魔界の車窓から
中途半端な高さが一番怖い。
落下した時の状況が想像できてしまうからだ。
その点で言えば今居る高さは恐怖のメーターが振り切れてると言って良いだろう。
真理の殺人コンボが良いところに入って気絶したと思われる俺は、気がついたら前回と同じサラの家にのベッドで目が覚めた。
そこでお互いに今までわかった情報を出し合って話した結果、サラのじい様に会いに行くこととなった。
魔界というのは球状に出来ているらしい。
但し、俺の知っている球状とは完全に『逆』であり、球の内側に向かって世界が存在している。
だからと言って上を見上げれば反対側の地面が見えるかというとそんな訳は無い。
その代わりに中心に向かって解っているだけで五つの階層が存在しているらしい。
外円部を第六層として中心に向かうほど数が少なくなり、空が明るくなっていく。
人間が地獄として持っているイメージにもっとも近いのは第六層だろう。死者や亡者などはいないが知能の低い獣に類する生物と、五層で罪を犯した者達が送られる場所だ。
一般的な魔界人は五~四層で生活をしている。
五層は基本的に空気の淀んだ田舎と言った某国の様なイメージだが、独裁者はおらず自給自足で過ごす奴等が多い。
四層は概ね生産階級が住まい、三層はほぼ戦闘階級が住まう。
二層は統治者達のみが住まい、一層は良く解っていない。
一説によると魔界の真理が納められているとかなんとか。
三層までは一つ上の階層へ上がること自体は対して難しくない。
制限や制約はあるが暫く滞在することも可能だ。
当然、上の階層に居るものは下の階層へ自由に出入り出来る。
サラのじい様が居るのは二層で俺とサラの愛の巣があるのは色々あって実は五層だ。
二層の外周で太陽とほぼ同じ大きさらしいが、そう説明されても正直想像ができない。
現在は三層から二層へ向かう途中の空の上を飛んでいる。
「なぁこれ本当に落ちないよな?」
本日何度目かわからない質問。
「何回同じ質問してるのよ……この距離から落ちても地面に着くまで十分はかかるから、その間に飛べばいいじゃない?」
やれやれと俺の目の前で呆れた様子のサラが応える。
「いやいやいや! どんだけ高いところから落とされても俺が飛べなかったからこの飛龍に乗っけてもらってるんだろう? シートベルトも覆いもなしで空飛ぶとか正気の沙汰じゃないぜ」
俺の言ったことが解ったのか飛龍が少し速度を落とした。
「セラフィドは甘いわね。御主人様はあんたの事なんてすっかり忘れてるっていうのに……」
『クィーッ!』
少し怒ったように鳴く飛龍。
「解ったわよ。ごめん。良い子だからそんなに拗ねないで。ね?」
そう言ってサラが首の辺りを優しく撫でるとクルクルと猫なで声ならぬ龍なで声をあげた。
「しかし『元々なかった翼を使う』ってのがこんなに難しいとは思わなかったよ」
「カインは飛龍より速く飛べてたんだけどねぇ……こうなってくると本当にあなたがカインか疑わしくなってくるわね……」
サラはじとっとした目で俺を振り替えって上から下まで値踏みする。
「それに関しては道すがらさんざん話し合っただろ? 俺の【if】でのIDとカインのIDが違うんだからやっぱり別人なんじゃないかって。それを確めるためにこんな思いしてまでサラのじい様に合いに行くんじゃないか」
「それはそうなんだけど……深緑所長だっけ? 一体何者なの?」
今度はサラが何度目かの同じ質問をした。
「《天職之神殿》の所長で【if】に関して警告や儀式といったことが出来る人。普通に考えると管理者側の人間だろうな。人じゃないだろうけど」
俺も何度目かの同じ回答を返す。
「青と緑の虹彩異色症とか設定ベタすぎるんじゃないのそれ? まぁ普通に考えれば龍族と聖霊族の混血なんでしょうけど……私の知る限りここ数百年の間に龍族と聖霊族の混血なんて聞いたこともないわよ」
「そう言うことならもっと前に生まれているか、サラが知らないだけか、サラの考えが間違っているのどれかだろう? 俺が知っている情報は全部伝えたぞ?」
サラを否定するような物言いになってしまったが、これに関してはどんな推測をしようとも推測の域を出ないのだ。
「なんか私が悪いような言い方が気にくわないけど、これ以上の推測は無意味ね。後はあのエロじじぃに聞けばなんかわかるでしょ!」
サラは若干語気を荒くして会話を締め括った。
【if】の事を聞きにじい様の家に行った際に一悶着あったようなのだが、詳細を聞こうとするとサラの周りに闇の精霊が集まり始めるので聞けずにいた。
自由落下で地面に落ちるまで十分もかかるような高度で無茶をするほど馬鹿ではないつもりだ。
そんなやり取りをしつつ漸く二層の入り口が見えてきた。
三層までは地上に転移ゲートがあり、比較的すんなり(あくまで今回に比べれば、だけど)行けたのだが、二層は流石にセキュリティーの関係上ある程度の資格と実力を持つ者しか入ることを許されていないらしい。
魔界で飛行能力は珍しくないが、通常は一定高度以上には上昇できないらしい。
それが大気のせいなのか魔法的な何かのせいなのかは解らないが、それ以上の高度を飛ぶためには飛行能力の限界突破を果たすか、飛行能力に特化した飛龍の様な者を従えるしかない。
元々のカインであれば自力で難なくクリアできるとのことだが、鳥人間コンテストの存在しか知らない俺には荷が重く『肩甲骨の上辺りの筋肉を動かす』というのがどうしても出来なかった。
それを見かねたというか見限ったサラが飛龍を召喚してくれたのだ。
「ありがとうな。セルフィド」
そう言って胴体をポンポンと叩いて労った。
それが嬉しかったのか「クルル~」とご機嫌な調子でゲート突入前にまさかの一回転宙返りを決めて見せた。
「うわぁぁぁぁぁ」
「あはははははは」
俺の悲鳴とサラの笑い声が重なり、飛龍はそのままの勢いで二層への転移ゲートを潜り抜けた。
下の階層でも経験したグニャリと空間が歪む景色とキィーンと耳鳴りがして意識が遠くなる。
瞬きして気がつけばそこは下の階層とは異質な無機質で真っ白な大広間とその先へ続く巨大な通路が目に入った。
周りを見渡すが我々以外に人影はなくガランとしていて寂しい感じだ。
今までが基本的に緑や自然が生い茂っていただけに余計そう感じてしまうのも仕方ないだろう。
「なんだか寂しいところだな……」
「……ふーん?」
何か考えているような表情でひょこんと俺の顔を覗きこむサラ。
「俺の顔に何かついてる?」
「いや、カインと初めて一緒にここに来た時おんなじ顔して、おんなじ台詞言ってたなと思って」
俺から視線を外してくるんとそっぽを向いてそう言うサラの頬は少し赤くなっていた気がした。
「クルルルッ!」
そう言って二人の間に飛龍が首を割り込ませてきた。
「わわっ! どうしたんだ? こら! くすぐったいぞ! ぶはっ! わかったわかった!」
「モテモテね……」
やれやれとため息を吐いて先へ進むサラを慌てて追いかける。
白く長く巨大な通路を小一時間程進み変わらない景色にうんざりし始めた頃、辺りを照らしていた白い光が徐々に青緑に変わっていき漸く白以外の景色が見えてきた。
「ふぅ……疲れはしないがやっと白以外の色を見れたな」
「あなた白苦手なの?」
サラが何気なくそう聞いてくる。
「んー白が苦手ってなんか嫌だけど、この景色は落ち着かないな。なんか最初は神聖な感じもあったけど、段々否定されている感じがしてきた」
「へぇ驚いた。その辺の感想もカインと同じなのね」
そう言って対して驚いていない風で歩き続ける。
その背中に向かって俺は問いかける。
「サラはどうなんだよ?」
「私は白は嫌い。白って綺麗すぎると言うか眩しすぎると言うか……上手く言えないけどなんか嫌なの。私は黒が好きよ」
そう言って漆黒のロングドレスの裾を摘まんでヒラヒラと振ると、美しい踝と脹ら脛が目に入りドキッとした。
『ようこそお出で下さいましたでーす』
サラの下半身に見とれていた俺を更にドキッとさせる声が辺りに響く。
「うお! ビックリしたぁ……」
『ビックリさせたのでーす』
作られた感じの語尾にイラッとして辺りを見回す。
「え~と、どちらさんですか?」
少し距離の空いた進行方向で床がぼぅっと光り、とてもメカニカルな風体をした少女が現れた。
『え~と、コチ=ラ=サンなのでーす』
意味不明の回答に困惑している俺をよそにサラが嫌々と言った声音で応える。
「サラとカインにセルフィドよ。あなたはエロじじぃに言われてきたのかしら?」
『エロじじぃ! エロじじぃ! きゃははは! エロじじぃはコチに迎えに行けと言いましたでーす』
「はぁ……会話にならないわね。もういいからさっさと運んでちょうだい」
サラは頭が痛いといった風に押さえてそう言った。
『次はーエロじじぃの家ーエロじじぃの家ーきゃははは! エロじじぃ! エロじじぃ! でーす』
『エロじじぃ』が気に入ったのか連発する少女は最後「でーす」を付けるのを忘れずに言い終えると、その場で軽やかなステップを踏んだ。
すると少女の足元から光の筋が延びて我々を包み込んだ。
「わわっ! なにこれ?!」
「転移ゲートみたいなものよ。大丈夫」
『でーす!』
そんなやり取りをしている間に光が薄れてまず目に入ったのは庭にそびえる二本の大きな樹だった。
その樹の間に想像していたより大きくないサラのじい様の家らしきものがちょこんと建っていた。
『到着なのでーす』
「ご苦労様。じゃぁエロじじぃに着いたと伝えてくれるかしら? 私達は庭にいるわ」
『了解でーす』
そう応えると少女は『エロじじぃー』と叫びながら家のなかに入っていった。
「こっちよ。あそこのベンチに座りましょう」
サラが俺の手を引き木陰にあるベンチへ向かった。
今なら聞けるか?
「サラ、じい様となんかあったの?」
「……」
「あ、ごめん。言いたくなければ……」
「……してたの……」
「え?」
「地下に少女型のあんなのを裸で何体も隠してたの!酷いと思わない?!」
あーなるほど。尊敬してたはずのじい様をエロじじぃ呼ばわりした理由が漸くわかった。中学生の女子かよ。
「そ、そっか……」
「そうよ!」
「で、あの子は何なの? 魔界人なの?」
「いえ。あんな種族聞いたこともないわ。あれはおじい様が個人的に研究していた聖霊族と機械の混血人形……だと思うわ」
研究していたと知っているのに受け入れられないのは愛情の裏返しって事にしておくか。
「なるほど。それであんなわざとらしい喋り方をしてたのか……ん? 機械って魔界にも機械があるの?」
「あるわよ? 【if】にある技術は動力が魔力か電力かってだけで基本的には同じらしいわ。私は機械が苦手だから詳しくは知らないけど」
たしかに【高度に発達したなんちゃらは魔法と見分けがつかない】とかどっかで聞いた記憶があるが魔界に機械があるとは驚きだ。
というか魔界って何なの? もうなんでもありじゃん……
「じゃぁさ、スマホとかもあるの?」
画面をタッチする身振りで聞いてみる。
「んー通信系の機械は流行らないのよね。魔法の補助的なものが多いの。増幅器とか記憶装置とか。基本は消耗品ね。あなたがやっていたオンラインゲームの課金アイテムみたいなものよ……たぶん」
解ったような解らないようなサラの回答に余計頭を捻っている所に、先程のサイバーチックな少女とは別の紺色の着物を身に付けた和装の物静かそうな少女が現れた。
『お待たせしました。クソビッチ様とその下僕共。変態スケベ爺がお待ちなのでそのデカイ尻をさっさとあげて着いてきて下さいませ』
一礼して一通りの台詞を言い終わると、目をぱちくりさせてる俺達をよそにくるっと回って家の方へ歩き始めた。
「だーれーがー? クソビッチだってぇー!」
予想通りサラがぶちきれた。赤と黒の渦がサラを取り巻く。
「さ、サラ! 落ち着いて! 怒ったら認めているようなものだよ! それに、サラのお尻俺好きだよ! まじで!」
数秒の沈黙。思い止まったか?
ふう。危ない危ない。
勢いで好きとか言ってしまったがそんなことよりここで戦闘が始まりでもしたらどう収集つければ良いか解らない。
そんな事を考えていると……
「エビルファイヤァァァァ!」
闇と火の精霊が混ざり合って一直線に和装の少女に向かっていく
「えぇぇ! そこはデレる所じゃないの?!」
「はぁ? なんであそこまで言われて黙ってなきゃいけないのよ! 私はクソビッチじゃないしお尻もそんなに大きくない!」
うーんおかしいな。普通今の場面なら赤面して「な、何言ってるのよもう! でも好きって本当?」的な流れになるんじゃ……
そんな事を考えている間にサラの放った凶悪な攻撃が着弾した。
チュドーン!
辺りには土煙が舞い着弾点から爆風が届く。
サラさんマジですか……これ流石にマズくないですか?
隣をみるとスッキリしたのか「どうだ」と言わんばかりのどや顔でフフンと胸をそらすサラさんありけり。
なんも言えねー!
しかし、もくもくと上がっていた土煙が収まると、そこには先程と変わらない格好の和装少女がコチラを向いていた。
「な!?」
『野蛮なアマゾネス様とその下僕共。遊んでないでさっさと着いてきて下さいませ』
そう言うと何事もなかったかの様に再び歩き始めた。
さすがのサラも驚いたのか。なにも言わず後に続いて歩き始めた。
お待ちどうさまです!さぁいよいよ魔界編です!
今回ちょっと説明臭い回でしたが、新キャラ登場しちゃったりして大丈夫なのか作者!?
次も魔界編です!




