act 1 蒼い月
・・・・コツ・・・・コツ・・・・----
風が窓を叩く。
高い天窓から、蒼い月が私を見下ろしている。
・・・・もうどれくらいの時間をここで過ごしたのだろう?
判らない。
そもそもなぜ私がここにいるのかすら判らないのだから。
----私の名前は渡辺エリカ。
ちょっと田舎で、共働きの両親とふたりの姉を持つ末っ子で、甘やかされて育った。
そんな平凡な人生を送っていた筈なんだけど。
・・・・相変わらず天窓には、風が当たっていた。
----コツコツと・・・・。
蒼い月が見下ろしていた・・・・----。
「失礼致します」
突然ドアをノックする音に驚いて振り向いた。
誰・・・・?
見たことのない服装だけど?
中世のメイド服みたいな格好。
「あなたは誰?ここはどこ?」
・・・・答えは返って来ない。
「これを。これにお召し替え下さいませ」
差し出されたのは、赤い、ドレス?
「これは何ですか?」
「そのドレスに、お召し替え下さいませ」
何故?
「あの・・・・どうしてですか?」
----・・・・やはり返事は、ない。
聞こえないの?
私の声が・・・・?
募る不安。
「あの、どうして私の質問に答えてくれないの?」
「わたくし共は必要以上の会話を禁じられております」
本当に嫌な予感がして来た。
「どうして?」
「あの方の申し付けでございます」
あの方?
誰の事・・・・?
私はおかしくなってしまったのだろうか?
天窓からは月がエリカを見下ろしている・・・・。
エリカは訳も判らないまま、幾人ものメイドによって、用意された赤いドレスに着替えさせられた。
とにかく、何かしらの情報が今は必要なのだから。
ここはおとなしく従ってみよう。
「お召し替えが済みましたら、お迎えに参りますゆえ、ご一緒にお出まし下さいませ」
能面の様な、のっぺりとした無表情なそのメイド服は言った。
「どこへ?」
「あの方がお待ちでございます」
あの方?
一体誰の事だろう?
エリカには、思い当たる節がない。
大体ここはいつの時代のどこなの?
私・・・・。
タイムスリップでもしたって言うの?
そんな、まさかね。
その時。
エリカがいる部屋の中を始めて見て気付いた。
広い洋室。
重厚な造り・・・・。
ここは日本だろうか?
私は日本にいた筈?
日本じゃない部屋の造り。
大きな鏡。
洗面台付きのドレッサー。
一際大きな洋服タンス。
そして・・・・。
天蓋付きの大きなベッド。
先程まで、エリカはそのベッドに眠っていたのだ。
・・・・だからなぜ?
私は昨夜、自分の部屋のベッドで眠った筈なんだけど?
エリカは自分の身に何が起きているのか、さっぱり判らなかった。
言われた通りにドレスに着替えて待っていると、先程のメイド服が迎えにやって来た。
「それではこちらへどうぞお出まし下さいませ」
コツ、コツ、コツ・・・・。
長い廊下は、大理石で出来ていて、エリカは何度も滑って転びそうになった。
裾の長いドレスも初めて着たのだから、余計に歩きにくい。
「あの・・・・?」
エリカはそのメイド服に問い掛ける。
「ここはどこなの?」
やはり答えは返って来ない。
聞こえないのかしら?
あぁ。
さっき言われたっけ。
余計な口は聞けない、とか?
??本物のメイド??
じゃあここは中世か何かな訳?
・・・・そんな事あるわけないか。
エリカは自分の考えを否定した。
「こちらのお部屋でございます」
また一段と物々しい造りのその扉を、能面メイド服が開いた。
金・・・・?
扉が開いた時に、とっさに思った。
「これは姫君。ようやくそなたを見つける事が出来た」
・・・・はい?
ちょっと待って。
今、『姫君』って聞こえたけど?
誰の事かな?
まさか?
私の事じゃないよね?
だって、私は平凡な女子高生なんだし?
「エリカ姫。私が判らないのか?」
えぇぇ~?
い、今『エリカ姫』って聞こえたけど?
何の冗談なの?
まさか本当に私の事なの~?
どうしてこんな事になっちゃったのかなぁ?
パパ、ママ・・・・。
お姉ちゃん。
わがままなエリカを許して?
真っ直ぐ私に向かって、歩いて来るその人は。
金色!
なのは着ている服で。
漆黒の髪に。
漆黒の瞳は切れ長で・・・・。
『美しい』
という形容詞が、すっぽりと当てはまる。
不覚にも私は、その男に魅入ってしまっていた。
「そなたをずっと探してた」
私を?
なぜ?
全く見覚えがない。
でも完璧な私の理想だわ。
「エリカ姫。ようやく私の元に・・・・戻ってきたのだな」
やっぱり私の事なの~?
私いつから『エリカ姫』になっちゃったのかな?
「あの・・・・?貴方は誰?」
「おぉ、姫!やはり記憶をなくしたというのは本当なのか!」
はい?
私が記憶を?
なくした?
いや・・・・。
なくしてはいないけど?
ただ今の自分の立場が判らないだけで。
「あの・・・・私には何の事か・・・・?」
「それではこの私の事も、判らないと申すのか」
----いきなり抱きしめられた。
え・・・・っと?
この場合、どう対処すればいいわけ?
「あの・・・・聞いてもいいですか?」
「おぉ!何なりと。そなたの記憶が戻るのであれば」
大袈裟だなぁ。
っていうか、リアクション派手じゃない?
「あの・・・・ここはどこですか?」
「おぉ、ここは我が城。そして、そなたは私ディノス王の最愛の婚約者であるぞ」
そなた?
何時の時代の言葉だよ?
??あれ?
今『王』って聞こえたけど?
私本当におかしくなったのかなぁ?
「私・・・・は、貴方の婚約者なのですか?」
エリカがそう言うと。
ディノス王は大袈裟に悲しみ出した。
「あれほどに愛し合っていたのに。本当に姫は記憶を失ってしまったのか」
愛し合っていた?
っていう事は。
この絶世の美形と、あんな事やこんな事を?
想像力たくましく考えていた矢先。
不意に唇に暖かいものが、触れた。
キ、キス??
キスされたよ。
私のファーストキスが?
奪われたわけ~??
でも・・・・。
気分は悪くないなぁ。
何しろこの
『ディノス王様』
本当に綺麗なんだもん。