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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子準決勝

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フェイントのフェイント

 彼女の瞳には、信じられないといった表情と、そして、目の前の私という存在に対する、純粋な畏怖と感嘆のようなものが浮かんでいた。


 サーブ権は私。スコアは7-2と大きくリード。


 しかし、油断はできない。未来選手の「異質さ」は、まだ底が見えない。


 そして、私の体力も、この常識外れの戦術によって確実に削られている。


(…彼女の思考は、今、私の「裏ソフトでのカット」という、ありえない選択肢に強く固定されている。ならば、その固定観念を、さらに利用する。これは、一度きりの奇襲。モーションの偽装も完璧ではない。よく観察されれば、いずれは見破られるだろう。だが、今の彼女の混乱した思考ならば、通用するはずだ)


 私は、再びラケットを裏ソフトの面のまま、そして、先ほどのカットマンのような低い守備的な構えで、サーブのモーションに入った。


 幽基選手の体が、再び私がカットで粘ってくることを警戒し、ほんのわずかに後方へと意識が向いたのが見て取れた。


 私は、ボールをトスし、そして、ごく普通の、回転量の少ないナックルサーブを、未来選手のフォアサイド深くに、ゆっくりとした弾道で送り込んだ。


 それは、まるで「さあ、あなたの得意なカットで、私を打ち崩してごらんなさい」とでも言わんばかりの、挑発的なサーブ。


 幽基選手は、そのサーブに対し、一瞬だけ眉をひそめたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、フォアハンドで、強烈な下回転をかけたカットを、私のバックサイド深くに送り込んできた。彼女の「異質」なカットは、やはり鋭く、そして重い。


 そして、その返球に対して――


 私は、ラケットを引く。


 その動きは、まさにカットを繰り出す寸前の、しなやかで大きなテイクバック。


 幽基選手は、そのモーションから、私が再びカットで応戦してくると予測し、その返球コースへと意識を集中させている。


 しかし、インパクトの瞬間――


 私の体は、カットのモーションとは全く逆の方向へと、爆発的な力で回転した。


 腰を深く落とした体勢から、全身のバネを使い、そして、カットをすると見せかけたそのスイングの途中から、強引にラケットの角度をドライブのそれへと変え、ボールの頂点を、強烈なトップスピンをかけて叩きつけたのだ!


 それは、守備的なカットのモーションから、一転して放たれる、超攻撃的なフォアハンドドライブ。


 モーションの偽装は、よく見ればドライブの予備動作が僅かに早く始まっているかもしれない、という程度のもの。


 しかし、相手の思考が「カットが来る」という一点に集中していれば、その微細な変化を見抜くのは至難の業。


「なっ…何を…!?」


 幽基選手の口から、初めて明確な驚愕と、理解不能なものへの恐怖が入り混じった声が漏れた。


 彼女は、私のカットを予測し、その返球コースへと意識を集中させていた。


 まさか、あの体勢、あのモーションから、これほどまでに鋭く、そして重いドライブが放たれるなど、彼女の卓球の常識からしても、ありえないことだった。


 ボールは、幽基選手の反応も虚しく、彼女のバックサイド深くに、まるで砲弾のように突き刺さった!


 三球目攻撃、成功。


 静寂 8 - 2 幽基


 体育館が、三度、静寂に包まれた後、これまでのどのどよめきよりも大きな、もはや悲鳴に近いような、信じられないものを見たという興奮と恐怖が入り混じった声で満たされた。


「今のは…カットじゃなかった…のか?」「あの体勢から、ドライブ…?嘘だろ…!?」

「あいつ、本当に人間か…?」


 あかねさんも、完全に言葉を失い、ただただ、その場で固まっている。


 彼らの表情は、私のこの常軌を逸したプレイに対する、純粋な驚愕と、そしてほんの少しの畏怖の色を浮かべていた。


 幽基選手は、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えている。


 その瞳は、もはや私を捉えることができず、ただ虚空を彷徨っているかのようだ。


 彼女の「異質さ」も、私のこの「冒涜的」なまでの予測不能性の前には、なすすべもない。


(…成功。一度きりの奇襲。カットのモーションからのドライブ。相手の思考の前提を、完全に破壊する。残存体力は少ない。このまま、一気に畳み掛ける。)


 私の思考は、冷徹に、そして勝利への最短距離を計算し続ける。


 このゲーム、そしてこの試合の主導権は、完全に私の手にあった。

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