理不尽で無責任な世界で
「やりたいこと多すぎて時間足んないわ、マジで!」
輝くような明るい笑顔でそう言った彼女は、高校三年の夏に事故で亡くなった。
光のような人だった。
底抜けの明るさも
周りをの心を照らすような快活さも
そして、あっという間に消えてしまった命も。
夏休み。
塾の夏期講習を受けながら俺は彼女のことを思い出す。
伸びない成績、越えられない壁、天寿を全うできない命。
未来を追い求める者が死に、時間を持て余している者がのうのうと生きている。
この世は理不尽で溢れている。
彼女には夢があった。
役者になるのだと言っていた。
勉強はつまらない。つまらないことは時間の無駄。
何故なら人はいつ死ぬかわからないから。
なら今やりたい、なりたいもののために時間を使うべきだと彼女は言っていた。
まぁ、勉強しない為の言い訳だったのだろう。
けど受験に追われた俺たちをよそに芝居に打ち込み、日々を楽しそうに過ごす彼女は眩しかった。
勉強は俺だって嫌いだ。
けど、やりたい事は見つからない。
ある日俺がそう口にした時、彼女は笑って俺の手を引いた。
俺を海まで連れて行った彼女はご高説垂れるわけでもなく、ただ無邪気に海水を蹴り上げていた。
それを見て俺は気付いた。
俺は、他人の意志で人生を歩むことに漠然とした不安を抱えていたのだと。
将来の為に勉強をしなさい。
いい大学に行きなさい。
大人たちの言葉は間違っていない。
けど勉強を頑張って、いい大学に行って、それでもその先で自分の人生を楽しめなかったとしたら。
その時、大人たちが責任をとってくれることはない。
それが怖かったのだろう。
そしてそんな思いとは無縁に、のびのびと過ごす彼女の生き方こそが美しく見えたのだ。
夏期講習がまだ続いているはずの時間。
俺は夕日に染まる海を見つめる。
きっと彼女は未練だらけのまま逝ったのだろう。
誰よりも生きたかっただろう。
一粒の雫が頬を伝った。
夏期講習をサボった。
ちっぽけな反抗だ。
けど、心は軽かった。
彼女のように明確な夢があるわけじゃない。
彼女がやりそうなことを真似たところで彼女が帰ってくるわけではない。
でもせめて、彼女がいた証だけは残して生きていきたい。
時間が有限であるということを教わった。
彼女はもう時間を持たない。
けど俺にはまだある。
ならば彼女から教わった生き方を真似て、誰かの言葉ではなく自分の意志で生きていこう。
彼女との出会いに意義があったと、生き方で示していこう。
俺はあの日によく似た海を目に焼き付ける。
深呼吸を一つして海に背を向ける。
ゆっくり藍色へと変わっていく空が、大きな一歩を踏み出した俺を静かに見守っていた。