9話:戦場の女
辺境の村を包む空気は、もはや恐怖に支配されてはいなかった。
そこにあるのは、圧倒的な「暴力の美学」と、それを当然の結果として受け入れる冷徹な合理性だ。
新しく現れた女、エルディアの動きには、一切の迷いがなかった。彼女が剣を振るうたび、魔物の命は単なる演算上の「消去対象」として処理されていく。加速、接触、切断。その三工程以外をすべて排除した、純粋な死の旋律。
一方、アルト・フェルディスの動きもまた、それと同質の異様さを放っていた。
彼は自らの身体を一つの「精密機械」として定義している。魔力による身体強化は、骨格の耐久値を計算に入れ、筋肉の収縮率を最大化する。彼の踏み込みは、地面の反発係数すら利用した「加速」だ。
「……ふむ。出力調整、完了。個体別解体工程に移行する」
アルトは、倒れ伏した魔物の残骸を見下ろし、淡々と告げた。
周囲の村人たちは、そのあまりに非日常的な光景に腰を抜かしていたが、アルトにとってはこれが「日常」の続きに過ぎない。
彼は右手をかざし、アイテムボックスを展開した。
空間が歪み、巨大な魔物の死骸が次々と吸い込まれていく。だが、それは単なる収納ではない。
(非生物対象、同時解体術式。……素材の劣化を防ぎつつ、可食部と非可食部を分離)
アイテムボックスの中で、アルトの魔力がメスのように振るわれた。
骨を断ち、皮を剥ぎ、不純物を含んだ血液を排出する。
数分後、ボックスから取り出されたのは、血抜きが完璧に施された「肉」の塊と、魔力を帯びた「魔核」だった。
「エルディア。そこの大鍋に火をかけろ。リュミエラ、水を用意しろ。浄化は済ませておけ」
「……私を、厨房へ送るつもりか?」
エルディアが、剣の柄に手をかけたまま、わずかに眉を寄せた。
「生存にはエネルギーが必要だ。この魔物の肉には、戦場で散った魔力が残留している。摂取することで、欠乏した魔力回路を物理的に補填できる。……拒否する理由は、合理性に欠けるはずだ」
アルトはそう言い捨てると、大鍋の前に立った。
彼は先ほど吸収した魔力の残滓を指先に集め、水と肉、そして整理された保存食の野菜を投げ込む。
(魔力煮込み(マナ・シチュー)。成分組成、安定化。……残留魔力の毒性を、ピュリフィケーションの術式で中和しつつ、栄養分のみを凝縮)
鍋の中で、魔物の肉から溶け出した魔力が、青白い燐光となってスープに溶け込んでいく。本来なら魔物の肉は毒性が強く、そのままでは食用に適さない。だが、アルトの「最適化」は、毒を薬へと変質させる。
やがて、芳醇な肉の香りが広場に漂い始めた。
「さあ、摂取しろ。これは『食事』ではなく、次なる稼働のための『補給』だ」
アルトは木製の器に盛り付けたスープを、リュミエラ、エルディア、そして呆然としている村人たちへと手渡していく。
リュミエラは、恐る恐るそのスープを口にした。
「……っ! 温かい……。それに、魔力が……内側から満たされていくのが分かります」
消耗しきっていた彼女の顔色に、みるみるうちに朱が差していく。
一方、エルディアは無言でスープを啜った。一口、二口と運ぶうちに、彼女の鋭い瞳に宿っていた警戒の色が、わずかに弛緩する。
「……悪くない。……効率を考えれば、妥当な味だ」
「味は変数の一つに過ぎない。摂取の拒否感を減らすための調整だ」
アルトは自分用の器を手に取り、無機質に栄養を体内に流し込んだ。
彼は食事中も、村の損壊箇所の修復スケジュールを脳内でアップデートし続けている。
「エルディア。お前の剣筋、精度は高いが、重心移動にわずかなロスがある。左足の踏み込みを1.5センチ短縮すれば、初動を0.03秒縮められる」
「……貴様、戦いながらそこまで見ていたのか」
「計算すれば分かることだ。……リュミエラ。お前は魔力回路の負荷がまだ高い。そのスープを飲み干したら、一時間の静止休養を取れ。これは命令だ」
「ふふ、分かりました。……アルトさん、料理をしている時くらい、少しは『美味しいね』とか、言えないんですか?」
「必要ない。結果がすべてだ」
アルトは空になった器を置き、立ち上がった。
広場では、魔力のスープによって活力を取り戻した村人たちが、お互いの生存を喜び合いながら談笑を始めている。
死と隣り合わせの戦場。そこに、アルトの提供した「補給」が、小さな安らぎという名の副作用をもたらしていた。
エルディアは、残りのスープを飲み干すと、アルトの背中を見つめた。
「……名を聞こう。無駄のない男」
「アルト・フェルディス。合理の遂行者だ」
「アルトか。……いいだろう。この村の生存確率、私が少しだけ引き上げてやってもいい」
エルディアが剣を鞘に納める音が響く。
最強の戦力、エルディアの合流。
そして、魔力のスープによって強化された村人たち。
アルトの演算通り、この村はもはや「弱き辺境」ではなく、一つの「要塞」へと進化し始めていた。
第9話、戦場の女。
煮え立つスープの煙の向こうに、明日という名の「生存」が、確かな形を持って現れていた。




