もしも総理大臣に転生したならば
僕が総理大臣になったらやりたいこと。右翼左翼中道などのイデオロギーに関係なくやってみたいことを述べる。これから紹介する実現させたい政策は、右翼にも左翼にもWin-Winとなるイデオロギーに関係なく全ての人間にお得な情報となる。そのためイデオロギーに関わらず全ての人に見てほしい。
イデオロギーに関係なく僕がやりたいことは二つ。
まず一つ目にやりたいこと。それは兵器のオリンピックを開くこと。多種多様な国の兵器で競い合う軍備の祭典を開催したいのである。
『ガールズ&パンツァー』の戦車道のような事を戦車だけでなく、戦闘機や艦隊や潜水艦などの兵器の試合を世界各国と行えるようにするのだ。言わば、兵器の『機動武闘伝Gガンダム』である。兵器同士の試合を一大エンタメにするのである。
『遊☆戯☆王』の海馬瀬人のアミューズメント思考と海馬剛三郎の軍事産業思考を良いとこ取りしたハイブリットである。戦争の為ではなく、エンタメとしての娯楽兵器こそが理想の兵器のあるべき姿だと啓発する事で、兵器による武力行使がない平和な世界を目指そうというのが、僕の提唱するビジネススキームだ。
試合は無人兵器によって行う。無人兵器なら不測の事故で人命に関わる事故が勃発する心配もない事から、遠慮なく全力で本気の試合を行える。実弾も遠慮なく使えるようにするのである。各国が無人戦車・無人戦闘機・無人艦隊・無人潜水艦の開発に取り組み、それで試合を行えば、世界的な大会を実現する事ができる。兵器の全身全霊の戦闘が見られるのは、戦争以外ではこの祭典だけである。
兵器の試合の良い所は、実用性の低い兵器の開発にもお金をかけられる事である。「多砲塔戦車」等の実践では切り捨てられたような珍兵器でも試合なら活躍できるのである。「多砲塔戦車」が廃れたのは開発にやたらお金が掛かるからと言うのも大きな要因であるが、兵器の祭典での経済効果を加味すれば、「多砲塔戦車」の開発に莫大な予算を投じることができるようになるのである。また、「多砲塔戦車」は指揮や操作が複雑な事も欠点として挙げられているが、無人で一元管理しAIに操縦させればそのデメリットをオミットできる。
実践では活躍できない兵器でも、興行でなら活躍できる。実践で活躍できるか怪しい兵器に膨大な予算は掛けられないが、エンタメを盛り上げる為なら、惜しみなく予算を投じられるのである。
また、アミューズメント志向であれば、「移動要塞」の開発・研究も予算を投じることができる。「移動要塞」とは架空の産物で、実践的な移動要塞は存在しなかった。だが、アミューズメントでなら、そうした架空の兵器を開発・研究するモチベーションになりうる。
「移動要塞」の開発・研究には兆単位の予算が溶けるかもしれないが、それによって莫大な経済効果が得られるのであれば莫大な予算も湯水のように使い潰せる。
「移動要塞」は兵器の祭典の目玉競技なりうるのである。他にも、ガンダムのような実戦向きでないロボット兵器の試合をロボ相撲のように行う事も可能である。
さらに、「多砲塔戦車」や「移動要塞」のような実践的でない試合用兵器を開発する際に、実用向けにも役に立つノウハウ・技術力を得られる可能性もある。実践的でない試合用兵器でも真面目に開発すればそれだけ技術力も精錬されるはずだ。その技術力を生かしてより強い兵器が開発されれば、防衛力も強まり、より平和な社会が実現される。
また、娯楽用の兵器を開発しても、偶然、実践にも耐えうる兵器が生まれるという化学反応が起こる可能性だってなくはない。実践的な「多砲塔戦車」や「移動要塞」が生まれる可能性もなくはないのである。「多砲塔戦車」や「移動要塞」の新たな可能性を見出せる良い機会になるのだ。
それに、戦車の大会に自爆ドローンや歩兵ロボなども用いた実践に近いレギュレーションを組めば、実践的なデータの取集をする事も可能ではある。
いずれにせよ、娯楽兵器の開発でも、実用兵器の開発に繋げる事はでき、各国の国防力高まり、その抑止力により、より平和な世界を実現できる。
また、兵器の祭典でお互いの手の内を晒し合う事で、お互いの戦争意欲を削ぐことができる。自分の手札を見せながらポーカーをしたいという者は居ないのと同じである。
『アイアンマン』の映画でも「最良の武器は使わずに済む武器だ」と言われている通り、使わなくても良いだけの抑止力で平和を維持する為にも、兵器の祭典は有用だ。
しかし、使わない兵器に大金を使うのは勿体ない。そこで、使えないはずの兵器を活用して無駄をなくそうというのが兵器の娯楽化である。
人殺しの道具を人を殺さないように使う。実に人道的だろう?人道的な観点からも兵器版オリンピックを行うべきなのである。
莫大な金額を掛け興行用の強い兵器を開発し、兵器の祭典により、それ以上の経済効果で儲ければ、さらに強い娯楽兵器を作れ、次の祭典ではさらなる経済効果で儲けられ、さらに強い娯楽用兵器がまたまた作れる。まさに無限ループ。正のスパイラル。
強い娯楽兵器が作られれば作られるほど、その技術も高まっていき、より高い技術力を獲得できる。また、兵器開発で得られたその技術を日用に転用すれば人類の文明はますます快適になる。軍事技術が日用品に転嫁されるのはそう珍しくはない。娯楽用の兵器開発で得られた技術力を日用に転嫁できればそれだけ工業も発展する。
良いことだらけだ。
一つ目にやりたいことは兵器のオリンピックの開催。以上だ。
続いて二つ目にやりたいこと。それは類人猿に人間の交雑だ。類人猿と人間の間に子どもを産ませる事。それが二つ目にやりたいことである。
『ダーウィン事変』のヒューマンジーを現実の世界に実現させたいのである。
異種間交雑は、本来何百万年もかかる進化の過程をすっ飛ばして一瞬の内に遺伝子の進化を引き起こすことができる裏技だ。異種間交雑の可能性は無限大だ。
類人猿の遺伝子を継いだ人類が生まれれば、人類による「細胞共生進化」を実現する事ができる。人類と言う種に類人猿の細胞を共生させる訳だ。チンパンジー並の運動神経やゴリラ並みの腕力を持ち、人間並の知能を兼ね備えたスーパー霊長類とも呼ぶべき新たな進化の可能性を見いだせる。
類人猿と人間の子どもを作るという事は、それだけ子どもの人数が増えるという事であり、少子化に苦しむ日本社会では歓迎されるべき事である。
よって、類人猿と人間の子どもが作られるのはめでたい事なのだ。
類人猿と人間のハーフを作る事を反対する人達は居るだろうが、そのような反知性主義者に忖度する必要はない。類人猿と人間のハーフを作る事を禁じようするのは現代の異端審問だ。学問の自由を侵害する「令和のガリレオ裁判」である。
類人猿と人間のハーフを作る事を「神への冒涜」だという人達は何様のつもりなのか。神の代弁者にでもなったつもりか。神の代弁を語る事こそが烏滸がましいことだ。
進化論を唱えたダーウィンや地動説を唱えたガリレオだってかつては弾圧されてきたが、今では偉人として扱われている。1000年前の非常識は1000年後の常識。時代が変われば常識も変わる。1000年後には類人猿と人間の子孫が、僕の研究が正しい試みだった事を語り継いでくれるだろう。
類人猿と人間の子作りをタブー視する人達は後1000年。後1000年待って欲しい。1000年経てば僕と君たちのどちらが正しいか判定できるはずだ。
類人猿と人間のハーフを作る。やってみなくては分からない。
「(類人猿と人間のハーフを)誰か見たのかよ!誰も見てないだろ!だったらまだわからないじゃないか!」
類人猿と人間のハーフは生殖能力がないと言う人もいるが、それをだれか見たのかよ?やってみなければ分からない。現にライオンとトラのハイブリッドは生殖能力を持つ個体が生まれることもある。
「無理と分かっていてもやんなきゃいけねえ時だってあるんだ!!」
やってみなければ分からない。やってみれば類人猿と人間のハイブリッド化が正しいかどうか分かるはずだ。
そこに可能性があるならどこまでも突き詰めたいと思うのが知性主義者なら当然だ。
アインシュタインの相対性理論は、「その内容を真に理解できたのは世界でわずか3人」と言われているが、凡人の僕が考える事だ。僕の考える事を理解してくれる人は世界に5万といるはずだ。いや、理解できる人が八百万でもおかしくはない。総理大臣になったら有志を集めて類人猿と人間のハーフの作成を実現させる。
類人猿に人間の交雑。それが2つ目のやってみたい事だ。以上。
一つ目のやりたい事は工業・二つ目のやりたいことは生物学の知識が必要。しかし、今更勉強しても間に合わない。しかし、総理大臣ならば、自分ができない研究でも他人に実現させられる権力が得られる。それが、僕が総理大臣になりたい理由である。
総理大臣になれば研究者じゃなくても自分がやりたい研究が実現できる。
誰でもイデオロギーも関係なく実現したい夢がある。右左無関係な政策こそ、もっとももっと議論されるべきなのである。




