だなっ、北の番人!
「なんなんだ、こいつは!」
と訊こうとした瞬間、ディアルの足元をブラックアメーバの触手が貫いた!
地面が三十センチほどえぐれている。
「凶暴すぎんぞ、こいつ!」
「いやいや、アメーバには意思なんかないから、凶暴だとしたら、あの女の負のエネルギーが多大な影響を及ぼしているんだろうねぇ」
のんびり解説している場合かよっ!
「くそっ、てやぁああ!」
ディアルの反撃!
しかしアメーバ──いや、アメーバ・ニールにダメージを与えられない!
「ティナ、何かいい方法は──」
肩の上にいるはずの相棒に話しかけるディアルだったが──
「ああっ、薄情者! いつの間に、北の番人の肩の上に……」
そう。ティナは、最も安全そうな場所にトンズラこいていた。
一瞬ティナに気を取られた隙を見逃さず、アメーバの一撃がディアルを強襲した!
思い切り木に叩きつけられ、体が動かない!
ディアル、瀕死のダメージ!
にょろにょろ、草木を腐食させながら迫ってくるアメーバ・ニール。
「サヨナラ……ニイサマ……」
アメーバ・ニールが拳(?)を振り上げた、その時!
番人の家の扉が勢いよく開いた!
そこから飛び出してくる小さな影!
ディアルには見覚えがあった。
「ぴ……ピョコたん!!」
マリオ編3で仲良くなった、小型アメーバである。
今、ディアルを襲っているのと同じアメーバだが、こっちはいいアメーバ(?)である。
「た、助けてくれるのか!」
わずかな希望を見出し、ディアルは手を伸ばした。ところが!
ピョコたんは大口を開けて、ディアルを呑み込もうとする!
「うお、俺がわからんのか……おい、やめ……」
ぱくん。
「ぐあああああああああああっ!!!!」
皆までいう間もなく、一口で喰われた。
ふっ、まあいいさ。
あんな得体の知れないアメーバに殺されるより、我が親友のピョコたんに食べられた方が、ナンボかマシだ……。
さあ、俺の栄養を存分に吸い取り、大きく育てよ……。
が──
次の瞬間、ディアルの体をまばゆい光が包んだ!
輝くピョコたんが、ディアルの体を覆い隠す!
ぷにゃぷにゃしていたその表面が、急速に硬質化していく!
「こ……これはァアアアアア!!!」
歓喜の声とともに、ディアルは高らかに拳を振り上げた。
胸の辺りには、ピョコたんの目と口が、可愛らしくついている。
これぞ──
「ピョコたん・無敵装甲モード!!!!」
「(おーっっとぉおお! 文字通りピョコたんがディアルの体を鎧のように覆っている! このポテンシャル、どう見ますか、解説の北の番人さん!?)」
「そ……そぉねぇ。強いんじゃない? 多分……」
華麗に解説をこなすティナに対し、やや引き気味になりながらも応える番人さん。
ディアルの攻撃!
輝くピョコたんハンドが、黒いアメーバを吹き飛ばす!
「ギャァアアアアアアア……イタイイタイイタイイタイイタイィイイイイ……ニ……ニイサマァアアア……」
き……効いてるぞーーーー!!
「(すべての攻撃を受け付けないはずのアメーバが、苦しんでいるです! これはどうしたことでしょう、解説の北の番人さん!)」
「ふむ……あの女を覆うアメーバも、ディアルのまとうアメーバも、もとはひとつのもの。毒を以て毒を制すって感じかしら?」
「(まともな解説、ありがとうです!)」
何を期待していたんだ、お前は……。
「そうとわかったら、一気にカタを付けるぞピョコたん!!」
まさに阿吽の呼吸で、アメーバ・ニールの懐へ潜り込むディアル!
だがアメーバ・ニールも無数の触手を放って応戦してくる!
「潔くしやがれ! これ以上長引くと──」
ディアルはそれらすべてを躱し、アメーバ・ニールに肉薄する!!
「これ以上長引くと、ショートショートじゃなくなっちまうんだよっ!!!!」
動かなくなったニールの傍ら、はぁ、はぁ……と息を荒げながら立つ、ディアルinピョコたん。
「しかし、どうしてピョコたんがこんなところに?」
無敵装甲モードから元に戻ったピョコたんは、つぶらな瞳でこちらを見上げている。
「まさか!」
北の番人の顔と、ピョコたんのご主人の顔を思い出し、頭の中で合成してみる。
「あの可憐で美しくて華やかで黒髪の美しいご婦人と、この性悪クソバ──」
「放送禁止用語ハッケーーーーーーーン!!!!」
瞬時にディアルのあごへ、ピンポイントでアッパーを当てる番人さん。
ディアルは木の葉のように宙を舞ったあと、受け身もとれずに大地へ沈んだ。
「な…………なんだ、この展開は……」
呻きながらも、ディアルの意識は闇へと堕ちていくのであった……。
勝因:ピョコたんのディアルへの愛(笑)




