叶える仕事
新年明けましての初詣に際し、少女にはどうしても叶えたい願い事があった。
「今年こそS君とクラスが離れますように。」
心の中で唱え終わると、ぼんっと派手な音を立てて目の前に妙な着物を着た少年が出現した。もしかして願いを叶えてくれる御使いかしら。胸をときめかせる少女に少年は言った。
「君、他人の不幸を願ったから罰則ね。そのうち軽い怪我をするから。」
じゃあ、と言って消えようとする少年の裾を、少女は慌てて掴んだ。
「私、不幸なんか願ってないわよ。」
「願ったじゃないか。君とクラスが離れたら不幸になるって宣言してる人間をこっちは知ってるからね。」
「私だってその人なら知ってるわよ。ストーカーもどきでこっちは苦労してるんだから。」
「知ってて願ったのか、より悪いね。」
「じゃあ、なんて願えば叶えてくれるのよ。」
少年は、うーん、と考えた後に言った。
「例えば『Aさんが僕の思いに気付いて幸せになりますように。』と言った人間の願いは叶えられるかもしれない。或いは『社長が横領に気付かないまま穏やかな気持で亡くなってくれるように』とかね。」
「その願い事だってAさんや社長は不幸になるじゃない。」
「いえ、そんなことはないですよ。僕達は人を幸せな気持にしたり穏やかな気持にしたりすることにかけてはプロフェッショナルですから。奥儀として伝わる特製の暗示でもかければ、どんな人だってフワフワした気持にできるんです。」
「そんなの本人は望んでないでしょう。」
「望んでなくてもいいんですよ。基本的には幸せにするのが僕らの仕事であって、願いを叶えるっていうのはまた別の話ですから。あなたが今付き合っている人だって、僕達の仕事の成果なんですよ。」
「一体それは誰のどんな願いごとの結果なのよ。」
「それは企業秘密です。」
「言わないと帰さないわよ。」
少女は裾を握る手に力を込めた。その様子をチラッとみて、ため息を吐くと、少年は諦めたように口を開いた。
「あなたの彼氏の前の彼女さんが願ったんですよ。『彼が私と別れて、暴力を振るわれても耐えられる新しい彼女と幸せになれますように。』って。」
「うそよ。だって私は現に、耐えられないと思ってるのに。」
「それでも何故か幸せでしょう。別れたいとも思っていないはずだ。それは僕達がそういう風にあなたを作り変えたからですよ。でも残念なことに、その幸せな気持もここまでです。本人がその事実を知ってしまうと効力がなくなるもので。」
「なんてこと、してくれたのよ。」
「大丈夫です。安心してください。」
少女が呆然とし、手から力が抜けた隙を見計らって、少年は舞い上がった。彼の身体はもはや手の届かないところに浮上している。
「今回だけ、特別に上書きしてあげますよ。そうすれば貴方は間違いなく幸せになれます。僕らプロの力に間違いはありませんから。それではS君と、どうぞお幸せに。」