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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子準決勝

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終わる情報戦

 セットカウント 静寂 1 - 1 幽基


 第二ゲーム スコア 静寂 11 - 2 幽基


 第二ゲーム終了のコールと共に、体育館に響き渡った大きなどよめきと称賛の声は、まだ私の耳の奥で反響していた。


 私は、肩で大きく息をしながら、ベンチへと戻る、絶望的な状況から一ゲームを取り返したという、強烈な達成感と、次への闘志が、私の思考をクリアに保っていた。


「しおりちゃん!やったね!本当に、本当にすごかったよ!あのサーブ、部長先輩のサーブそっくりだった!幽基選手、完全に固まってたもん!」


 あかねさんが、目を潤ませながら、しかし満面の笑みで駆け寄ってくる。その手には、既に新しいドリンクと、汗を拭くための乾いたタオルが用意されていた。


 彼女の献身的なサポートは、今の私にとって、何よりも心強い。


「…ありがとうございます、あかねさん。」


 私は、彼女からドリンクを受け取り、ゆっくりと口に含んだ。


「ですが、まだセットカウントはイーブン。次のゲームが、この試合の本当の分岐点となるでしょう。」


「うん…でも、さっきのしおりちゃん、本当にすごかった。第一ゲームの時は、どうなっちゃうかと思ったけど…未来選手、第二ゲームはなんだか動きが悪かったよね?しおりの変幻自在の攻撃に、ついていけてなかったみたい。」


 あかねさんは、自分のノートに目を落としながら、不思議そうに首を傾げる。


 私は、タオルで顔の汗を拭いながら、第一ゲームと第二ゲームの未来選手のデータを脳内で比較分析していた。


「…幽基選手は、第一ゲームにおいては、私の作戦メモの情報を的確に利用し、私の思考と戦術を完全に支配していました。彼女の『異質』な卓球と、情報アドバンテージの組み合わせは、確かに脅威でした」


 私は静かに、しかし確信を持って続ける。


「しかし第二ゲーム。彼女はその『作戦メモの情報』という絶対的な武器に、逆に囚われすぎていたように見えます」


「え?囚われすぎていた、ってどういうこと?」


 あかねさんが、興味深そうに私を見る。


「私の分析では、彼女は極めて高い情報処理能力と、それを実行するだけの技術を持っています。第一ゲームで、彼女は私の『既知のパターン』を完璧に読み解き、対応してきました。しかし、私が第二ゲームで、あえて『裏ソフトのみでの速攻』という、彼女の持つ私のデータとは異なる戦術を選択した時、彼女の思考ルーチンに、僅かな『エラー』が生じ始めた」


 私は、指先でトントン、とペットボトルを軽く叩きながら、思考を整理する。


「彼女は、私の行動を『メモの情報』というフィルターを通してしか見られなくなっていた。私がアンチラバーを使わないという選択をした時、彼女の脳内にあった『静寂しおりの対策』の大部分が無効化され、新たな対応策を構築するのに時間を要した。そして、その間に、私が畳み掛けた予測不能な攻撃の連続…特に、カットのモーションからのドライブや、各種模倣サーブのコンビネーションは、彼女の思考のキャパシティを超え、結果として、彼女自身の得意とする『異質』なカットの精度をも低下させた…んだと思います」


「そっか…!だから、幽基選手のカット、第一ゲームの時みたいに『生きている』感じがしなかったんだね…!」


 あかねさんが、納得したように手を打つ。


「はい。彼女は、本来持っているであろう、純粋なカットマンとしての高い技術と、変幻自在の変化で勝負すれば、私に対してもっと優位に試合を進められたはずです。それこそ、第一ゲームの序盤で見せたような、私のアンチですら処理に窮するような『異質』なボールを、もっと多用できたはず。それをしなかったのは、あまりにも『私のデータ』に固執し、私の『既知の弱点』を突くことだけに集中しすぎた結果。ある意味、彼女は自分の強みを活かせず、自滅に近い形で第二ゲームを落としたと言えるでしょう。…少々、もったいない戦い方でしたね、彼女にとっては。」


 私の言葉には、ほんのわずかな、しかし確かな「憐憫」にも似た響きが混じっていたのかもしれない。


 それは、強敵に対する、ある種の敬意の裏返しでもあった。


「じゃあ、次の第三ゲームは…?」


 あかねさんが、緊張した面持ちで尋ねる。


「…予測するに、彼女は、そして彼女のコーチは、このインターバルでその点に気づくはずです。第二ゲームでの敗因を分析し、これまでの『情報戦』から一度距離を置き、彼女本来の卓球――つまり、純粋なカットマンとしての、あの『異質』な戦い方――に回帰してくる可能性が高い。そして、それは、私にとって最も警戒すべき展開です」


 私は静かに、しかし確かな口調で断言する。


「次のゲームは、これまでのどのゲームよりも、タフなラリー戦になるでしょう。彼女の『変幻自在のカット』と、私の『異端の白球』どちらが先に相手の精神と体力を削り切るかの消耗戦です」


 私の言葉に、あかねさんはゴクリと息をのんだ。


 しかし、その瞳には、もう不安の色はない。


 ただ、私への揺るぎない信頼と、これから始まるであろう激闘への、静かな覚悟だけが宿っていた。


 インターバル終了のブザーが、間もなく鳴り響く。


 私の「異端」と、彼女の「異質」。その戦いの本質が、今、試されようとしていた。

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