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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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95話:基盤

人が、流れ込んでくる。終わったはずの戦場から、焼けた村から、崩れた街から。難民、負傷者、そして孤児たち。列は途切れず、道は人で埋め尽くされ、重なり合う叫び声が空気を濁らせている。泣き声、呻き声、名前を呼ぶ声。それらが混ざり合い、この場の現実という名の巨大な音として響いていた。


臨時の受け入れ拠点は、もはや仮設とは呼べない規模に膨れ上がっていた。土で固められた地面、即席の天幕、引き込まれた水路と焚かれた火。最低限の秩序だけが、そこにはあった。


その中心に一人の神官、リュミエラが立っていた。彼女の白い衣は、泥と血で黒ずんでいる。だが、彼女は止まらない。手をかざせば、光が広がる。柔らかく、しかし確実に傷を閉じ、熱を引き、呼吸を整える光。それは優しいが、万能ではない。


「次の列、間隔を空けてください。重傷者は左へ、歩ける方は右へ」


彼女の声は落ち着いている。焦りはないが、余裕もない。彼女は全てを制御していた。以前の彼女なら、全員に手を伸ばそうとして迷い、立ち尽くしただろう。しかし今は違う。順序を決め、優先をつける。それが救うための最適解だと理解しているからだ。


「この子を……!」


母親が泣き叫びながら、ぐったりとした子供を差し出した。呼吸は浅く、顔色は絶望的に悪い。リュミエラは一瞬で状態を視る。魔力の流れ、内臓の損傷、治療に必要な時間。そして周囲の状況。感情に支配されることはない。計算する。


「こちらへ」


彼女は膝をつき、子供に手を当てた。光が強まる。広域的な治療ではない。単一対象への深い干渉。膨大な魔力が削り取られていく。だが、ここは惜しまない。呼吸が戻った。わずかに、しかし確実に。


「……助かるのね」


母親が崩れ落ちて泣き崩れる。リュミエラは何も言わず、次の患者へと視線を移す。止まらない。止まれない。


「次」


その言葉は淡々としていた。だが、それが必要だった。


後方では、エルディアが配置した訓練を受けたばかりの人員が動いていた。動きは拙い。だが、統制されている。


「この区画は軽傷者限定。水は一人一単位、余分は出すな」


指示が徹底されるたびに、混乱が少しずつ削り取られていく。それでも、足りない。人も、物も、時間も。


「……足りない」


リュミエラが小さく漏らす。それは嘆きではなく、限界を確認する事実の提示だ。


「次、来てください」


すぐに切り替える。今度は広域の術式を展開する。十人、二十人。まとめて、浅く、だが確実に。傷を塞ぎ、痛みを和らげ、命を繋ぐ。以前なら、そんな中途半端な救いなど否定していただろう。だが今は違う。


「救える範囲を広げます」


深く救うか、広く救うか。リュミエラは後者を選んだ。その中で救える命を最大化する。負荷が増し、魔力の消費が激しい。だが、止めない。止めないと決めたのだ。


「リュミエラ様、このままでは持ちません」


補助の神官が不安そうに告げる。リュミエラは即答する。


「持たせます。交代時間をずらし、負荷を分散させてください」


「はい!」


指示が通り、組織が機能し始める。それでも、限界はある。間に合わない命が一つ、また一つと失われていく。リュミエラはその最期を目に焼き付け、目を逸らさない。だが、歩みは止めない。次へ行く。それが彼女の選択だった。


「……ごめんなさい」


誰にも聞こえない声で呟き、彼女は再び光を灯す。


その姿を、遠く壁際の影から見つめる者がいた。アルト・フェルディスだ。彼は動かない。だが、全体を見ている。無駄を、効率を、そしてリュミエラの変貌を。


理想を捨てたわけではない。理想を実現するために、現実に合わせる術を学んだ。それが強さだ。


「……いい」


短く呟く。アルトは満足したように頷いた。機能している。それだけで十分だ。彼は前に出ない。もう回っているからだ。


リュミエラは知らない。見守られていることを。だが、知る必要もない。彼女はただ、また一人、光で命を繋ぐ。


その日、難民は受け入れられ、負傷者は処理され、孤児はまとめられた。完璧ではない。だが、崩壊はしなかった。それが意味するのは、基盤の確立だ。戦うための基盤ではない、生きるための基盤。


その中心にいたのは、泣きながら手を伸ばすだけの神官ではない。限界を知り、それでもなお、手を止めない神官だった。


リュミエラは、救える力になり始めていた。






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