第七話 戦場への逃避、そして残像
翌朝、飛燕は疲労と混乱の中で目を覚ました。隣には、深い眠りについている、無邪気な子供のような顔の黎明がいた。
(私は……私は、いったいどうしてしまったんだ? 私は春蘭を愛していたはずなのに)
しかし、飛燕の心は、黎明との夜の激しい残像で満たされていた。彼の唇の感触、その指先の熱……すべてが、飛燕の意識から離れなかった。
飛燕は、黎明の愛から逃れるように、再び戦場への出陣を強く願い出た。北の国境の危機は、もはや待てない状況だった。
黎明は、飛燕の必死の懇願と、国境の危機を前に、ついに折れた。
「わかった。行け、飛燕。貴方の武功は、私にとって最大の盾になる。だが、いいか。貴方に傷一つでもつけば、貴方を送った私自身を呪うだろう」
黎明は、飛燕の甲冑を身につけるのを手伝いながら、彼の唇に何度も口づけをした。
「必ず、無傷で帰ってこい。もし貴方が、他の誰かに命を捧げるようなことがあれば、貴方の魂を黄泉の国から引き戻してでも、私だけのものにする」
飛燕は、黎明の病的な愛を背負い、戦場へと向かった。
北方の戦場は、凄惨を極めていた。しかし、飛燕の力は、以前よりも増していた。彼は、黎明との夜に得た、強烈な独占欲と、生への執着を力に変え、鬼神のような戦いぶりを見せた。
(生きなければ。あの皇子の元へ、無傷で帰らなければならない。私の命は、もう、私一人のものではない)
戦場で長槍を振るう飛燕の脳裏には、敵の血飛沫ではなく、黎明の熱に浮かされた顔がちらついていた。




