所長もつらいよ
《天職之神殿》の所長である深緑(深緑)碧に衝撃の事実を告げられた快音は、すがる様な想いで掛けていたソファから立ち上がり一歩横にずれてその場で膝をつき床に額を擦り付けた。
「お願いします! なんとか俺を魔法使いに《転職》させてください! その後ならいくらでも調査に協力しますんで! お願いします!」
ガバッと顔を上げたかと思うと床が割れるんじゃないかという勢いで再び床に額を擦り付ける快音の勢いに気圧された碧は驚きを隠さずに答える。
「いや、土下座なんてされても困るから顔を上げてください! 《転職》しちゃったら調べるのが更に難しくなるから今の内に調べるんですよ?」
快音は顔を上げずに額を床に擦り付けたまま答える。
「そこを何とか! 絶対に協力しますから!」
「いや、快音さんの協力とかそういうレベルの話ではなくてですね……」
碧も待ちに待った《魔法使い》候補だ、出来る限りの事はしたいのだが、こればっかりは魔界に戻って調べなければいけないことが多過ぎる。
「碧さん! 今は貴女だけが頼りなんだ! 魔界の心当たりを当たってみると言ったきりサラとも連絡がとれないし! 頼む! 今の俺には碧しかいないんだ!」
先程まで土下座をしていた快音がガバッと起き上がると碧の両肩をガシッと掴んで真剣な表情で想いを吐き出す。
「……快音には碧しか……いない?」
快音の情熱的な物言いと真剣な眼差しを受けて碧の心臓はドキドキと鼓動を早めている。
心なしか快音の顔の周りにキラキラとした光が見える気がする。
「碧さん!」
「は、はいっ!」
唐突に名前を呼ばれてドキッと大きく心臓が反応する。
「俺のお願い……聞いてくれる……よな?」
快音の手が碧の頬に優しく触れる。
とっさに目を伏せた碧を逃がさないとばかりに頬から唇の下に移動した指先がいとも容易く碧の顔をくいっと上向かせる。
途端に快音と目が合う。
ああ、なんとキラキラした瞳をしているんだろう。
この人の望みはなんだって叶えてあげたいと言う気になってくる。
快音の顔が碧の顔にどんどん近づいてくる。
鼻先が触れ合うかの距離で一度快音が止まる。
「俺のお願い聞いてくれるまで、ここから先はおあずけだよ?」
自然とつま先立ちになってこのわずかな距離を埋めようとするが、触れるか触れないかの僅かな距離を残して届かない。
「ず、ずるいわ……」
どうやっても埋められない距離に諦めて伸ばした踵を地につける。
すると左肩を掴んでいた手が外れ、後ろの壁にドンッと音をたてて右手が突き刺さる。
「碧さん……」
碧が引いた距離以上に快音が前に進んできたことでお互いの唇が触れ合う瞬間――
「……さん! 碧さん! ? 聞いてます?」
快音は変わらず碧の両肩に手を掛けて嘆願の表情をしている。
あれ? さっきのは?
碧は目を瞬き状況を整理する。
どうやら先程までの積極的な快音は碧の暴走した妄想だったらしい。
「顔赤いですけど大丈夫ですか?」
怪訝な顔をして快音が顔を傾ける。
先程の妄想で迫ってきた快音と同じ角度で顔を近づけてくるので慌てて離れると手をバタバタと動かして言い訳をする。
「きょ、今日は朝から体調があまり良くなかったので、そ、そのせいかもしれません! 気にしないでください!」
ゴホンゴホンとわざとらしく咳をする碧を気遣いつつも、快音は先程と同様の言葉を繰り返す。
「体調が悪いのに申し訳ないけど碧さん頼む! 今俺が頼れるのは貴女だけなんだ……」
その場で立ち尽くしギリッと拳を握り悔しそうな表情をする快音を見ていると胸がドキドキする。
先程の妄想の続きかとも思ったが、碧はここまで真剣に何かを訴えている男性を間近で見ることは初めてだった。
碧の周りにいる男達といえば、現状に不満を言うだけで何も行動しないクズか、周りの顔色を伺って迎合するだけの無個性なクズか、肩書きでしか他人を評価できない勘違いのクズしか居なかった。
目の前の男は確かに《自宅警備員》だが、そもそもこの人間界で《自宅警備員》になれるほど魔界での《各種能力》がすさまじいと言うことだ。
そんな男が何かのきっかけで転成前の気質の一端を垣間見せることはあるのかもしれない。
そんな男に惹かれるのは生物として自然の摂理なのではないか。
そこまで碧が考えるのにそう時間は掛からなかった。
山吹ちゃんが惚れるのも無理はない。私だって……
そこまで考えると先程の妄想がもやもやと頭の右上の方に現れてきて慌てて手で掻き消す。
「解りました。たあ、どちらにしろ必要なものを揃えるのに三日は掛かりますので、《転職の儀式》は四日後に行うと言うことでどうでしょうか」
快音は少し考えた後にそれしか方法がないのならと了承した。
「……解りました。お願いします」
それではと断りをいれて碧が説明に入る。
「必要な書類と道具はこちらで揃えておきますので、快音さんは今さら大丈夫だと思いますがこれから三日間女性との身体的接触を避けてください。ご家族――妹さんも含まれますので注意してくださいね?」
「……もしも触れてしまったら?」
ごくりと唾を飲み込み快音は問い掛ける。
その問いに少し間をおいてから碧は真剣な面持ちで告げる。
「……爆発します」
沈黙が数秒流れる
「えっ? バクハツ!?」
随分間が空いてしまいました<(_ _*)>
ちょっと今回は趣向を変えて乙女モードを頑張ってみましたがどうでしたでしょうか。
次回辺りサラさんに登場してもらいたいですね。




