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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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91話:空白の玉座

中央は、静かに壊れていた。


会議場には喧騒がある。激しい怒号も飛び交っている。だが、それは何一つとして機能していない音だ。誰が責任を取るのかという押し付け合いの声。決裁から逃れるための言い訳。本来であれば、迅速に処理されるべき書類の山が机の上で築かれ、印は押されず、命令は宙を舞う。


玉座は、空いていた。

誰も座っていないわけではない。だが、統治者としての機能が、そこには決定的に欠落していた。


高位貴族たちが円を描くように並ぶ。序列だけは厳格に守られている。しかし、その序列には何の力も宿っていない。言葉だけが空虚に積み上がり、決定はいつまでも下されない。


「まずは今回の損耗に関する責任の所在を明確にするのが筋ではありませんか」

「その前に、補給線の寸断に対する報告が先だろう!」

「報告など後回しで良い! まずは王都に対する体裁を整える方が……」


言葉は重なり、意味を失っていく。大侵攻という未曾有の危機を乗り越えたはずだった。勝った。だが、その勝利を形にするための処理に、彼らは決定的に失敗していた。


損耗の整理、再配置、民衆の保護、そして崩壊した補給線の再構築。どれ一つをとっても一刻の猶予も許されない問題ばかりだ。だが、中央は“正しい手順”という名目の責任転嫁に終始し、止まったままだった。


「今は……決められない」


誰かがつぶやいたその言葉が、会議場の空気に広がった。

その一言が、すべてを露呈させた。決める者がいないのではない。決める責任を背負う覚悟を持つ者が、一人もいないのだ。玉座は実質的に、空白だった。


同時刻。


戦場の外縁。瓦礫と土煙が混ざり合う場所では、先ほどとは対照的な音が響いていた。

短い指示。即答。駆け回る兵たちの足音。


ここでは、すべてが流れていた。人も、物も、そして命も。


その中心に、アルト・フェルディスはいない。彼はただ地図の端に立ち、戦場全体を見渡せる位置で、静かに世界を把握している。干渉はしない。だが、綻びが生じた瞬間にだけ、最小限の力で修正を加える。


「第三中隊、左に二十。空いた穴を埋めろ」


短い命令。説明はいらない。


「了解!」


兵士たちは即座に動き出す。アルトの言葉に迷いはない。彼が命じることは常に理に適っており、最短で最善の結果を導くと誰もが知っているからだ。


アルトの隣では、エルディアが鋭い眼差しで地図を押さえている。


「南側、再び圧が上がっている」


彼女の声に感情はない。ただ、圧倒的な速度で戦況を読み解く。アルトがわずかに視線を向け、短く応じる。


「切る」


「範囲は?」


「ここからここまでだ」


迷うことはない。エルディアは即座に命令を変換し、兵たちに伝える。


「南第三ライン放棄。第四ラインへ収縮!」


声は張りがあるが、怒鳴る必要はない。兵たちは躊躇いなく動き出す。それが、生き残るための、そして勝利を維持するための正解だと理解しているからだ。


その背後では、リュミエラが傷ついた者たちの元で光を放っていた。


負傷者が次々と運ばれてくる。血の匂いと荒い呼吸が充満する中、彼女の手から広がる光は柔らかく、しかし広範囲を包み込む。完璧な治癒ではなく、生存率を高めるための広域的な変質術式だ。


「重症、三。軽傷、九。順に回します」


リュミエラは淡々と命の選別を行う。助手が迷いを見せても、彼女は冷静に告げる。


「後」


残酷ではない。多くの命を救うための優先順位。その判断が、全体を壊滅から守っている。


アンジェリカは、その全てを見渡していた。中央に立つ必要はない。象徴として、高貴なる矜持を背負って立つだけで、その場の統率を強固にする。


「補給、遅れているわね」


静かな声。誰かが言い訳をしようとするが、アンジェリカはそれを許さない。


「言い訳は不要よ。どこで詰まっているか、それだけを報告なさい」


空気が張り詰める。兵士の報告が変わる。


「第二輸送路が崩落しています。代替路は未確保です」


「なら、作りなさい」


アンジェリカの即断に、エルディアが応える。


「可能ですが、戦線に一時的な負荷がかかります」


「許容範囲内ならやりなさい」


決定。責任を背負うのが、彼女の役割だ。象徴としての誇りが、曖昧な指示を許さない。


アルトは、それをただ見守る。機能している。それだけでいい。


その時、一人の伝令が慌てた様子で走り込んできた。


「中央からの命令ですが……」


言葉が途切れる。伝令は呆然としていた。中央からは、何一つとして指示が出ていないからだ。空白。それが現実だった。


アルトは、視線をわずかに動かし、短く切り捨てる。


「無視」


伝令は一瞬戸惑ったが、すぐに決断した。


「了解!」


中央が機能していないのなら、現場で回す。もはや迷う必要はない。


エルディアが小さくつぶやく。


「上が死んでいるな」


「ええ、でも下は生きています」


リュミエラが光を灯しながら答える。アンジェリカがその言葉を受けて、静かに宣言した。


「なら、問題ないわ。機能している方で回すだけ」


アルトは深く息を吐き、戦場を見据える。


「上が機能しないなら、下で回す。それだけだ」


声に揺らぎはない。誰も反論しない。すでに、そうするしかないと全員が理解しているからだ。中央は空白。だが、現場は完璧に機能している。


玉座は空いている。しかし、世界は止まらない。誰が座っているかではない。誰が動かしているか。それがすべてだった。


戦場は、動き続ける。止めない限り、止められない限り。


そして、その中心にいるのは……もう、かつての中央ではなかった。






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