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後継者

作者: 弐逸 玖

「局長。申請課長ですが」

「入って貰ってくれ。……やぁ、課長。なにかあったかな?」



 彼は触っていた端末から目を離して眼鏡を外すと、部屋への訪問者へと目をやる。

 ネクタイにスーツ、お役所内部であればまだ若いと言って良い。

 そして首からぶら下がったIDカード、役職名は申請・審査課長。


「あぁ、通常通りの最終確認です。今週は結局三件になります」

「事務課長が先週辺りから申請が増える、と言っていた気がしたがこんな物か」

「増えましたね。……要件を満たさない申請ばかりが」

「なるほど、キミの仕事だけが増えたのか」


 表紙はすり切れ、はんこがいくつも並び、中身のコピー用紙にはいくつも付箋の貼られたその資料が三部、彼の目の前に置かれる。

 彼は自分のはんこと朱肉を机の引き出しから引っ張り出して机の上に並べ、資料に目を通し始める。



「相も変わらず大学系は非道いものだな。定型で書類を出せ、と言っている意味が理解出来ていないらしい」

「歴文大は今回初めてですし、申請書自体は今週末に再提出されるはずですが、内容は一応通っていると思いましたので、局長にも一応目を通して頂こうかと……」


「わかったよ。ならばはんこは押さないが装備課の方の仮押さえと日程調整はキミが直接見る、と言う条件で仮申請は許可する。来週頭までに僕のはんこの押せるものがあがらなければその時点でアウト、で良いかね?」 

「ありがとうございます」


「それとヒストリカ総研は申請理由の時点で却下だ、ダメだとは以前も言ったはずだが、キミもはんこを押しているのに何故見落とした?」

 ――見落としたわけではないと。……ふむ。まぁ良いだろう。いずれこの件については私ははんこを押せない。そう言って彼は紙の束を持ってきた課長へと返す。


「キミがなにを言いたいか、私には分かっているつもりだ。……17:30にもう一度来てくれ。ちょっと話がある。超勤に付き合ってもらおう」

 部下が部屋を出てから机の上の三角形の名札を取り上げ、眺める。

「……潮時か」

 名札には『文部科学省 時間渡航管制管理局 局長』と書いてあった。




「あの、局長……」

 局長室の応接セット、彼は部下が来るのを三分前から待っていた。

「まぁ座れ。あぁコーヒーをいれたらもキミもあがって良いよ、あとは僕がやる」

「……では。局長、課長も。お先に失礼致します」

 お盆を持った職員が一礼すると局長室の簡易シンクにお盆を置いて下がる。


「お役所仕事に風穴を開けたい、と言う信念は結構だ。むしろ個人的には評価する。だがやりたいのであればそれは他でやりたまえ。ウチでは出来んよ」

 ――必要であれば事務次官にも話をしておく、キミが中央で本気で改革をしたいというならそれこそ栄転できるよう話を通しておこう。

 彼は、遠近両用というのも意外に使いづらいな、そう思いながら眼鏡を外す。


「そうでは無く……」

「出来ない理由があるんだよ。ウチにはね」

 彼は、そう言いながら立ち上がると机の横、壁にしつらえられた本棚へと足を運ぶ。


 たくさんのハードカバーの並ぶ本棚は素通りして、事務用ファイルの並ぶ棚。

 カギのかかる扉を開くと一冊の分厚いファイルを抜き出し、何気なくぱらぱらとめくる。


「時間渡航の理論は今から約三十年前、時田博士がまだ南西工大に在学中に思い付いた……。当然知っているね?」

「……? はい。当時学生だった博士は変わり者呼ばわりされながら理論を構築するのに7年、時間渡航機のプロトタイプを作るのに5年の歳月をかけ、政府の協力を得たものの、実際ゼロ号機の完成は10年前」


「そう、その時点で我が国は他国に対して技術はもとより、政治的にも圧倒的なアドバンテージを得た」

「初の有人型1号機は7年前の完成、その後に技術的問題点を洗い出し、2号機以降は概ね2年に一機ずつ製作されています」


「キミには聞くまでも無い話だが、稼働中の機械の具体的状況は知っているか?」

「現在稼働しているのは二人乗りの第二世代型2号機から4号機までの3機。政府は他国からの渡航機本体の譲渡はもちろん、技術供与の要請にも一切応じず、三機体制も崩すつもりはなく、来年度初めての4人乗り第三世代型5号機の稼働開始を持って、2号機は廃棄の予定。……。私の知識のテストですか?」



 彼は紙の他、ビニールの書類袋や媒体をおさめた台紙などが挟まっていると思しきその分厚いファイルを持ったまま応接セットへと戻ってくる。


「そう言う訳では無いから気を悪くするな。……どうしてキミは禁則事項を知りたがるのか、そこを知りたくてね」

「大原則、未来への渡航禁止。後術的問題が解決されないまま、時田博士が失踪。――結局未来への道は閉ざされたままです。事実上政府には、それの理解出来るエンジニアが居ない。民間が渡航機自体を解析してその問題が解決できるなら……」


「倫理規定の方はぶん投げる、そう聞こえたが?」

「株価や為替レートの意図的な操作、調整を禁ずる為に未来への渡航禁止、となっているのは理解はしています、当たり前です。――ですが使う使わないは横に置いて、技術的問題点はクリアにしておいた方が……」

 局長はファイルを開いたままテーブルへと置く。



「技術的問題点はね、実際には存在しないんだよ」



 言葉を失った課長に見やすいようにファイルの天地を逆さにして押し出す。

「僕はそもそも技術畑の人間だから、この図面と横の注意書きだけで分かる。デップスイッチを3カ所いじってショートピンを2本抜けば未来への渡航は可能だ」

「こんな資料が……」

「ほぉ、キミも電子回路の図面が読めるのか」

「……電子工学部修士です」


「ブラックボックス内の基板実装図、これ1枚でコピーはない。そしてこのファイルの中にある電子化した資料も僕の端末でしか読めない。……技術資料だけではない、博士の失踪直前までの実験進捗もこの中にある、政府から金が出ている以上この手の資料はあって当然だ。――つまり博士の失踪、それだけが事実だ」

「局長、ならば何故……」



 ――本音と建て前、と言うヤツか。そう言いながら彼はコーヒーカップを取り上げる。

「図面も含めてそのファイル自体がトップシークレットなんだ。渡航局局長の他、歴代の首相と官房長官、文科大臣以外で許可無く閲覧の疑われるものは、それだけで文字通りに首が飛ぶ。分かり易く端的に言えば暗殺される。……と聞いてもキミは見てみたいだろう? ――ふむ、正直で良い」

 彼はコーヒーを一口啜ると続ける。


「時田博士は天才である以上に、科学者として実に生真面目で実直な人だった。だから当然ゼロ号機完成直後から自身で時間渡航を繰り返した。そして過去に対するタイムパラドックスさえ解き明かして見せた」

「それは知っていますが」


「そんな人が未来への渡航をためらうものか。当然その記録の中でも、何度か未来へと赴いている」

 ――そして。本格的に未来へと渡航を始めた矢先。彼はコーヒーを飲み干し静かにソーサーへと戻す。

「失踪した。……理由はそのファイルを読めば一目瞭然だ」

 課長は伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。


「その、私は」

「良いだろう。正義感で何処まで出来るか、やってみると良い。期待している」

 彼は分厚いファイルをボスン、と閉じると膝の上に置く。


「このファイルを手にして長く正気で居られるものはそう多くはない。僕もそろそろ限界でね、キミに適性があるかどうかを試したかったんだ。僕の局長のポストは来週にでも君に譲ろう。それだけを言いたかったのに遠回りをしてしまったね。……話は以上だ。遅くまで付き合わせて悪かった」

「でも序列的には局次長が……」


「彼は事務屋のトップではあるが、飾りだよ。自分でも分かってくれているから助かっている」

 ――話は以上だ。係長級以上は超勤がつかないのだったな。ご苦労。そう言って局長は立ち上がると本棚へと向かう。

 課長はコーヒーカップ二つををシンクにおいて。

「失礼しました」

 と言いながら部屋を出ることしか出来なかった。




 数日後、時間渡航管制管理本局、三階大会議室。

 定例部課長会議、通称水曜会。会場は大騒ぎになっていた。


「おい、局長はいったい何をやらかしたのか聞いてないか? 挨拶も無しでいきなり昨日の今日で自治体に出向とか普通じゃないぞ」

「俺もさっき異動命令書が回ってきてびっくりしたんだ、キミ達も知らんのか」

「最期の日まで普通に出勤してたのに次の日からなんて。そんな異動はどうかしている。聞いた事も無い。そんな無茶なことは民間だってしない。どう思う申請課長?」


「私が知るわけ無いじゃ無いですか、事務とか総務のほうが聞こえるんじゃないですか? そう言うの。申請課ウチより本省に近いんですから」


「どっかのヒモ付きの申請を局長権限で蹴ったんじゃないかって噂だぞ」

「あの局長ならあり得るか。真面目の上にバカがつくんだものな」

「そう言う怪しい案件は最近回って来てないですけど……」

 プロジェクタースクリーンの前に座った局次長のマイクの声が、会議室内のざわめきをかき消す。


『はい、みなさん静粛にお願いします。とにかく、局長は本日付で転属されました。――ん? なんだ? ……大臣名で事務次官から? ――え、えーと。つ、次の議題に移る前に、新しい局長のポストがたった今、本省から内示されたので発表します』



 申請課長は 周りのどよめきと共に目の前がくらくなった気がした。

 誰の名前が読み上げられるかなど、言われなくてもわかっていたからだ。

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