殺しの天使
誠が持っていた謎の剣について、見かけた者や噂を聞きつけた者は自国であるキャレブの騎士団のものであるという予測を立てたが、あまりにも古びていて特殊な形をしていたために真相はよく分からないままだった。
誠は自室に戻るとすぐにベッドに腰かけた。奇怪な音は止まず頭を抱えていると誠の意思とは裏腹に手が小刻みに震え出す。
そして、怒り憎しみ悲しみといった負の感情が無理矢理押し出され、表情を激しく変えていく。
それら負の感情が合わさったような、言葉にならない自分自身の感情に襲われ、自分自身が分からなくなる。
自分には感情など存在していなかったのでは、最初から無いものなのではないかと思い始め、まるで何かが抜け落ちたような空っぽな部分があることを自覚させる。
「おかえりなさい」
「誰だっ!」
誠を中心にして円が広がるように闇が広がり部屋全体が暗闇に包まれた。
白い靄が上がったかと思えばそれは形を変え一人の少年を形成する。
背丈は子供のように小さく、とても使い古された茶色や灰色となった布を繋ぎ合わせて作った着物のような物を着ている。
その少年は黒い模様が入った白い顔で怪しく笑うと異様なまでに大きな瞳で誠をジッと見つめる。
「久しぶりなのにあまり嬉しそうじゃないね」
「!……クライスト」
クライストと呼ばれたその少年は表情を全く変えない、誠に更に近づくと体全体を左右にユラユラと揺らし始める。
「知らない……」
「また道を踏み外したみたいだね」
「俺はお前など知らないはずだ!」
誠は両手で顔を抑え怯えきったように震えている。
クライストは何も言おうとせず、誠は指の隙間から目を開き、目の前を見つめるがクライストは変わらずそこにいる。
「そうか記憶がなくなっちゃったんだ……僕の知らない間に」
「……っぐ!」
その時クライストから突風のようなものが吹き、訳も分からないまま凄まじい恐怖感が誠を襲う。
「罰を与えてもう一度やり直してみようとも思ったんだけど面白い人間を見つけたんだ……さっき僕に触れたあいつ」
誠はハッとした。おそらく仙のことを言っているのだと。
「君は不安定すぎる 正直君が何者なのか、僕には分からない だから僕はあいつに興味がある」
「何をする気だ……」
「ちょっとした監視と言っておこうかな でも君がこれ以上知る必要はない ただ受け入れればいいんだ、君は」
誠は何のことを言われているのか全く分からない。
記憶が無くなってしまったと言われたこと、記憶が無くなっていなければ分かることなのだろうかと思うと自分の存在が虚ろになるばかり。
「ああそうだ、もうすぐ100年ぶりに第二波がくる 受け入れたくないのなら気をつけることだね 消えちゃわないように……」
そう言いクライストは姿を消す。周りを見渡していると部屋は元の光景を取り戻した。
途中から誠は指先一つ動かせない状況が続いた。声も出せなくなり、呼吸が出来てたのかすら分からない。
嫌な冷たい汗が頬を伝い、掌を見ればひどい汗をかいていた。
あまりにも急な出来事で誠の頭の中はグルグルと渦を巻いたように複雑なものとなっていた。
元凶は今日拾った剣であることは間違い無いのかもしれない、だが誠はその剣を捨てようとはしない。
しばらくの間その場から一歩も動かない状況が続き、仙のことを思い出し、ただならぬ何かがあると思った誠はそのまま家を飛び出した。
外に出ると薄暗く時間は夕方になっていた。人の数はいつもと変わらず誠の心とは正反対の笑い声も聞こえる。
もしかしたらあれは夢だったのかもしれない、そう思いたいと何度も願ったが誠の記憶はそれを認めず。
村を歩き続けて時間を確認する。村の男達もそろそろ帰って来る時間だろう。
誠は足早に仙の家へ向かった。