カインとコインと
『いいか? いつかお前に何かを選ばなきゃいけない時が来る』
――選ぶ……
『どれだけ考えても決められない。そんな時はお前の心に聞くんだ』
――心?
『一番簡単な方法はコレだな』
――コイン?
『そうだ。表が出たらこっち。裏が出たらこっち。と決めてコインを弾く。例えば……【騎士】になるか【強戦士】になるかとかな』
――俺は……
『例えばの話だ。ほら、表が【騎士】で裏が【強戦士】な? そらっ! 』
言うや否やキンッとコインを弾く。
空中で回転するコインはキラキラと陽光を反射しながら上昇し、頂点に達すると地面に向かって落ちていく。
キンッキンッ……
床に落ちたコインは裏だった。
『今どう思った? 』
――もう一回……
『ははは! まぁコレは答えが解りきっているからあれだが、僅差でどちらかが決められないと言う時もあるだろう。そんな時は今みたいにコインを投げてみろ。どっちが出てもお前の【心】が向いている方向がわかるだろう? 』
――確かに……
『まぁ、人生は選択と後悔の連続だから気休めだがな。若い内は案外悪くねぇ解決法方だ。覚えておいて損はない』
――覚えておく
『よし、今日の抗議はここまでだ。隣でグースカ寝てるサラ起こしてさっさと帰れ。寄り道すんなよ? 遊ぶなら一回ちゃんと帰ってからにしろ』
――ありがとうございました
『おう! 気を付けてな! 』
***
チュンチュン……チュンチュン……
雀の鳴き声で目を覚ます。
「今のは夢……か? 」
以前サラに連れていかれた? 魔界とはまた少し雰囲気が違ったが人間界ではなさそうだった。
講師?も明らかに龍族の外見だったし、隣で寝ているサラは少し幼かったが角も翼も生えていた。
「迷った時はコインで決めろ。か……魔界のカインの記憶だったりするのかな……」
深緑姉妹との一悶着があってから一週間。いまだに俺は転職出来ないでいる。
あの後はとりあえず家の番号を伝え、念のためと手渡されたメモには山吹の携帯番号が書かれていた。
「いつでも良いんで連絡くださいね」
山吹がそう言ってニコッと笑顔をくれたのに対して、碧はガルルルと聞こえてきそうな顔で俺を睨んで居た。
それに気付いた山吹がビシッと額にチョップを食らわせ、丁寧にお辞儀をして夜の町へ消えていった。
深緑所長は絶対に魔界では恐ろしい姿をしているに違いないと密かに思った。
それで、この一週間何をしていたかを説明する前にちょっと水分と当分補給だ。冷蔵庫から適当にいくつか見繕って自室に戻る。
さてと、まずはアレだ。
図書館に行ったりネットを徘徊したりと【if】に関して何か手がかりがないかと色々調べものをしていた。
あまり期待していなかったが当然収穫はゼロ。
【if】も【魔界】もありふれた単語過ぎて別のものが引っ掛かってしまう。
もう一つは幼馴染みの那依だ。
俺が《天職之神殿》に行った時に所長とやり取りした内容をしつこく聞いてくるのだ。
碧には何も聞けないのでどうやら聞きやすそうな俺に矛先が向いたらしい。
実際に何もないから困っているのに、その事を伝えても「嘘だ! 二人して私に隠し事してるんだ! イヤらしい! 」と納得しないので、あいつが帰ってくる時間にはなるべく家にいない様に《天職之神殿》とは逆方向に散歩に出掛けたりしていた。
しかし、そろそろ本気で転職に向けて動かないとどうにも話が進まない。
あれからサラは連絡を寄越さないし、こっちからは連絡なんか出来ないしでちょっと停滞気味だ。
ちらりと時計を見ると午後二時になった所だった。
「今日はもう遅いから明日から動こう」
外の気温も高いし満員のバスとかちょっと大変だしな。
『明日でいいことは明日やれ』って昔の偉い人もいってたしな。
誰かは知らないけど――
ガチャ! バンッ!
「お兄ちゃんいる! ? 」
そんな自宅警備員の鑑の様な事を考えていたら、不意に部屋のドアが勢いよく開いて妹の真理が飛び込んできた。
「! ! ! ビックリしたぁ……な、何か用か? 」
すごい剣幕でずかずかと入ってきて部屋の中を見回し、机の上で目を止める。
「あー! やっぱり! 私が楽しみにしてたバリボリ君アイス食べたのお兄ちゃんだったのね? ! 人のもの食べるなんて信じられない! 今すぐ買ってきてよ! 」
ズンズンと詰め寄り指をビシッと俺に向けてとんでもないことを告げる。
「いやいやいやおかしいだろう? コレは家の冷凍庫に入っていたんだから誰が食べても良いだろ? それともお前の名前でも書いてあるってのか? 」
突然の理不尽な怒りに最初は驚いたが、コレでは何か食べる度に妹にお伺いをたてなくてはいけなくなる。
ここは兄として社会の厳しさを教えてやらねばならない。
自宅警備員だけど。
「ふーん。そういうこと言うんだ? 」
そう言うと机の上にあるバリボリ君アイスの外袋を手に取り俺の目の前に突き出してきた。
そこには『真理の! 』と確かにマジックで書かれていた。
油の切れたロボットの様にギギギギと首を回して書いてある文字から目を逸らす。
しかし、逸らした先に回り込まれて外袋を突きつけられる。
何度か逃走を試みたがその度に回り込まれて逃げられない。
真理なんでこんなに素早いんだよ……中ボス設定か?
「はぁ……ごめんなさい。今すぐ買ってきます……」
観念して請求通りの損失補填を約束した。
「よろしい。じゃぁ、ついでにマスタードーナツ行って、ショコラオニオンリングとエンジェリックカカオもよろしくネ! 」
まさかの遅延損害金発生だと!?
「ショコラオニオンリングって……お前よくあんなの食えるな……」
その名の通り輪切りにした玉葱をドーナツ生地で覆って揚げた後、チョコレートに半分ほど浸け、仕上げにオニオンパウダーをまぶすと言う奇妙奇天烈な食べ物だ。
常識ある人間なら名前を聞いただけで食べるのを躊躇うのだが、何故か女子高校生を筆頭に女性から絶大な支持を得ている。
「あのドーナツの美味しさが解らないとかあり得ないんですけど……? コレだから自宅警備員はダメなのよねぇ」
心底意外という表情をした後に、大袈裟に肩を落としてやれやれと首を振る仕草が腹立たしい。
「……まぁ俺は食わないから良いけどさ。しかし、せっかく外でるなら用事も一緒に済ませちまうか」
『明日で良いことは明日やれ』の精神を貫きたいところだが、俺には買い出しの判決が下されたので、明日また更に外出するのは面倒だ。
「用事も良いけどアイス溶かさないでよね? 」
真理の頭のなかは食べ物の事しかないのか?
「あいよ。溶けそうになったらお前の代わりにちゃんと食っておいてやるから安心しろ」
「それなら安心ね。ってなるかー! ちゃんと私に届けるまでがお使いだからね? 」
ノリツッコミとか楽しそうだな。等と考えつつ部屋着を着替えるために脱ぎ始める。
「ぎゃぁーー! 変態! 妹に何するつもりなのよ! 早く服着てよ! 」
目を覆って叫び声をあげるが、指の隙間からバッチリこっち見てますよね?
「早く買いに行けとか服着ろとか忙しいな。外行くのにこのままじゃさすがにダメだろう。まぁ見たけりゃそこにいても良いけど? 」
「は、はぁ? なんで私がお兄ちゃんの着替えなんか見なきゃいけないわけ? キモいからさっさと着替えて買い物行って来てよねっ! 」
バタバタと部屋を出ていきながら捨て台詞を吐く真理の後ろ姿を見て、密かに楽しくなってしまった俺がいた。
着替えを終えて買い物と天職之神殿へ行くべく、ようやく傾いてきた太陽に恨み言を言いつつ家を出た。
冒頭のコインの話は今回回収できませんでしたがいつかどこかで使いたいなと考えています。




