ディアルの受難1
魔物と住みはじめてすでに2年の時が経とうとしていた。
今となっては魔物の言葉も理解できるようになり、毎日をそれはそれは幸せに暮らしているディアル。
彼を魔物側に寝返らせた白い魔物は『ラ・フィナ』という種で、ふわふわのぬいぐるみのような外見に反し、森を守護し魔物を統率しているすごい魔物だった。
今日も今日とてルビーの瞳でディアルを魅了し、森の安全と平穏を護っている。
とはいってもディアルは人間、周りが魔物だらけでちょっと最近物足りない。
何が足りないといえば『愛』!
そう、ディアルは恋人が欲しかったのである。
愛しい魔物はサイズが違いすぎて恋愛はちょっと難しい(いやそういう問題じゃないんだけどね)。
恋人欲しさにうでうでしていたディアルは、ある日ラ・フィナに頼まれて大陸の反対側にある森へ、ラ・フィナの子供ティナと遣いに出た。
クリィタさほど大きくはない、反対側に行くまで魔物の道を通れば馬で1日で辿り着ける。
普通ならば魔物の襲撃があってもおかしくないが、ラ・フィナを連れているせいか魔物に襲われる事は一切なかった。
「あー着いた着いた」
「キィキュ(着いた)!」
ひょっこりとディアルの襟元からティナが顔を出す。
「ティナ、俺は何の遣いにきたんだ?」
ボケボケのディアルは肝心のおつかい内容を聞き忘れていた。
「(……)」
「そんな同情の目で見つめないでくれ」
「(この森にはママの親戚がいるです。会って報告しあうんです)」
「へー、どこに?」
「(……とりあえず進むです)」
「ん、はいよ」
森の中に入ろうと馬の腹を蹴ったが、いっこうに進む気配がない。
「あれ?」
「(森の中には魔物がいっぱいいます)」
「……」
すっと馬の耳元に口を近づけるディアル。
「皮剥ぐぞ?」
ひっく~~~い声でそう脅すと、馬は慌てて歩き出した。
生き物を脅すとは酷いディアルだ!
「道悪いな」
特に森の入り口は岩がゴツゴツと侵入を邪魔し、中に入ったら入ったで木の根や枝が進行を妨げる。
「(人間が入ってこないようにとの対策です)」
「歩いた方がいいかな?」
「(……今馬を置いていったら、帰りの足がなくなるです)」
「肉食の魔物さん?」
「(あい)」
他の森の事なのに詳しいあたり、やはりティナも森の番人の子供なのである。
隆起の激しい森を奥へ奥へと突き進み、辿り着いたのはさらさらと川が流れる平地。
「何もないぞ?」
「(ここに馬を置いていくです)」
「大丈夫なのか?」
「(川の周辺で殺戮は禁忌とされてるんです)」
「そっか、じゃあ置いてこ」
なるべく河の近くにある木に手綱をくくりつけ、ディアルはティナの案内で森の奥へと進んでいった。
清んだ空気と青い木々、それは森の奥へ進むほど美しくなり、珍しい花も増えていく。
La……
「ん?」
ふと聞こえた歌声。
「今何か……」
Lalalalala~♪
ディアルの耳に聞こえたのは透きとおるような歌声。
ふとティナを覗き込むと、歌声に合わせて身体を揺らしている。
歌声に導かれるように進む。
やがて視界が開け、小さな泉に辿り着いた。
泉にいたのは蒼い毛皮のラ・フィナ。
ラ・フィナに囲まれ、一人の女性が泉のふちに座っていた。
歌っていたのはその女性だった。
透きとおるような白い肌、腰まで伸びた青い髪。
街にいる派手な女達とは正反対……
「誰?」
ディアルの気配に気付いて女性が振り向く。
ドキューン
長い睫毛、さくらんぼのような唇、緑色の瞳!
(あぁ、きてよかった!)
「きゅううう!」
ディアルの胸元から飛び出し、ティナが女のもとへ走る。
「この毛の色は東の子ね」
ティナを抱き上げた女が立ち上がり、ディアルの方へと近寄ってきた。
「私はこの森の番人リィー、貴方が噂のディアルね」
眩い笑顔に心臓が高鳴る。
「私も貴方と同じ、この子達の魅力に負けて魔物の味方になったのよ」
わらわらとリィーの足元に蒼いラ・フィナが群がる。
「よろしく」
差し伸べられた白い手。
眩しい笑顔がまるで女神のよう。
ガシ!
夢にまで見た理想の女性。
「お付き合いしてください!」
気付くとディアルはそう叫んでいた。