無職はつらいよ
なんで俺はこんなに汗だくになりながらも進んでいるんだ?
そんな問いは無意味だと知っている。
目指す場所があるから。
辿り着かなくては得られないものがあるから。
この険しい道の先にたどり着いた者は――
「あ、暑すぎる……」
玄関を開けてすぐに後悔した。
妹のアイスを食べた罰がコレでは割りに合わない……
そのまま回れ右をして部屋に戻ろうとしたら、妹の真理が鬼軍曹よろしく「怯むな! 突撃ー! 」と号令をかけてきたので引くに引けない。
「夜になってからじゃダメかな?」
ダメもとで聞いてみる。
「お兄ちゃんあのね……真理何だか身体が火照ってきたみたいなの……このままじゃおかしくなっちゃいそうで……だからお願い! 我慢できないから早く(アイスを買いに)イッて! 」
体をくねくねさせながらうつむき加減で息を荒くしながらそういう。自分でも恥ずかしかったのか顔は真っ赤だ。
「それ、熱中症じゃないのか? アイスより水分補給した方が……」
我ながら何て的確なアドバイス! 伊達に雑学かじってないぜ!
「い い か ら は や く 行 け ー ー」
遂に真理の我慢は限界に達し、そこらじゅうにあるものを手当たり次第に投げ始めた。
ギャグ漫画じゃないんだからそんなもん当たったら本当に死ぬぞ?というほど危険な物まで飛んでいる。
身の危険を感じた俺は灼熱地獄を進む道を選んだ。
「魔法使いに転職したら氷魔法とかで涼しくできるのかな……」
ああ、もうまともな思考が出来ないようだ。
試しにやってみたっていいじゃない! だって自宅警備員だもの!
「クール! ……違うか? クーラー! ……コレでもない? クーレスト! ……ダメか」
「クーレストってなんだ! 玄関先でアホなことやってないでさっさと行けー! 」
ガチャッとドアが開くと同時に真理の容赦ない蹴りが臀部にクリティカルヒットしてつんのめる。
真理こんなキャラだったっけ?
「……行ってきます……」
これ以上ここでぐだぐだやっていても時間経過で体力がモリモリ削られていくだけだ。
なるべく日陰を通って歩くと言う、小学生が聞いたら何かの修行と喜びそうな、そして近所の奥様方からは通報されかねない歩き方でようやくバス停に到着する。
到着と同時に天職之神殿を通るバスがきた。
ナイスタイミング!
ドアが開くと中から冷気が漏れ出てきた。
時間も時間なので満員の予想に反して車内は空いていた。
このままずっとバスに乗っていたいがそうもいかない。
目的地までは二十分程なので空いてる席に座って少しうとうとした。
『次はハローワークまえ~ハローワークまえ~』
車内のアナウンスでハッと目が覚め、慌てて降車ブザーを鳴らす
『次停まります』
危ない危ない。乗り過ごすと次のバス停からは割と距離があるのだここは。今日そんなことをやったら生死に関わってくるぞ。
『ハローワークまえ~ハローワークまえ~お降りのお客様は……』
そんなことを考えている内に到着したようだ。
バスを降りると忘れていた熱気がむわっと全方位から襲いかかってくる。もう嫌だ。なんでこんなに暑いんだよ!
心の中で文句をいっていても涼しくはならない。
とにかく建物の中に入ればこの灼熱地獄から一時退避できるんだと奮起して前へ進み、駆け足で建物の中に入る。
「ふぅ。節電中とはいえ外に比べれば天国だな」
そんなことを呟きながら窓口に向かう。
幼馴染みの那依の姿が見えたがあえて声はかけなかった。
まぁあいつも仕事中に詰め寄ってくるようなことはないだろうが、この暑い中で余計なことに労力を使いたくない。
そう言えば碧は一般の窓口に来るなと言っていたなと思い出して、所長室を案内板で探す。
一つ上のフロアに所長室の表示を見つけて奥の階段で向かう。
ワンフロア昇るだけでずいぶん息が切れる。
これは本格的に運動不足だな。
二階に上がるとそこにも受付のような女性がいて怪訝な目で見られる。
案内板には所長室以外にも応接室や会議室、資料室といった表示もあったので、基本的には職員か関係者位しかやってこないのだろう。
「深緑所長に呼ばれて来たんですけど……」
間違いで来たわけではないことをアピールしながら来訪の目的を告げる。
「あ、そうでしたか。お名前を伺って宜しいですか? 」
急に態度が変わってよそ行きの声が出る。
「真崎と言います。真崎快音です」
思わずフルネームを伝えてしまったが受付の女性は碧から話を聞いていたのか苗字だけで得心した様な顔になった。
「真崎さま。お会いできて光栄です。あの、宜しければサインを頂けないでしょうか? 」
光栄って所長どんな伝えかたしてんだと思いながらも、
来訪カードへのサインをするべくペンをとる。
あれ? 何かこの来訪カードやけに大きくて立派だな……
「ってコレどう見ても色紙じゃないですか! 来訪カードへのサインじゃないんですか? 」
「あ、あらやだ! ごめんなさい! 間違えてしまいましたわ……おほほほ……チッ」
俺がノリツッコミをすると受付の女性は慌てて色紙を引っ込め、変わりに舌打ちをした後に渋々と来訪カードを出してきた。
あえてそれ以上は追求せず新たに出された来訪カードへ記入して受付の女性に手渡した。
「では、しばらくお掛けになってお待ち下さい」
そう言うと受付の内線を取りどこかへ(恐らく碧へ)連絡を取り始めた。
何か暇潰しはないかと物色していると、五分もしない内に声がかかった。
「深緑は後程参りますので突き当たりの第一応接室へお入りになってお待ち下さい。お飲み物はお茶とコーヒーどちらがよろしいですか? 」
そう聞かれたのでコーヒーをお願いして第一応接室へと向かった。
所長の客だと飲み物なんか出るのか。
ノックしてから応接室へ入ると当然まだ誰もいない。
室内は綺麗に掃除されており、壁にはよく分からない絵画や花瓶に生けられた花などが華美でない程度に飾られており、中央には黒い皮張りのソファが向い合わせで二脚置いてあった。
いくら自宅警備員の俺でも上座と下座位は解るので、迷わず上座に座った。
うん。流石にこれはないな。
立ち上がり入り口に一番近い場所へ座り直すと軽くノックをした後、先程の女性がお盆にのせて良い香りと湯気が漂う熱々のコーヒーを持ってきた。
いや、なんでこのくそ暑いのにホット! ?
京都でお茶漬け出されたらさっさと帰れの合図的なあれですか?
「失礼します」
と言って高そうなカップとソーサーをカチャカチャと手際よく置いていき、ザラメの入った茶色いガラスの容器とミルクが入っていると思われる銀の容器を並べて終了。
一通り並べ終わると入って来た時と同様「失礼します」と言って静かに出ていった。
……喫茶店かここは! どんだけ本格的なんだこのコーヒー。
すげぇ良い香りするしカップとか高そうで逆に飲みづらいわ。
そんな事を考えながら容器をじっくりと見ていると、ガチャリと応接室のドアが開いて碧が入って来た。
「……何してるんですか? 」
カップを間近で見ようとした体勢のまま振り返ったので、碧からは相当変な格好に見えただろう。
「あははは!ごめんなさい。高そうなカップだったからついついじっくりと見ちゃって」
「それ、百均ですよ」
「……うそぉっ! ? 」
衝撃の事実! というか俺の見る目のなさに絶望……
「役所みたいな所で高級カップなんて買えるわけ無いじゃないですか? 」
碧が呆れたように首を降る。
「た、確かに。そんな金あるなら失業手当増やせとかクレーム来そうですもんね」
そういうこと。と答えてなんの躊躇もなく上座に座り、自然な動作で脚を組む碧。
座ってすぐ脚を組む癖がある人は背骨が曲がってるんですよ? なんて豆知識を披露する隙もないくらい完璧にエロイ。
この人性格がアレだけど容姿は凄まじい破壊力を持ってるんだよなぁ……超シスコンだけど。
等と考えていることが見透かされたのかじろりと睨まれた。
「さてと。今日はどういったご用かしら? 」
碧から切り出してくれた。
「あー、えっと、そのですね。そろそろ魔法使いに転職したくてですね。どうしたら良いのかなぁと相談に……」
「あーなんだー! そっちかー」
身を乗り出していた碧はソファにぐでーっと寄りかかって大きく息をはいた。
「え? そっちって? 」
状況が飲み込めない俺は混乱して問い返す。
「山吹ちゃんのお礼のことかと思って身構えて損したわ」
あぁなるほど。そう言えばすっかり忘れていた。等とこの場で言おうものならそれはそれで怒りを買いそうで止めておいた。
「それはそれでアレなんですがまずは俺、転職しないことには何も進まなくてですね」
「そうねぇ。転職自体は大して時間はかからないわ。必要な書類も私の承認でほとんど揃うんだけど……」
「だけど? 」
「んーあなたのIDがちょっと変なんですよ」
「変? ってどう言うことですか? 」
予想外の展開に困惑する。
「こちらで確認しているカインさんのIDと、今のあなたのIDが合わないんですよ」
と言うことは?
「少し調べさせて頂きますので、その間転職はお待ち下さい」
「えぇぇぇぇぇぇぇ! なんてことだ……」
真理ちゃんがちょっとキャラ変わっちゃってますね。
すいません。
脇道に逸れに逸れていましたが、漸く本編に戻ってきました。
まぁそれもほとんど最後の方だけですが…
次回以降はちょっと急展開させたいと考えていますのでお待ち下さい!




