ケミストリーは偶然に
コンコンコン
扉をノックするが中からの反応はない。
コンコンコン
先程より少し強めにノックすると中で人の動く気配があった。
「はいはいはい。今いくぞ」
どうやら家の主は在宅のようだ。
少しして扉がガチャリと音をたてて開く。
「うん? 誰かと思ったらサラか? おーおーおー随分久しぶりじゃないか……そんな格好してどうした?」
中からシワシワの顔に立派な角を生やし、鼻の上に丸眼鏡をちょこんと乗せ、床まで届くかという髭を生やし、深い紺色のローブを身に付け、竜をあしらった杖をついた老龍人が現れた。
「ご無沙汰していますロンドギル様。急な訪問失礼します」
突然の訪問の非礼を詫び、深々と頭を垂れる。
サラは黒地に夜空の星が散りばめられた様な光沢を湛える細身のロングのワンピースに、儀礼用の白銀の甲冑という正装だった。
「今ではここに訪ねてくるのも昔馴染みしかおらんからな。いつでも来てくれて良いぞ? して、今日は正装なぞしてどうしたのじゃ? 何かの式典だったかの? 」
髭を撫でながら「はて」と記憶を探る様子を見せる。
「いえ、式典ではありませんが、こちらに伺う際はいつも正装でしたので……」
ポリポリと頬を掻いて照れるサラ。
「なんじゃそんなの。プライベートで自分の祖父の家に来るのに正装なぞするやつがいるか。 そういうのはワシの葬式まで禁止じゃ! それにワシはもう引退した身じゃ。昔みたいに普通に話して良いんじゃよ? 」
孫を見る優しいおじいさんの目でサラを見つめると優しくそう告げる。
「おじいさま……あのねカインの事でちょっと相談があって……入っても良いかしら? 」
少し砕けた口調でもじもじとしながら来訪の目的を告げるサラ。
「うん? カインのやつがどうかしたのか? 」
顔をしかめて片眉をピクリと上げて怪訝そうに問いかける。
「ちょっと複雑だから座ってゆっくり話したいんだけど……駄目かしら? 」
「おお、すまんすまん。中に入って座ってくれ。この間貰った良い茶があるからそれを淹れようかの」
笑顔になり「さぁさぁ」と招き入れると、扉を閉めた後にサラを応接間へ通し自分は台所へ向かった。
暫くすると爽やかな香りのお茶が注がれたカップとお茶請けをお盆に乗せてロンドギルが応接間へ現れた。
反射的に立ったサラを「座っていなさい」と制して机に置くと、自分はサラの左斜め前の席に座った。
「まぁまずはお茶お飲みなさい。 久しぶりに顔をちゃんと見せておくれ……おうおう、ばぁさんの若い頃にそっくりの美人さんになったなぁ」
じっくりと見つめられて身内に容姿を誉められるという、何ともむず痒い思いをして照れ笑いを返す事しかできなかった。
言われた通り淹れて貰ったお茶を飲み、お茶請けとして出された甘い焼き菓子を頂く。
「少し落ち着いたかね? では話してごらんなさい」
いくら祖父の家とはいえロンドギルは魔界の統治者の一人だった男だ。本当の子供の頃を除いてここには公務以外で来た記憶はない。
そういえば、引退した時に一度孫達で集まったか……。
そんな孫でも突然訪ねてきて相談があると言えば自らお茶を淹れ、正面ではなく斜めの位置に座り緊張をほぐしてくれる。
いや、孫でなくてもこうなのだ。
自然と他者を気遣えるからこそ長年統治者という事をやってのけられたのだろう。
「あのね、おじいさま。【if】という幻想遊戯はご存知かしら? 」
「ご存知も何も原案はワシらだし開発にも少し関わっておる。何より最終的なゴーを出したのもワシらだぞ? 」
何を今さらといった顔で告げるロンドギル。
「えぇっ! そうだったの!? そ、それは初耳だわ……」
あまりにも平然と衝撃の事実を告げる祖父に、どっひゃーという調子で驚くサラ。
その様子を見て気分を良くしたのか上機嫌で続ける。
「そうだな。平たく言えばあれは遊戯ではなく、今まで偶然開く空間の歪みからしか行けなかった人間界に、こちらから行けるようにする為の装置なんじゃよ」
長い髭を撫で付けながら自信満々でそう説明する。
「え? それってどういう……」
ゲームではないと聞いてサラの表情が曇る。
「ん? なんじゃ? 知っていて【if】の事を聞きに来た訳じゃないのか? 」
余計なことを話してしまったと気付いたが少し遅かった。
「おじいさま! カインが【if】に行って記憶をなくしてしまったみたいなの! 私の事も覚えてないみたいだし、自分が人間だと本気で思ってるみたいなの! 私どうしたら良いかわからなくて……」
一気に言うと両手で顔を覆って突っ伏してしまった。
「記憶を無くしたじゃと? それはあり得ないぞサラ。 あの装置は記憶を持ったまま【転成】するのが胆なんじゃ」
突っ伏した状態からチラッと顔を上げてロンドギルを見つめるサラ。
「……どういう事? 」
体を起こしてロンドギルに向き直り問い詰める。
「あーあれはじゃな……幻想遊戯と言うのは建前で、実際は人間として転成して人間の一生を楽しむ極めて現実的な装置なんじゃ。さらに、こちらでの性能のまま人間界に行くことはできないから原則的には能力が制限された状態になるし魔法も当然使えん。その代わり一生を終えるとこちらへ戻ってきた時に幾つか能力が上がるようになっておる」
「一度こっちに戻ってきても記憶は戻らなかったわ……姿や声はカインなのに言動は明らかに違うの。じゃぁあれはカインじゃ無いってことなの? でも、このペンダントは確かに反応したのよ……」
胸の谷間から剣の形をした十字架を取り出して見つめる。
そのペンダントを見るとロンドギルがガタッと勢い良く席を立った。
「サ、サラ! お前それをどこで……? 」
わなわなと震える手でそのペンダントを触ろうとするが、サッとサラが引っ込めてしまう。
「カインから貰ったに決まっているじゃない! 」
「カインから……? あ、あぁ悪い悪い盗ったりせんからちょっと見せてくれんか? 」
猫の様に毛を逆立てて警戒するサラへ優しくお願いをして良く見せてもらう。
まず目を惹くのは十字架の中央部分にある龍爪型の台座に嵌め込まれた青い宝石だ。真円を描くその宝石は見る者を心安らかにし、過去の美しい想い出を甦らせる。
左右に延びた鍔の部分にはうっすらと龍翼のような模様が見える。
刃部分は刀身に龍の尾が描かれ、全体として一体の龍が表されているが龍の頭部が見当たらない。
「これは【龍神の剣】だと思うんじゃが、ワシが知っているものとは少し違うな……柄頭に龍の頭部があったはずなのじゃが……取れたというよりは元々無かったような作りじゃな」
うーんと唸りながら色々な角度から見てはあれこれと呟いている。
「これはカインのおじいさまの形見と言っていたわ」
博識と言うか魔界の事はほぼ全て知っている祖父が頭を捻っているので、少しでも力になればと思い知っている情報を教えた。
「アデルの形見……じゃと? あいつが持っていたのは【龍神の剣】の紅水晶じゃったはずじゃが、この台座に納まっているのはどう見ても蒼水晶じゃしなぁ……」
知らない情報が次々と出てきて処理が追い付かない。
「おじいさま! 【龍神の剣】とは何ですか? 」
「ん? お前も近衛に居たんだから聞いたことあるじゃろう? この魔界を平定した四英雄が使っていた伝説の武器じゃ。すなわち、【龍神の剣】【天神の弓】【鬼神の槍】【巨神の斧】の四つを指して【祖伝の武器】と云う」
指を折りつつ説明する。
「えぇっ! これが【祖伝の武器】の一つだと言うんですか!? 」
ようやく知っている単語が出てきたが、それはもはや知っているなんてレベルの話ではなく伝説の話だった。
そんな伝説の武器が自分の手元にあることに驚きまじまじと見つめるサラ。
「【龍神の剣】がアデルの家に継がれているのはヤツから聞いておったが、蒼水晶のものがあるとは聞いておらんかったなぁ……ワシにも言えん理由があったのか……アデルの形見でカインに継がれているものが反応すると言うことは、そやつは本物のカインなんじゃろう。記憶が消えると言うのは初めて聞くが……」
新しい情報が増えても謎は深まるばかりで解決策が見つからない。
「カインはこれをくれたときに『自分には使いこなせなかった』と言っていたわ」
その時を思い出し胸が締め付けられたのか、サラは暗い表情で胸の前で手をキュッと握りしめた。
「使いこなせなかったか……よし、少し調べてみよう。過去の試験運用時のデータなどがあるはずじゃ。今日は泊まっていけるのか? 」
そう言って立ち上がり二階の書斎へ向かうロンドギルが孫を見る祖父の目で問いかける。
「えぇ。おじい様さえよければそうさせていただくわ」
少し元気を取り戻しニコッと微笑むサラ。
「じゃぁ昔みたいに一緒に風呂にでも入るか? ん? 」
わきわきと腕を動かしながら笑顔でそういう変態老龍人
「入りません!!それと、覗いたらいくらおじい様と言えど……」
シャキーンと爪を立てて引っ掻く動作をするサラを見てロンドギルは「冗談じゃよ」と笑いながら部屋を出ていった。
残されたサラは「もうっ! 」と言ってソファに座り直し、冷たくなったお茶をぐいっと飲み干し呟いた。
「待っててね……カイン……」
伝説の武器とか出てくるとワクワクしますね( ☆∀☆)b
タイトルは前回に少しだけ引っ張られています(笑)




