召喚された勇者?
変な浮遊感に包まれたと思ったら…変な場所に来ていた。
下は冷たい石畳に、マンガで見たような紋様がわずかに光っている。
周囲には魔法使いのようなローブに身を包んだ者達が数人に…正面には金髪の美しい少女と、その臣下らしき者達と…それ等を警護するためか、白銀の鎧に身を包み、物騒な物を腰から下げた騎士?らしき者達が全員唖然としている。
…なんか最近のライトノベルで良く見るような…如何にも状況だった。
…あれ?もしかして…テンプレからすると勇者!?
「ひっ…!?悪魔!?」
僕がそんな事を考えていると…それを否定するような声が上がった。
…悪魔って…。
その一言をきっかけに周囲の人間が、唖然とした表情から困惑にしたような顔に変わって、ざわざわと騒ぎ出す。
「ほ、本当に勇者様なのか?」
「わ、私に言われて分かるわけが…」
「伝承によると眉目秀麗らしいが…あれは」
好き勝手に様々な憶測や話が飛び交う。
「静まりなさいっ!!」
シーンと、少女の言葉でざわめきが収まる。
少女は落ち着けるように肩を落として、こちらを見つめる。
僕も思わず、じっと見つめ返す。
ジーッ。
「…うっ!」
少女は怯んだように顎を引くと、顔を背けた。
うん。長く持ったと思う。
「すいません」
とりあえず僕は、このままでは話が進まなそうなので、自分から話かけた。
「は、はい…!」
ビクビクとしながら、少女があんまり視線を合わせないよいにしながら答えてくれる。
「…あー。僕って勇者として召喚されたんですか?」
少女が目を見開きコクコクっと頷く。
「…なら魔王が居て、それを倒さないとダメなんですよね?」
周囲からオォ…!とどよめきが起こる。
…やっぱりか。
でも…僕が勇者?
…うん。ないな!一度なってみたいけど…ないな。
「やはり…あなた様が勇者様なのですね?」
少女は複雑な表情をしながらも、期待に満ちた声色で僕に言うが…。
「あー。多分…と言うか100%違うと思います」
これもまたテンプレで、間違われて召喚されたとかだろうなぁ。
「えっ…そ、そんなバカな…」
愕然としたように少女がすると、横に控え…一人だけ冷静な面持ちで、こちらを見ていた三十半ば程の男が一歩進み少女に言った
「アリシア様。伝承によれば、勇者様は異界より来たお方です。とりあえず…今日の所はお休みいただき、明日に聖剣抜いていただくのがよろしくかと…」
姫にそう言って、男がこちらをちらっと見て薄く笑う。
ゾクッ!と背筋に悪寒のようなモノが走り抜ける。
…怖いな。
「そ、そうですわね…!勇者様。こちらにどうぞ」
気を取り直したように、多少は慣れたのか…少女は笑顔で僕を促す。
…ちょっと口が引きつり気味だけど。
★
どうやら王女様である金髪の少女(万一に備えてか幾人かの騎士達も一緒にいる)にランプに照らされた通路を案内されて、一室にたどり着いた。
ガチャ。「どうぞ…。勇者様を泊まらせるには貧相かもしれないですが…なにぶん貴賓室の中で一番良い部屋がここになりますので、お許しください」
メイドのように頭を恭しく下げた王女様が、扉を開けると…いくらお金を使っているのか考える事が馬鹿らしいほどに、あくまで豪奢にならないように、品良くまとめられた部屋が、ランプの灯りに照らされて広がっていた。
…なんという無駄使い。…や、貴賓室で一番良い部屋と言ったのだから、他国の王族を泊まらす事もあるのだろうから…財力を見せつける一種の示威なんだろうけど…。
「アウラ!」
王女様が声を上げると、どこに潜んでいたのか1人のメイドが現れる。
「はい」
恭しく頭を垂れるメイド。
王女様ほどでは無いが…相当な美人であるうえに、ゆったりとしたメイド服の上から分かるほどに抜群のプロポーションをしている。
「勇者様。何かこざいましたら、このメイドになんでもお申し付けください。それでは私はこの辺で失礼させていただきます」
そう言って王女様は騎士達と共に、部屋を出て行ってしまう。
メイドさんと二人きりで残された僕。
さて…どうしたものか…。
★
召喚された勇者を部屋まで案内したアリシアは、周りの騎士達に気づかれぬように、心の中でため息をついた。
アリシアは考える…本当にあの凶悪な目をした少年が勇者なのかと…。
気のせいかもしれないが(実際に気のせい)…私の肢体を舐め回すような視線で見られたような気がするのだ。
アリシアは身を僅かに震わせる。
魔王を勇者が討伐したあかつきには…自分は恐らく勇者と結婚する事になるだろう。
昔の威光に陰りが見え始め、それと反比例するように勢力を広げている帝国。
今や聖王国セレスティアは、建国の勇者の威光が薄れ、国や王族に対する忠誠心を失った貴族達諸侯の横暴がまかり通り、街や村では王国…ひいては王族に対する不満が溜まっている。
それらを抑える為には、邪悪な魔王を打ち破った勇者を王族に取り込むのが一番都合が良いのだ。
アリシアは…魔王による被害も出ていないのに、勇者を召喚するのには抵抗があったが…頼れる存在が腹心グリードと近衛の騎士しかいない以上…やがて政権は諸侯の誰かに奪われ、唯一の直系であるこの身は【王】の座を獲得した者の妻になるか…帝国に売られるかのどちらかだ。
アリシアはその事を考え、日に日に自覚のないため息が漏れ出るようになった。それを見たグリードが「ならば…勇者を召喚しては如何です?」と言ったのだ。
幼い頃から憧れ、初恋のような淡い想いを抱いた相手は…伝承とはかけ離れた悪魔のような…いや、それ以上に凶悪な目つきを宿した少年だったのだ。
…今頃は欲望を剥き出しにして、アウラに襲いかかっているかもしれない。
勝手に抱いた印象を元に、妄想を膨らませるアリシア。
「姫…。よろしければこちらを肩にお掛けください」
フワリ…と直属の護衛のリチャードが、寒さで震えていると勘違いして、ガウンをアリシアに掛けた。
アリシアは驚きながらも、リチャードに「ありがとう」と華やいだような笑顔を浮かべる。
「…ッ!勿体無きお言葉です」
リチャードは顔が熱くなるのを感じて、顔を俯かせた。
それに気づかぬまま…アリシアは何事もなかったように寝室に向かうのだった。
★
「あー…アウラさん?でいいんですよね?」
困惑した僕はとりあえず、メイドさんとコミュニケーションを取ることにした。
「勇者様に名前を覚えていただき光栄です」
メイドのアウラさんが、やわらかに微笑む。
…!…僕の目を見たら怖がるのが普通なのに…完璧な微笑み。異世界のメイドさんはすごいな。
とそれはともかく…。
「僕、勇者じゃないですけどね。今日は疲れたので、もう寝ますからアウラさんも休んでいいですよ」
「かしこまりました」
アウラさんは頷くと…首もとに手をやると、エプロンを取り、その下の服まで脱ぎ始める。
「えっ?えっ!?」
僕は口から言葉に成らない言葉を発しながら呆然とする。
…何かしら予兆や雰囲気があればともかく…急に目の前で美人が服を脱ぎ始めれば、何も出来ず固まるだろう。
かと言って目を背ける訳ではない。いや、正確には目を背けなかった。
メイド服により隠されていた、その白磁器のように艶やかな肌がランプの灯りに照らされて、艶めかしくも幻想的な美しさを醸し出していた。
何より服の上からでも分かるほどの、一流グラビアアイドルのようなプロポーション。
そして…アウラさんは淫魔のように蠱惑的な表情を浮かべると、夜刀に近づいた。
「えっ…なに?なにこれ…?」
僕は困惑した。そして…アウラさんが近づいて、僕の手を触るか触らないか分からないほどに僅かに、人差し指を僕の手につーと這わせる。
ゾクゾクと背筋にくすぐったいような、気持ちいいような、言葉では表現出来ない感覚が走った。
「勇者様…。私が勇者様の疲れを癒やして差し上げます…ね」
そう言ってアウラさん色っぽい瞳で、こちらをジッと見つめて指先を僕の胸に這われた。
先ほど以上の感覚が今度は全身を走り抜ける。
頭の奥がジンジンと熱を持っているようだ。
僕の中で堪えきれないナニかが爆発しそう時…。
「…ッ!」
僕の足の小指を…ツキが捻った。
僕は足の痛みに顔を歪める。ジクジクした嫌な痛みだ。
目の前のアウラさんを見ると、水を差されたような少しだけ覚めた顔をしている。
チャンスと思い、僕は尽かさずに言った。
「お気持ちはありがたいんですが!本当に寝たいので、アウラさんも休んでください」
そう言ったら、アウラさんはクスッと僅かに笑う。
多分この笑みが、アウラさんの本当の表情なんだと…なんとなく思った。
「承知致しました。勇者様。ですが…お情けを頂ける時はいつでも言ってください」
アウラさんは、イタズラぽい微笑みを浮かべると…素早く服を着て、僕に一礼するとそのまま出て行った。
「この戯け!何を色香に迷っている!?」
「ごめん、ごめん。でもツキのおかげで助かっ…た?」
僕が苦笑を浮かべて声に振り向くと、そこに居たのは…子供だった。
「えっ?えっ!?ツキ…だよね」
「当たり前であろう!むぅ…!悩殺ないすばでぃが、台無しじゃ」
そう言ってツキは頬を膨らませた。
いつもと同じ動作だけど、外見が8歳くらいの子供なので、いつも以上に可愛らしい。
「ところで…何で子供な姿でいるのさ?」
ちなみに着ていた着物も、どういう理屈か小さくなっている。
「いや…それがじゃな?ワシにも分からんのじゃよ」
あっけらかんとツキは言う。
「…なにそれ…」
「なにそれと言われてもな…。ワシにも分からんが…召喚された時に力をなぜか消費してのぅ。だから省エネモードの美幼女なの…じゃ」
喋っている間、ツキは目をしばかせる。
「ツキ…?」
「すまぬ…な。お前が…私と話す為に…メイドを…部屋からさっさと出したのは…分かっているが…今は少し…休みたい」
そう言ってツキは僕の影に入り込んだ。
さて…どうしたものか?
この先どうするかをツキと話そうと思ったんだけど…。
「仕方ない…本当に寝るか」
情報がない以上…いくら考えても仕方ない…。
そう思って夜刀は眠りについた。
★
眩い太陽の光を浴びて僕は起き上がった。
「あんまり寝れなかった…」
変にベッドが柔らかすぎるのである。
横になるとベッドが、羽毛と棉の二重構造なのか…ふわふわと沈み込みながらも確かに受け止められる…。多分最高級のベッドなんだろうけど…産まれてから、ずっと布団で寝るのに慣れている僕には寝づらい…。
キョロキョロと辺りを見渡すと、落ち着かない気分になってくる。
視界に飛び込んで来るのは最高級品であろう品々だ。
自分でいうのも何だけど…目はそれなりに肥えている。…もし万が一壊したら…この世界の平均給与なんて分からないけど…一生働いても弁償出来るか、どうか…そう考えると落ち着けやしない。
ソワソワとした気分でいると「失礼します」という声と共に、新幹線などで見かけるリヤカー?を押してアウラさんがやって来た。
リヤカーの上には、水の張られた洗面器、タオルなどが置かれている。
アウラさんは微笑むと「おはようございます」優雅にお辞儀した。
「おはようございます」
それに釣られ、僕も頭を下げて朝の挨拶をする。
「これ、使っていいんですか?」
水の張られた洗面器を指差して、聞くと「もちろんです。これは勇者様の為に用意した物です」
と言われたので遠慮なく、顔を洗わせてもらう。
うん。やっぱり…朝は顔を洗わないと気分がシャキッとしない。
どこのお坊ちゃまか、アウラさんにタオルを手渡され、顔を拭いて洗面器の隣に目を向けると…歯ブラシらしき物とコップがあった。
手に取ると柄は木で作られ、ブラシの部分は何らかの動物の毛が植え付けられていた。
コップに入った水に付けてブラシを浸して、ゴシゴシの口の中を磨いていく。
うん…。やっぱり…固い。
使い続ければイイ感じの固さになるんだろうけど…今は普通の感覚で磨くと口の中に鉄臭さでいっぱいになりそうだった。
磨き終えて、口の中を水で濯ぐと、僕は悩んだ。
この歯垢だらけの水をどこに捨てようか…と。
僕の様子を見て、すぐに察したのかアウラさんが洗面器示して「こちらにどうぞ」と言う。
なんとなく躊躇いつつも、このまま口の中に留めるのも、飲み込むのも嫌なので洗面器に水を戻した。
その後、アウラさんがリヤカーを下げると、朝食を持って来てくれた。
野菜にハムエッグに、白いパンと柑橘系らしいフルーツとコンソメぽいスープだ。
食べ物の臭いに食欲を刺激され、もぐもぐと朝食を平らげていく。
味はまぁまぁ。可もなく不可もなくだ。
…ん〜。この世界の文明はどれくらいのレベルなんだろうか…。歯ブラシや、この朝食を見る限り近世と中世の間ぽいけど…ちらっと昨日灯っていたランプを見る。
昨日は火の光で気づかなかったが…あのランプ…中に燃やす為の油を染み込ませた布とかが無いのだ。
代わりにあるのはルビーのような石。
おそらく…魔石とか精霊石とかと呼ばれる魔法の力が働くモノなのだろうけど…そうなると僕の居た世界とは違う形に、文明が発展してる可能性があるんだよな…。
ん〜。12〜14世紀くらいのヨーロッパの文明レベルなら、多少は僕の持つ現代知識で立ち回れるかと思ったけど…これは難しいかな。
夜刀は最初、この世界に来た頃から考えていた。どう行動するべきかを…正直仮に本当に勇者なら、面倒だし関係ない人間巻き込むな!
と言いたいが、そのまま勇者をやっただろう。
でも夜刀は己が勇者じゃないだろうと半ば確信していた。
理由は勘。最初に如何にもな状況で召喚された時点で、あっ…これ間違いだな。
と思ったのだ。
まだ平均寿命の半分も生きていない夜刀だが…これまで直感が外れた事はない。
だから…問題は昨日何やら話していた聖剣とやらである。
それが抜けず、勇者としての素質がないと判断された時だ。
出来れば元の世界に帰して欲しいが…多分あれは一方通行の召喚なんだろなぁ…。
さて…どうしたものか。
「勇者様。そろそろ儀式の時間ですのでお召し物を…」
僕が考え込んでいると、アウラに声をかけられた。
「儀式って…昨日話していた聖剣とやらですか?」
「はい。勇者様にはこれから、三百年前に魔王を打ち倒した勇者にして…この国を建国した救世王と呼ばれる方が使用した聖剣を抜いていただきます」
アウラさんの説明によると…あまりに強い力を秘めた剣の為…救世王と呼ばれる勇者が魔王を倒した後に、勇者とそれを召喚した救世の御子が封印を施したらしい。
そして…それが解除出来るのも、扱えるのも新たに異世界から召喚された勇者だけらしい。
…何、やってくれてるんだ勇者!
自分の子孫が使えるようにしろ!
…はぁ、そんなバカな理由で、僕は異世界に拉致同然で召喚されたのか…。
僕が肩を落として、少し憂鬱な気分でいると、パンパン!とアウラさんが手を叩く。
すると召使いらしき、燕尾服を着た男2人が、太陽の光を浴びて…キラキラと輝く白銀の鎧を運んで来た。
所々に金色と蒼色で魔術めいた紋様が施されている。
イケメン主人公や、どこぞの王子様が着たら、さぞかし似合うだろう。
…あれ…?この場にそんな人いないよ…。
僕は恐る恐る、アウラさんに目を合わせると、ニコッと微笑まれ…「じゃ…着替えて頂きますね?」
「ちょ…!?やっ…やめ…」
つかつかと近くに来た2人の男達に剥かれ、鎧を着せられたのだった。
★