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ディアル物語 ~ハンターから転職して魔物を守る番人になります~  作者: ユメ
第二章

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第4話

 この家は居心地がいい。


 あまりの居心地のよさに、なかなか腰が上がらない。

 マリオはいい人だし、ルージュのご飯は美味しいし、気っ風のいいノワールと話をするのも楽しい。

 できれば、ずっとここにいたいとすら思う。


 が、そうも言ってはいられない!

 いつかは出ていかなければならないのだ。

 ディアルにはティナを探し、北の番人に会うという目的があるのだから。


「……今までありがとうございました」


 もう、ここへは帰ってくることはないだろう。

 次に会うことがあるとしたら、ディアルは新たな東の森の番人となっているだろう。

 それは、彼らと今までのように話せる関係ではなくなっていることを意味していた。


 ディアルはマリオに深々と一礼して、家を出る。

 と──


「あの、ディアルさん。これ」


 振り返ると、マリオとともに住む、赤いドレスの美少女・ルージュが立っていた。

 手に持っていた包みを受け取り、中を見ると、


「お弁当が入っています。食べてください」


 ルージュは花咲くような笑顔で、ディアルの手を握った。

 ああああ、やっぱり自分になびかなくてもルージュちゃんは可愛い!

 旅立つ決意が45%ほど萎えてしまったが、今回ばかりはそうはいかない!

 涙を呑んで、彼女に背を向けた。

 そんなディアルに、背後からのほほんとした声が聞こえる──


「今夜の夕飯は肉じゃがですから。遅くならないうちに帰ってきてくださいね」


 ……それって「どうせまた、迷って帰ってくるのが関の山だろ」ってことかい!

 悪気はないとわかっていても、その言葉はけっこうイタイ。



 というのも、今回のディアルには、虎の巻があった。

 それは──前回の話で黒髪の娘が置いていった、森の地図だ!

 これさえあれば、完全攻略本を片手にプレイするRPGほどの余裕さで森も突破できるはずだ。

 地図によると……この獣道を真っ直ぐ進み、左右に分かれた道の右側を行くと小さな花園に出る、と書かれている。


「……あった」


 ディアルは目を丸くした。

 ほんのわずかに開けた場所に、色とりどりの花を敷き詰められていた。

 森によって丸く切り取られた空から、燦々と降り注ぐ木漏れ日。

 美しくて、言葉を失ってしまう。


 それにこの地図、思った以上に出来のいい物のようだ。

 だが、ディアルが驚いたのは、それらのことではない。

 こんな森の奥深く、花園に埋もれるようにして、一人の少女が花と戯れていたのだ。


「……誰!?」


 少女はディアルの存在に気づき、悲鳴じみた声を上げた。


「俺は……いや、お前こそ、こんなところで何を?」


 立場上、大っぴらに自己紹介をするわけにはいかない。

 しかし少女の瞳はみるみるうちに見開かれていく。

 そして彼女はディアルのもとへ駆けより、こう口にした。


「生きていたんですね……会いたかった……兄さま……」

「……兄さま……?」


 これにはさすがのディアルも首を傾げた。

 もちろん、ディアルに妹はいない。


「私──ニールよ! あなたの妹の……いつも一緒だったじゃない! 覚えてないの?」


 激しく身振り手振りを交えて訴えてくるものの、やはりディアルには心当たりがない。


「それはともかく、こんなところで、何を?」


 仕方なく、ディアルはもう一度、同じ質問をした。

 こんな場所に少女が一人。森は魔物たちの巣窟である、取り返しのつかないことになるのは、目に見えているではないか。


「兄さまが……兄さまが、この森で魔物に殺されたって聞いたから……」


 彼女は急に言葉を詰まらせた。


「……最初は、死のうと思ったの……兄さまが魔物に襲われた、この森で。だって、兄さまがいなければ、生きていたって意味がないもの。私の心は永遠にひとりぼっち。ずっと寂しい思いをするくらいなら、いっそ──ここで死んだら、きっと私も兄さまと同じところへ逝けるだろうって」


 そこには、兄に対する執拗なまでの思いが綴られていた。


「でも、森で迷って、死にきれずにいるうちに、この花園を見つけて……心が癒されたの。初めて来た時、花たちが“死んじゃダメ、頑張って生きて”って言っているようで、死ぬのを思いとどまったの」


 うつむく彼女の表情は前髪でうかがい知れなかったが、その唇は震えていた。


「それから毎日ここへ……もう2年も通い続けたわ。いつも、この花たちが私を慰めてくれた。ありがとう……この子たちが私を思いとどまらせてくれたおかげで、私は生きて兄さまに再会できた……夢みたい」


 少女──ニールの頬を伝って、大粒の涙が花弁の上にこぼれ落ちた。

 実はディアル、魔物に与する森の番人として、人間の間では犯罪者と同じような意味合いの有名人である。

 だが実際彼女はディアルの顔を見てもどうとも思わなかった。

 本当に、ここへ来ることだけが、ニールのすべてだったのだ。

 他に人の噂などまったく耳に入らないくらい──


「うおおおおおおお!」


 ええ話や! 悲しいお話やで!!


 ディアルは不憫な少女を抱きしめた。

 けれど、ディアルは彼女の兄でもなければ、これから一緒にいられるわけもないのだ。

 おそらく本物の兄はやはり彼女の考えているとおり、この森で魔物に襲われて死んでしまったのだろう。

 ディアルは真実を告げねばならない。


「あのな……えーと……ニール。俺はあんたの──」

「もう二度と、私から離れないで……」


 感極まって、ニールは顔を上げた。

 頬と鼻の頭を赤く腫らして、仔羊のような目でこちらを見上げてくる。

 見る者の胸を締め付ける、切ない表情。


「……わかった、もう離さないよ」


 これまでのディアルならば、そう言ってしまっても不思議はなかった。

 だだだだって、可愛いんだもん!

 だが、今回は必ず北の番人に会うという、確固たる決意の元にやってきているのだ。


「……残念ながら、俺は君の兄じゃない」


 ディアルははっきり言った。

 みるみるうちに、彼女の顔が曇っていく……。


「どうして? どうしてそんなヒドいことを言うの!?」


 ニールの嗚咽が、真昼の森に消えていく。


「さあ、もう帰るんだ」

「イヤ! 兄さまがいない世界になんて、興味ない! 今ここで、死んでやる!」

「だぁあああ、やめやめやめぇ!」


 ニールがいきなり懐から短刀を取り出し、逆手に握って振り上げるのを、ディアルは慌てて止めた。


「な、なぁ……こんなところでウジウジしていたり、死ぬだなんて言っていたら、きっとお兄さんは悲しい思いをするんじゃないか?」


 月並みながら、ディアルの言葉は功を奏したようだ。

 ひとまず、短刀を収めさせることに成功した。


「……ぐずっ」


 彼女は一頻り泣きじゃくったあと、ひとつの結論を出した。


「わかりました……だったらあなた、私の兄になってください」



 わかってねぇええええええええ!!!!!



 絶叫しそうになるのを、ディアルは根性で堪えた。


「お願い……一緒に村へ、帰りましょう」

「……だから俺は……」

「もう私を一人にしないで……暗い闇の底へ、突き落とさないで……あなたを見たら、この花たちも輝きを失ってしまった……わかる? もう、あなたなしでは生きていけないの」


 一点の曇りもないニールの視線に、ディアルの心は揺れた。

 この娘は……一途に兄のことを思い続ける純粋な心を持った、本当に可哀想な娘なのだ。

 ここで彼女を見捨ててまで、今北の番人の元へ行く必要があるのか、と。


「……わかった。せめて村までは送ろう」


 とりあえず、マリオのところにでも連れて行けば、身の振り方は考えてくれるだろう。

 ううううう、なんでこんな時に限って……。

 他の番人も、ルージュも、ノワールも──ここんとこ、ディアルはフラレてばかりだった。

 よくよく考えてみれば、こんなオイシイ状況は初めてだというのにぃいい!!!


 ある意味で、これが本音だった。

 そうと決まれば、別に急ぐ必要もない。

 束の間の幸せに、浸らせてもらおうではないか♪


「せっかくだから、弁当でも食べてから行こう」


 ディアルはルージュからもらった弁当を広げた。

 卵焼きや季節の野菜、川魚のフライなどが詰め込まれた豪華な弁当だ。


「まあ、これ兄さまが作ったの?」


 その出来映えに、上機嫌になったニールも目を丸くした。


「いや、これはルージュが……」

「ルゥジュウウ!?」


 ギン……とニールの視線がこちらを射すくめる。

 それも魔物ですら放つことのできない、強烈な圧迫感である。


「いいいや、俺が作ったんだ、俺が……」


 訂正すると、ニールはぱっと微笑んだ。


「美味しい!」


 泣き顔もいいけど、やはり女の子は笑顔が一番似合う!

 フォークで卵焼きを頬張る横顔を見ると、毎回ディアルは思ってしまう。

 15分くらいすると、弁当箱の中身は空っぽになってしまった。

 食べたのはほとんどディアル。

 最初は手をつけていたものの、ニールはその姿をずっと楽しげに見ているだけだった。

 ……可愛いなぁもう。


 だが──


「あっ!」


 ディアルは息を呑んだ。

 ニールが花を摘むために持ってきたバスケットを、まとめているその横に──



ポイズンキャタピラーが現れた!

HP:50 MP:0

攻撃力:15 防御力:19



「マズい!」


 ディアルは舌打ちした。膝をついたニールの、右膝の側だ。

 名前の通り人間の小指ほどの大きさの毛虫で、戦闘能力も低い下級の魔物だが、特殊な毒を持っていて、これが非常に厄介だ。

 ディアルがニールの手を引っ張ろうと思った、刹那!

 彼女は目にも止まらぬスピードで、懐から刃渡り30センチほどの短刀を取り出し──



「ンジョラァアアアアアアア!!!!」



 それを凄まじい奇声を放ちながら、ポイズンキャタピラーに突き刺す!!

 ポ…………ポイズンキャタピラーを倒した!

 彼女は油紙で、すっ、と手早く短刀についた血を拭うと、再び懐にしまい込んだ。


「さ、参りましょう、兄さま♪」

「そ……そうだな、参ろう」


 何事もなかったかのように振る舞うニールの姿に、ディアルは動揺で言葉がおかしくなっていることすら、気づかなかった……。



 こうして、ディアルとニールは、マリオの家へ向けて歩き出した。


「……近頃の展開を想像するに、帰り際に魔物に襲われるパターンが多い。用心せねば」


 さすがに学習したディアルが、辺りに気を配りながら歩く。

 時折、ニールが短刀を振り回しながら暴れるのだが──どうやら彼女、魔物を見ると無差別に襲いかかる危険きわまりないクセがあるらしい。

 この様子なら別に花園に放っておいてもよかったような気もするが──魔物殺戮者を森から遠ざけるのも番人の仕事のひとつだろう。

 だが──


「兄さま、大丈夫ですか、お怪我はありませんか!?」


 と慕うニールを見ると、怒る気も失せてしまう。

 とにかくディアルにできることは、ニールよりも先に魔物を見つけ、気配で警告して逃がすことだけだ。

 だが、こんな時は必ずピンチが用意されている。



エビルマンイーターが現れた!

HP:900 MP:0

攻撃力:198 防御力:130



「ちっ」


 下級の魔物はともかく、自我とプライドなんてものがある魔物はディアルの警告に応えないことも多い。

 こいつは身の丈ほどもある植物型の魔物だ。

 だが生粋の植物ではなく短いながら足もあり、移動しながら獲物を見つけてはその鋭い牙で噛み砕き──



「よくも兄さまを殺してくれたなボケェエエエエエエエ!!!!!」



 ザシュッ、プパー……

 解説が終わらないうちに、ニールの短刀によってマンイーターの首が飛んだ。



さらにテイルモンキーが現れた!

HP:775 MP:25

攻撃力:110 防御力:89



 こいつはその尻尾についたサソリのような毒針で──



「貴様の血で、滾る怒りを鎮めたらァアアアアアアアアアア!!!!」



 ぶしゃっ、と魔物の血液がニールに降りかかる。

 うあ……ちょっと引いたかも。



ついでにサバトゴリラが現れた!

HP:1900 MP:100

攻撃力:200 防──



「お前も殺して私も死ヌゥウウウウウウウウ!!!!!」



 ていうかこんな危険人物と行動を共にしていたら、番人失格にされてしまうんじゃなかろーか?

 そんな危惧が頭をよぎる。


「……フン、またつまらぬものを斬ってしまった」


 例の如く、血を油紙で拭き取りながら呟くニール。


「だったらお願い……もう斬らないで……普通に帰ろ」


 ディアルは力なく訴えるのだった……が!



 本命エクスプロージョンが現れた!

 イヤな予感が、ディアルの背筋を駆け抜ける!


「待て、こいつは──」


 ふわふわ浮いているだけの人畜無害な魔物である。

 が、魔物学を囓っている人間には危険度超Aの魔物として恐れられている。

 いや、魔物というよりもトラップ的な意味合いが強く、意思を持たないながら、その内側には超高密度のエネルギーを要しており、一定以上の衝撃を与えると──



「グフフフフフフ! 贄じゃ! 今日は貴様の臓物を喰ろうてくれるわ!!!」



 何かもう、完全にイッちゃっているニールの短刀が、エクスプロージョンを突き刺した。


「伏せろぉおおおおおおおおお!!!!!」


 ディアルは慌ててニールを押し倒した。

「いやん、兄さまったら」

 もじもじと、完全に状況を理解していないニール。


「死ぬわアホタレぇええ!」

「……私、兄さまと一緒なら、死んでもイイ♪」


 ぽっ、とニールは頬を染めた。

 その瞬間、北の森に天をも焦がす火柱が上がったという……。




「兄さま!」


 切迫したその声を聞いて、次第に意識が戻ってくるのを感じる。

 ニールの声だ。

 いくら魔物に本当の兄を奪われたからといって、彼女の無鉄砲さは目に余る。

 一言文句を言ってやろう。

 そう思いつつディアルが目を開けると、今にも瞳から溢れそうな涙を湛えた、ニールの顔があった。


「……よかった、兄さま! 無事だったのね!」


 ていうか、何でアンタは無傷なんだよっ!!

 とツッコミたくなったディアルだったが、敢えて何もいわなかった。

 文句も言う気が失せた。


「……結局、マリオの家か」


 窓の外は、夕闇に沈みかけていた。

 今度こそは、森を抜けて北の番人に会うつもりだったのに。

 あれだけ大見得を切って、どの顔下げて、マリオたちに会えというのだろうか?

 と──部屋のドアがノックされ、開く。

 ほんの少し後ろめたさを感じ、ディアルは上目遣いに、やってきたルージュを見た。

 彼女はディアルを責めたり嘲る気配など微塵も見せず、いつもどおりに微笑みかける。

 なぜか手には、大きなザルに入った焼きタケノコが入っていた。


「夕食の支度ができましたよ」

「……ていうか、俺はなぜここに?」

「森でエクスプロージョンの爆発する火柱が上がったから、見に行ったんですの」


 おおおおっ! 何だかんだいって、俺のことを心配してくれるのか!

 ちょっと嬉しいディアルだったが、


「エクスプロージョンが爆発した周辺には、余熱でほどよく焼けたタケノコが落ちていることが多いのですわ。でも今日は、ちょっと焦げ気味なディアルさんも落ちていたので、いちおう拾ってきたんですの」

「そ……そぉ」


 ああ、そんなこったろうと思ってたさ!!


「ではでは、夕飯の支度ができましたので、下へどーぞ」


 ヤケクソ気味に涙を流すディアルを尻目に、ルージュは最初と同じ言葉を繰り返した。



「……はい、すぐ行きます」


 この空気が、嬉しいやら痛いやら。

 一方ニールが彼女の方を、凄まじい勢いで睨みつける──かと思いきや。


「はーい、すぐいきまーす!」


 元気に手を挙げた。


「……お前……」


 自惚れているように思われるかもしれないが、昼間の弁当のことからニールがルージュに対して敵愾心を剥き出しにすると思っていたディアルは、ちょっと肩すかしをくらった気分になった。


「ああ……私、兄さまが寝ている間に、あのルージュって人に兄さまのことをどう思っているか、問いただしてみたの」

「……何だって!?」


 余計なことを──と思いつつ、ちょっと興味のあるディアル。


「えーとねぇ──順位を明確に表してくれたわ。

『マリオ>ノワール&ヴェイル>マリオの友人の黒髪の少女>ピョコたん>たまごっち>焼きタケノコ>銘酒・鬼殺し>大根>カブトムシ>ポイズンキャタピラー>ディアル』ですって」

「そ……そっすか。なんだか、これでもかってくらい極端にこき下ろされた気がするのは、俺だけ?」


 ヴェイルって誰? とか、たまごっちって何? とか以前に、俺のランクは野菜や毛虫以下かよ──


「ていうかもしかしてルージュ、俺のこと嫌いなのか?」


 と、ぼやきそうになる。

 ニールがベッド脇にある椅子から立ち上がった。


「まあいいじゃない。その代わり、私は兄さまのこと、世界の誰よりも愛しているよ」


 兄さまのこと──か。

 ちょっと微妙な心境。


「さ、行こう! 夕飯、肉じゃがだって聞いて、兄さまの分は私が作ったんだよ」


 ディアルはベッドから降りて、階下へ向かった。

 ………………こういうのも悪くないかもしれない。

 なのに──


 何だこの胸騒ぎはぁあああああ!!!

 こんなイイことがあって、よいのだろーか!?

 俺は幸せ恐怖症か!

 不幸でないと落ち着かないのか!?

 いいじゃないか、束の間の幸せ、堪能しても!


多分その辺に生えている花の方が好感度高い

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