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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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93話:反発

中央は、戻り始めていた。だがそれは機能の回復などではない。単に声が戻っただけだ。つい先ほどまで責任を押し付け合い、決断から逃げていた者たちが、口々に文句を垂れ流し始めた。理由は単純。現場が回り始めたからだ。自分たちが何もしなくとも、死なないと確信した瞬間、人は安全な場所から安全な言葉で批判を始める。


臨時会議場は再び熱を帯びていた。しかし、それは危機に立ち向かうための熱ではない。既得権益を脅かされた者たちの怒りだった。


「これは越権だ!」


最初に声を上げたのは、中堅の侯爵だった。声は大きいが、その瞳は恐怖に震えている。


「暫定とはいえ、正式な承認を経ていない!」


机を叩く音が乾いた響きを立てる。


「何より、準男爵家の二男風情が、国家の軍を指揮するなど前代未聞だ!」


ざわめきが波紋のように広がり、同調の声が重なる。


「そうだ!」

「秩序が崩れる!」

「貴族制度を何だと思っている!」


彼らの憤怒の根底にあるのは、秩序への固執ではない。自身の足元が揺らぐことへの恐怖だ。これまでの序列が、実績という冷徹な基準の前で無力化されつつあることへの、生理的な拒絶だった。


議題の中心には、アルト・フェルディスの名があった。本人はそこにいない。呼ぶ必要がないと思われているのか、それとも呼ぶことさえ恐れているのか。


「このままでは、王権すら軽視される!」

「是正すべきだ! 直ちに指揮権を返還させよ!」


声は強くなり、勢いを増す。だが、誰も肝心なことは言わない。「どうするか」「誰がやるのか」。代替案は誰の口からも出てこない。言えないのだ。今、現場で起きている奇跡に近い最適化を、自分たちで再現できるはずがないと心のどこかで理解しているからだ。


会議場に重苦しい沈黙が混じる。そこに、扉の開く音が響いた。


入ってきたのは、一人。アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイア。


前回とは違う。迷いがない。装飾を排し、感情の揺れを削ぎ落とした彼女は、ただ機能としてそこに立っていた。彼女が歩みを進めるだけで、さっきまで騒がしかった会議場が氷のように静まり返る。


「続けなさい」


アンジェリカは短く言った。先ほどの侯爵が息を呑み、言葉に詰まる。


「アンジェリカ様……これは、あくまで現状の是正について……」


「発言を許可した。続けなさい」


格が違う。彼女がそこにいるだけで、場の中央が塗り替えられる。


「……先ほど申し上げた通り、現状は越権行為であり、是正が必要です。特に、アルト・フェルディスの立場は……不適切です」


侯爵が言い切った瞬間、場が凍りついた。全員が次の言葉を待つ。アンジェリカはわずかに目を細めた。評価し、分析し、そして断ち切る。


「で?」


一言だった。侯爵が呆然とする。


「……で、とは?」


「その是正とやらで、誰が、何をするの?」


沈黙。誰も答えない。


「言いなさい」


静かな促し。だが、そこには逃げ場のない圧があった。


「それは……正式な手続きを経て、王都の指揮系統を再構築し……」


「誰がやるの」


遮るように、もう一度突き放す。誰がこの大混乱の戦場を統率し、物資を回し、命の選別を行い、戦線を維持するのか。侯爵は押し黙る。答えがない。


アンジェリカは完全に理解した。これは議論ですらない。現実から目を背け、古い看板にすがりつこうとする卑小な逃避だ。


「なら、黙りなさい」


声が低く落ちる。全員の鼓膜に突き刺さるような冷たさがあった。


「結果を出せる者が、上に立つのよ。それがこの戦で証明された。血統でも、格式でもない。結果だけが、今の基準」


アンジェリカは侯爵を一歩ずつ追い詰める。


「あなたたちは、何を出したの? 現場は回っている。民は死んでいない。戦線は維持されている。それを否定するなら、代替案を出しなさい」


誰も動けない。反論など論理ではなく、実績という名の壁が彼らの前に立ちはだかっていた。アルト・フェルディスという名の実力。それを誰も否定できない。


「ヴァルクレイア公爵家は、現行体制を支持する。異議があるなら、結果で示しなさい」


確定。逃げ場は完全に潰された。


アンジェリカは背を向け、悠然と歩き出した。誰も追わない。止めない。必要がない。もう、決まってしまったのだ。


貴族たちは理解した。力でも、理屈でもない。象徴がどこに立つかで世界は決まる。


アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイアは、アルトの横に立つことを選んだ。その場所が、今の世界の中心なのだと、彼女自身の存在が証明した。


現場の統治は認められたわけではない。だが、否定もされなかった。それで十分だった。国家の歯車は、彼らの意志とは無関係に、正しい方向へと回り始めていたのだから。






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