表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

#1 出立

次の日・ラミアの月・第二無土むつち


学舎を後にした僕は、停留所へ向かっていた。

運がよかったのか、昨日ユウィンナとは遭遇しなかった。

こうなるとよほど大きな仕事とかでない限り会うことはないから安心だ。


日が昇ったレノビアはちょうど朝市の時間で、あちこちから呼び込みや競りの声が聞こえてくる。

その声はどれも活気にあふれていて、こっちも元気をもらえる。

久しぶりに感じるの街の息吹に、少し心が躍る。

顔見知りの店に、少し寄って行きたいけど・・・・馬車の出発時間までそんなに余裕はない。

昨日の夜はしゃぎ過ぎて夜更かししたのがよくなかった。

残念だけどあきらめていこう。そう心を決めた時、声をかけてくる人がいた。


「お嬢ちゃん、焼き立てパンはどうだい!? 今ならこいつもサービスするぜ?」

「お 嬢 じ ゃ ね ぇ!!!!!」

「すまん、すまん!! お前さんだったか。悪気はねぇ! コイツで勘弁してくれ!!」


条件反射で答えて振り向いた俺の目に映ったのは、なじみのパン屋とおやっさんだった。

何度も通ったことのあるパン屋の主人なんだけど、忙しい時になるとどうにも俺を女と見間違える、困った人だ。腕は確かなのになぁ。

そんなおやっさんから投げて寄越されたのは、1つの袋。


「これから帰るんだろ? 道中にそれでも食ってけ。食ってもっとでかくなれよ」

「ありがとう、でも最後は大きなお世話です!!!」

「もう、お父さんったら・・・・ごめんなさいね?気をつけて、いってらっしゃい」


がはは、と笑うおやっさんと眉をハの字にした娘さんに手を振って別れ、再び歩を進める。

こうやって自分を覚えてくれている人がいるのは、うれしいと思う。

まだほのかに暖かい袋の熱が、心に移ったみたいにふわふわとする。足取りが軽い。

目的の場所はすぐ近くで、何度も使ったことがあるから迷うこともなくあっという間に着いた。

問題は数ある馬車の中から目的の馬車を見つけることだ。


僕の探している馬車は、この町と一角獣の瞳のある街を結ぶ定期便。


「召喚士なら移動に適した召喚獣を呼べばいいじゃん!」とか思っただろうが、初めて呼ぶにはいろいろ準備が必要なんだ。

それにはお金がかかるものもあって、正直今は呼べない。

学舎の授業のとき召喚して契約した奴は居るけど、出来れば呼びたくない。

別に、見た目がやばいとか、危ないとかそういったのは無いんだけど・・・・まぁ、移動には適してないから、呼んでもしょうがないってやつだ。

あんまり気にしなくて良い、かな。ちょうど目的の馬車を見つけたし。


こちらも顔なじみになった馬車の主のおばs・・・・お姉さんに名前を告げて予約書を見せる。


「いつもありがとね、トゥレアちゃん。あんたがいると野郎共がいつもより働くのよ・・・・卒業だなんて寂しくなるわぁ」

「あはは・・・・。アクアリウラでもここの商品買おうと思ってますから、また会えますよ」

「あらぁ! それは嬉しいわねぇ。あいつらも喜ぶわ! もうすぐ仕入れも終わるから乗って待っててちょうだいな」

「はい。ありがとうございます」


すすめられるまま馬車に乗り込む。そう経たないうちに馬車が揺れ始めた。

喧騒が少しずつ遠ざかっていく。


あのお姉さんは何度言っても「ちゃん」付けで呼ぶのをやめてくれない。

似合うとかそういう問題じゃないのに・・・・言っても聞かないので早々に訂正をあきらめて好きなように呼んでもらっている。

そう、いちいち呼び方で腹を立てたりしない。ムキになったりもしない。


この定期便はレノビアからアクアリウラへ食べ物とか流行の小物とか、あとはバスターズが使う消耗品を売りに行くための馬車で、さっきのお姉さんの好意で同じ方向の人も乗せてくれる。

もちろんただではないけど、普通の乗合馬車に比べるとお手ごろだ。

乗り心地はやや劣るけど、町に着くまでの食料を分けて貰えるとかの利点もある。

食料といっても、お姉さんの手作り料理で、これが商隊の中でも美味しいと評判なんだ。

料理を楽しみにして乗っているといっても過言ではない。それくらいに美味しい。


美味しいと言えば・・・・さっきおやっさんからもらったのはなんだろう。

ごそごそと袋をあけると、入っていたのはクロワッサンとリンガパイだった。


おやっさん、覚えててくれたんだ・・・・顔と性別は覚えてくれなかったのに・・・・


おやっさんの店のパンはどれも美味しいけど、店の看板となるほど人気なのはさくさくのクロワッサン。

例に漏れず、僕もクロワッサンが好きだ。

でも、僕があのお店で一番好んで買っていたのはリンガパイの方だ。


パン屋さんなのにパイ?と言うのは無しだよ。

おやっさんの店のパイは、リンガがとろとろに溶けているのと、しっかりと形の残ったものが入っていて、外のパイ生地は時間が経ってもさくさくなんだ。

このリンガパイは店の隠れ名物だと思ってる。

もっと人気が出てもおかしくないし、もっと知ってもらいたいけど僕の分はとっておいてほしい。

そんな商品だ。


だから、こうやってもらえるのは凄く嬉しい。

・・・・これ、おやっさんじゃなくて娘さんが用意してくれたのかな・・・・

どちらにせようれしいことには変わりないや。早速食べよう。




荷物とともに揺られながら、時は進む。


そうしてその日の夜。

お姉さんの手料理をおなかいっぱい食べて、寝るまで少しのんびりしている所、だったのだが。


僕の乗った商隊は、モンスターに襲われていた。

襲ってきたのはリザードマン5体。

ハンターの人が応戦しているが、なんとも言いがたい。

リザードマン特有のすばやさに攻めあぐねているような状態だ。

一方で、リザードマンのほうもハンター達の防御を突破できずにいる。

押して押されて、五分五分の戦況。


このままだと埒が明かない。

装備的に先に体力が尽きるのはハンターたちだろう。

・・・・やるしかない、かな。

実践は初めてじゃない。大丈夫。

まだ成り立てだけど、僕だってバスターズだ。

戦闘は得意じゃないし相性わるいけど・・・・四の五の言ってる場合じゃないよな。

そう、こういうときに動けてこそだって、言ってた。


よし、と覚悟を決めて言葉を紡ぐ。

リザードマンに気が付かれないように小さめの、でも確かな声で。


「我求めるは、契約の獣なり。来たれ、ストーンゴーレム」


それは、力ある言葉。

言葉は光となって、ひとつの魔方陣となる。

言葉に従って編み上げられたそれから、石の塊が出てくる。


石でできた人型のモンスター。

それが今呼び出したモンスター・・・・ストーンゴーレムであり、今の僕の主戦力だ。

最初は別のやつを呼び出したんだけど、いろんな意味で使えないから先生たちが情けをかけてくれてこいつを呼び出すことができた。


獣かと聞かれれば絶対に違うけど、獣騎士テイマーをつかって契約したモンスターを召喚士サモナーの能力で呼ぶ場合はほぼ全て「獣」として呼び出すことになってる。

理由はよくわからなかったけど、魔法がそう組まれているから、と覚えている。


前に出てきてるリザードマンが、ゴーレムに気がついた。

大丈夫。まだ遠い。


「風の加護を与えん――《加速(アクセル》」


獣騎士テイマーが使える、サポート魔法からゴーレムの欠点である敏捷性の低さを補うものを使う。

これで少しはリザードマンについていける、はず。

この組み合わせはぶっつけ本番だから効果のほどはわからない。

けどないよりまし、なはず!


「前進、なぎ払え!」


こちらに向かっていたリザードマン2体に向けて、ゴーレムの右腕がなぎ払われた。

ぶん、と風を切る音がした、と思った次には骨がひしゃげるような音がして、気が付くとリザードマンはいなくなっていた。

いなくなっていた、と言うか。

バウンドしながら飛んでった・・・・


なんだか、思ってたより早い。

実践で使うのは初めてだし、効果を見誤っただけか?

それにしたって・・・・いや、いいや。

この場で力になってくれるなら何だっていい。

少し大きめに息を吸って、遅くなった合図をする。


「加勢します!!」


ハンター達にできる限りの大きな声で告げて、ゴーレムをさらに前進させた。


それからは、あっという間だった。

ゴーレムは巨体を生かして逃げ道を奪い、ハンター達が攻撃して仕留める。

リザードマンたちはその素早さを十全に生かせなくなり、逃げる前に全滅した。

初めての連携にしてはかなり上出来なものだったんじゃないかな。

よかった。僕でも役に立てて。


「いや~一時はどうなるかと思ったけど、皆無事でよかったわぁ~!!」

「まったくだな! こんな街道でモンスターに襲われるたぁ思ってなかった!」

「んだんだ。バスターズに報告しとかねばだぁ」

「あ、だったら僕が報告しておきますよ」


バスターズだし。もののついで?とか言うやつだ。

この辺は安全な街道なはずだし、何か異変があったのかも知れない。

この先、少し警戒した方が良いかもしれないな。


「トゥレアちゃんが報告してくれるなら一安心だね。しっかり頼んだよ」

「はい、任せてください」

「うんうん。いい返事だ。もう夜深いから、ゆっくりお休み。頼りないかもだけど、見張りはあっちの野郎共がするからね」

「ありがとうございます。えっと、その・・・・お疲れ様です、おやすみなさい」


そう言って割り当てられた場所に向かう。

後半の部分に、俺はどう返していいのか分からない。

冗談、だよな? 目が怖かったよお姉さん・・・・


後から、もっと強くならねぇとなぁという呟きが聞こえてきた。

・・・・がんばれ。俺も、もっと強くならなきゃ。


「お前もありがとな」


傍らに立つ、物言わぬ石塊に礼を告げて帰還の魔法を唱える。

一瞬だけストーンゴーレムの放つ魔力がすこし温かみのあるものに変わって見えた。

なんだろう。

本当に瞬きより短い間だったから、ただの思い過ごしとか、見間違いかもしれない。

でも、想像は自由だ。

たとえば、お礼を言われて嬉しかったとか?だとしたらゴーレムにも意思があるってことで・・・・なんだか、凄いことに思えた。


リンガ

低木になる、黄色い皮の実。

皮の色だけが違う、この世界の林檎。


2017/11/22 内容の追加・変更

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ