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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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36話:会議

夜の帳が辺境の村を深く包み込んでいた。


村の集会所。使い古された木製の机を囲み、一本の蝋燭が揺れている。その小さな光が、四人の男女の横顔を濃い陰影と共に浮かび上がらせていた。


アルト・フェルディス。

アンジェリカ・ラファ・ヴァルクレイア。

エルディア・ヴァレンティナ・グラディウス

リュミエラ。


先の小規模戦という名の「検証」を終え、彼らの間にある空気は、昨日までのそれとは決定的に異なっていた。不純な感情は削ぎ落とされ、そこにあるのは「次に来る巨大な波」をどう捌き切るかという、生存のための純粋な緊張感だけだ。


アルトは無機質な動作で、机の上に一枚の羊皮紙を広げた。彼が自ら描き込んだ村の構造図だ。


「……方針を決める」


前置きも、情緒的な呼びかけもない。アルトの言葉は、冷たい刃のように場を切り裂いた。


「前提は三つ。

 戦線は維持する。

 回復は回す。

 物資は切らさない」


机の上に指を置き、一点ずつ圧をかけるように示す。


「この三軸のどれか一つでも折れれば、村は数分で崩壊する。これまでの場当たり的な対応は、今回を以てすべて廃棄する」


アンジェリカが身を乗り出した。公爵令嬢としての気品は崩さないが、その瞳には焦燥よりも深い、アルトの「解」を暴こうとする知的な渇望があった。


「火力を一点に集中すれば、敵の戦意を早期に挫き、短期決戦に持ち込めるはずだわ。私の家系に伝わる軍略では――」


「崩れる」


アルトは視線すら向けずに遮った。


「火力を集中させるために密度を上げれば、範囲攻撃や事故による損害が指数関数的に増大する。先ほどの検証で、お前の騎士たちの被弾率は予測値を三割上回った。却下だ」


アンジェリカは唇を噛み、沈黙した。結果という名の事実に、反論の余地は一分子もなかった。


「回復を……もっと手厚くすれば」


リュミエラが、消え入るような声で提案する。だが、その言葉もアルトの合理に即座に否定される。


「増えない。人員は固定だ。お前の魔力も、予備の触媒も有限のリソースだ。……『手厚く』という曖昧な定義は、計画を狂わせるノイズでしかない」


「……はい」


リュミエラは力なく頷いた。彼女はすでに理解していた。この男の会議において、感情的な願望は一文の価値もないことを。


エルディアは腕を組み、背後の壁に寄りかかったまま、面白そうに目を細めている。


「御高説はいい。……結論を言え。どう回す?」


アルトは羊皮紙に、三本の太い線を書き込んだ。


「三層構造にする。

 第一層――接触ライン。

 ここは『止める』。敵を倒す必要はない」


アンジェリカの眉が動く。

「止めるだけ? 殲滅しなければ、圧力が上がり続けるわ」


「削るのは後ろだ。前線は盾に徹し、敵の機動力を殺すことにのみ特化させる。攻撃のための予備動作を排除すれば、防御効率は二倍に跳ね上がる」


役割の完全な分断。アルトの言葉に、エルディアが低く唸った。


「第二層――処理ライン。

 弓と魔法。ここが主火力だ。前線が固定した敵を、安全圏から間断なく、かつ正確に間引く」


「第三層――回復・予備。

 リュミエラ、お前はここから動くな。負傷者は運ばれてくる。お前が戦場を走る時間は、救えるはずの命を捨てる時間と同じだ」


リュミエラの視線が上がる。動線の固定。それは一見冷たいが、彼女が最も効率よく「救い」を提供できる形だった。


「重要なのは『流れ(フロー)』だ」


アルトが机上の線を繋ぐ。


「前が止める。

 中が削る。

 後ろが回す。

 個人の英雄的判断は一切禁止する。すべてこのラインの構造で自動的に処理する」


徹底した、属人性の排除。誰かが強くある必要はない。システムが正しく機能すれば、結果は保証される。


沈黙が会議室を満たした。

アンジェリカは頭の中で、アルトの提示した三層構造を再構築していた。密度を上げず、かつ火力を維持し、損害を最小限に抑える。彼女が求めていた「高潔な軍略」の、さらに先にある「冷徹な完成形」。


(……認めざるを得ないわ。これこそが、この戦場における唯一の正解だわ)


エルディアは、壁から背を離した。

「崩れない構造。戦場では、派手な手柄より何百倍も価値がある。……問題ない。乗ってやる」


リュミエラも、小さく、だが力強く頷いた。

「……はい。これなら、私も迷わずに回せます」


アルトは全員の顔を順に見渡した。

「異論は?」


誰も口を開かなかった。

アンジェリカの誇りも、リュミエラの慈愛も、エルディアの闘争心も。いまやアルトが引いた三本の線の中に、一つの巨大な「目的」として統合されていた。


「なら、これで行く」


決定。

簡潔にして絶対的な、合理の勝利。


蝋燭の火が揺れ、地図の上に四人の影が重なった。

それは、昨日までバラバラだった歯車が、一つの巨大な機構へと組み上がった瞬間だった。


辺境の村。

絶望という名の闇の中で、アルト・フェルディスが設計した「生存の歯車」が、静かに、そして力強く回り始めた。


第36話、会議。

方針は、全員採用。

合理の支配は、ついにその全容を現そうとしていた。

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