天職之神殿(ハローワーク)
拝啓
他人の優しさが目に染みる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。不詳、真崎 快音はこの度一大決心し天職に就くべく、ここ《天職之神殿》へ参上致しました。
驚かれるとお思いすが九十九パーセントが思春期の甘い誘惑に勝てずに夢を諦め挫折してしまうため、超難関といわれている《自宅警備員》から《魔法使い》への転職です。
先程申請書類を提出したところ《履歴書》は歴代トップクラスの潜在力……いえ、洗浄力ではなく《潜在力》と《天職之神殿》長官直々にお褒めの言葉も頂きました。
現在は《転職前説明会》の順番待ち中ですので、今度お会いできるときは立派な《魔法使い》としてお会いできることと存じます。
末筆では御座いますが、皆さまのご健勝心よりお祈り申し上げます。近くにおいでの際は是非拙宅にもお寄りください。
敬具
「で。なんとなく最後まで読んじゃったけどなんなのコレ?」
カウンター越しに俺の目の前で五つ年下の幼馴染みである相堤那依が肩の位置でキレイに揃えられた薄茶の髪をバサッとかきあげて俺に問う。
しゅっとした猫目でパッと見きつい印象だが、笑うとえくぼの出来る可愛い娘だ。
まぁ二十五で可愛い娘も無いんだが、小さい頃から一緒にいるのでどうもそういう表現になってしまう。それもこれも那依の兄である凱が俺の同級生ということもあり、小さい時から家族ぐるみのお付き合いをしてきたからだ。
大学生の頃は見た目が完全に中学生だったので良く警察に補導されかけて「あり得ない」と憤慨しては俺に甘いものを奢らせていた。まぁ所謂童顔チビのつるぺた体型と言うわけだ。
昔はカイ兄なんて可愛く呼んでくれてたのに今では自宅警備員の俺を道端のゲロの如く蔑んだ目で見てくる。
「いや、俺が転職した時用の挨拶の手紙?」
「はぁ?ジョブチェンジって何?それを誰に出すのよ?」
呆れ顔十割で即座に問われる。
「んー……凱とか?」
とりあえず友人の名前を出してみる。
「あのね。お兄ちゃんは《自宅警備員》の戯言に付き合うほど暇じゃないの!しかも《魔法使い》て何コレ?就職なめてんの?」
仰る通りです。でも《魔法使い》に転職しないとあの美女に何されるかわかったもんじゃないんです。
「いいからさ所長にこれ渡してきてくれよ。な?頼む!一生のお願い!聞いてくれたら俺の童貞あげるから!」
履歴書と希望職種の書かれた用紙を差し出しながら言う。
「ど!……そんなの要らないし!どさくさに紛れてセクハラ発言止めてくんない?というか、こういうふざけた書類出すと私が怒られるんだからね?!」
童貞という単語に赤面しながらも至極当然の理由で拒否される。
那依はハローワークの職員だ。その伝を頼ってみたもののやはりふざけていると思われたらしい。
「まぁこれが普通の反応だよな……」
悪い忘れてくれ。と言い残してハローワークを後にした。
去り際に那依が何か言いかけていたが無視して外に出てしまった。
さてこれからどうするか。空は見渡す限り雲一つないの青空。
やはり現実は甘くない。非現実的な事が起こっているなんてそもそも俺の妄想に過ぎないんじゃないか。
そんなことを考えながらぷらぷら歩いていたら、初めてサラ(女神バージョン)と会った公園に着いた。
「はぁ……これがゲームだったとしてこんなの何が面白いんだ?とんだマゾヒストどもだな」
池の畔のベンチに座り、空を仰いでため息と共に呟いた愚痴は青空に溶けて何事もなかったかの様に世界は回る。
しばらく空をボーッと眺めていると遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
「……さーん。カインさーん?」
「カイ兄ーどこー?」
一人は那依の声だがもう一人は聞き覚えのない声だ。
あ、書類ハローワークに置きっぱなしだった。あれを見られて那依が上司に怒られて犯人である俺を捕まえに来たのかもしれない。
くそ!今日はとんだ厄日じゃないか!
どこかに隠れる場所はないかと視線を巡らせるが、こんなだだっ広い公園に隠れる場所など当然ない。隠れるのは諦めて素直に自首することにした。
両手を上に上げて敵意のないことを示して投降する。
「はぁはぁ……いた……カイ兄……ちょっとこっち来て……」
それなりに走り回ったのだろう。中学時代の陸上部エースが年齢のこともあるとは言え息も絶え絶えと言った様子で肩で息をしながら手招きする。
「はぁはぁ……あなたが真崎 快音さんですね?」
那依と一緒になって走り回ったのだろう。こちらも汗だくだがほんわかと良い匂いが漂ってきてドキッとしてしまう。
髪の毛は胸の辺りまで長く弛いウェーブがかかっており良く手入れされているのかつやつやと輝いている。
細縁の眼鏡をかけており目の色が緑と青で微妙に異なる。
格好は那依と同じハローワークの制服を着ているが、胸は比べるのも失礼なほど差があり、古い表現だがボンッキュッボンである。名札には【所長 深緑】と書いてある。
「そうですけど?」
「申し遅れました。私、《天職之神殿》所長の深緑 碧と申します。以後お見知りおきを」
そう言って碧は自分の名刺を差し出した。
「はぁ……で、えーと所長さん?さっき那依に渡した書類なんですが、あれは全部俺が悪いんです。幼馴染みという立場を利用して仕事の邪魔してすいませんでした!」
名刺を受けとるなり一気に謝罪をのべてガバッと腰を折って謝る。
「いえ、その事でちょっとお話が……お耳をよろしいですか?」
言って俺の耳元へ口を近づけてくる。より一層良い匂いがしてきてドキドキしてしまう。
「一般の窓口にああいった書類を出されては困ると説明書に書いてあったと思うんですが……【if】はあくまでも人間界で魔界人が楽しく遊ぶためのツールであって、人間も普通に生活しているんですからね!」
小声で叱責されつつも耳にかかる吐息がくすぐった気持ち良くて「うへへへ」と声が漏れる。
しかし、どうやらこの所長は魔界の事を知っているらしい。
「ごめんなさい。俺魔界の時の記憶がなくてつい最近まで完全に人間のつもりでいたんで……ルールとかそういうのまったくわからないんです」
正直に事情を説明する。
「えぇっ!本当ですか?普通の人間で三十年間童貞を守るって、相当難易度高いじゃないですか!?ちょっとパラメーター見せてください!」
言うなり額を俺に重ねる碧。か、顔近いですよ!?唇がすぐそこにぃぃぃぃぃ。ひょっとこのような口で唇に向かうも絶妙に届かない。
「ちょっと動かないで!うまく入らない……ん。そこ……」
「ちょっと待ったぁーーーー!!!!!」
なにやら艶かしい声で碧が呟いたところで傍観していた那依が俺と碧の間に顔を真っ赤にして割って入ってきた。
「所長!昼間っから公園でいったい何やってるんですか!?」
「何って那依ちゃんそれは秘密よ。あなたにはまだ教えられないわ。知りたかったらもう少し等級を上げてね」
上司が部下を嗜めるように(実際その通りだが)言うと、那依は「ぐぬぬぬ」と悔しがるそぶりを見せる。
「今日は邪魔が入っちゃったから後日所長室へいらっしゃい?そこでじっくりたっぷり教えてア・ゲ・ル♪ほら、那依ちゃん戻るわよ」
と言い残して碧と那依は元来た道を帰っていった。
戻り際に那依に睨まれたのは言うまでもない。
しかし、ゲーム内容を知っているらしい人物に会えたのは幸運だった。このままいけばうまいこと転職して記憶が蘇るかもしれない。
そう思っていた時期が私にもありました。
男が書く女性って現実には中々いないですよね。
まぁいたらいたでその人大丈夫ですか?って心配になりますが…
まぁ何が言いたいかと言うと、所長さん僕にもおでこコツンてしてください!(*´ω`*)