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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子準決勝

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カット vs カット

 私の脳は冷徹に、しかしどこか愉悦にも似た感覚を伴って、次なる「冒涜」のシナリオを構築していた。


 私のサーブ。


 私は、ここでもラケットを持ち替えない。


 裏ソフトの面のまま、しかし、これまでの攻撃的な構えとは異なり、少しだけ台から距離を取り、腰を深く落とした、まるでカットマンのような、低い守備的な構えを見せた。


 体育館の一角が、わずかにどよめいた。


 控え場所のあかねさんも、私のその意図を測りかねて、困惑した表情を浮かべているのが気配で分かる。


 幽基選手の静かな瞳が、私のその異様な構えを、値踏みするように見つめている。


 彼女の思考ルーチンが、この新たな変数に対し、高速で対応策を検索しているのが見て取れた。


 私は、そんな彼女の反応を冷静に観察しながら、ボールをトスし、そして、ごく普通の、回転量の少ないナックルサーブを、幽基選手のフォアサイド深くに、ゆっくりとした弾道で送り込んだ。


 それは、まるで「さあ、あなたの得意なカットで、私を打ち崩してごらんなさい」とでも言わんばかりの、挑発的なサーブ。


 幽基選手は、そのサーブに対し、一瞬だけ眉をひそめたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、フォアハンドで、強烈な下回転をかけたカットを、私のバックサイド深くに送り込んできた。


 彼女の「異質」なカットは、やはり鋭く、そして重い。


 しかし、私は、そのボールに対し、攻撃的なドライブや、アンチでの変化ブロックを選択しない。


 裏ソフトの面のまま、体をしなやかに使い、ラケット面をボールの下に滑り込ませるようにして、幽基選手と全く同じような、美しいフォームから、深い下回転カットで返球したのだ!


 それは、本職のカットマンである彼女には到底及ばないまでも、卓越したボールコントロールと、回転への深い理解がなければ不可能な、質の高いカットボールだった。


「なっ…!?」


 未来選手の表情が、今度こそ明確に驚愕に染まった。


 彼女だけでなく、観客席も、そして部長やあかねさんまでもが、私のそのありえない選択に息をのむ。


 まさか私が、攻撃型の裏ソフトラバーで、カットマンの土俵で戦いを挑むなど、誰が予測できただろうか。


 幽基選手は、それでも冷静に対応しようと、再びカットで返球してくる。しかし、そのボールのコースは、ほんのわずかに甘い。


 私は、それを見逃さない。再び裏ソフトのカットで、今度は彼女のフォアサイドを深く突き、彼女を大きく左右に揺さぶる。


(…裏ソフトでのカット。アンチラバーでの変化とは異なり、回転を上書きし、相手の予測をさらに混乱させる効果がある。そして何よりも、この戦術は、彼女のプライドを最も直接的に刺激するはずだ。「あなたの得意な戦術で、あなたを打ち負かす」という、無言のメッセージ)


 ラリーが続く。


 幽基選手が繰り出す「変幻自在のカット」に対し、私もまた、裏ソフトのカットで粘り強く応戦する。


 時には深く、時には浅く。


 時には強烈な下回転をかけ、時にはナックルに近いボールを混ぜる。それは、まさに鏡合わせのような、しかしどこか歪んだ、異様なカットマン同士の戦い。


 私の体力は、確実に削られていく。裏ソフトでのカットは、アンチラバーでの省エネな変化球とは比較にならないほど、全身のバネと集中力を要求される。


 額からは、玉のような汗が噴き出し、呼吸も徐々に荒くなっていく。


 しかし、私の瞳の奥の光は、ますますその輝きを増していた。


 この「冒涜的」な戦術が、未来選手の精神を確実に蝕んでいるのを、私は感じ取っていたからだ。


 未来選手の顔からは、冷静さが消え、焦りと屈辱、そして感嘆の色が濃く浮かび上がっていた。


 彼女の「異質」なカットが、私の模倣によって、その神秘性を剥ぎ取られ、ただの技術として相対化されていく。それは、彼女にとって耐え難い屈辱だろう。


 そして、数本続いた長いカットラリーの末、ついに未来選手のカットが、ネットを越えずに力なく落ちた。


 静寂 7 - 2 幽基


「…嘘でしょ…しおりちゃん…カットまでできるの…?」


 あかねさんの震える声が、控え場所から聞こえてくる。部長も、もはや言葉もなく、ただ呆然と私を見つめている。


 私の「異端」は、相手の戦術を模倣しそれを凌駕することで、相手の存在そのものを否定する。


 この「裏ソフトでのカットマン戦法」は、私の体力という大きなリスクを伴う、まさに諸刃の剣。


 しかし、今の私には、この「冒涜的」な一手で、未来選手の心を完全に折りに行くという、冷徹な計算があった。


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