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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子準決勝

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異端 vs 異質

 県大会 女子シングルス準決勝


 第五中学校 静寂しおり vs 月影女学院 幽基未来


 セットカウント 静寂 0 - 0 幽基


 第一ゲーム。サーブ、静寂。


「…よろしくお願いします。」

「おねがいします。」


 スポットライトに照らされたような静謐なコートに、そして満場の観客が見守る体育館全体に響き渡った。


 私の「異端の白球」が月影女学院、幽基未来という、その名と佇まいだけで既に「異質」なオーラを放つ選手と、今まさに交わろうとしている。


 ベンチには、あかねさんが固唾をのんで私を見つめている。


 その手には、いつものようにノートとペンが握られ、私の全ての動き、そして相手の全ての反応を記録しようという強い意志が感じられる。


 観客席の片隅では、部長が腕を組み、厳しい、しかしどこか期待を込めたような眼差しで私を見つめている。


 そしてその近くには…第五中学のジャージを着た、あの女子生徒の姿も。


 私の思考は、それらの情報を一瞬で処理し、そして目の前の対戦相手、幽基未来ただ一人へと収束していく。


 彼女の雰囲気はやはり異様だった。


 静かで深く、そして底が見えない。


 その表情からは、緊張も高揚も、一切の感情が読み取れない。


 ただ、無機質なまでに静かな瞳が、私を射抜くように見据えている。


(…幽基未来。彼女の「異質さ」の根源は、まだデータ不足により特定不能。しかし、この初対峙の時点で、私の分析は、彼女が通常の卓球の法則性やセオリーだけでは測れない、極めて特殊なパラメータを持つ存在であると警告を発している。そして、私の作戦メモの情報が、彼女に渡っている可能性も、常に考慮に入れなければならない)


 私の最初のサーブ。


 私は、あえてこれまでの試合で見せてきた模倣サーブや、派手な変化サーブを封印した。


 そして選択したのは、私の最も基本的な、しかし最も相手を幻惑させてきた、回転の判別が極めて難しいナックル性のショートサーブ。


 コースは、幽基選手のフォアミドルへ。


 ネットすれすれを、まるで意思を持たずに漂うかのように。相手の出方を探る観測気球のような一打。


 幽基選手はそのサーブに対し、一切の予備動作なく、すっとラケットを出した。


 その動きは、水が流れるように自然で力みがない。


 彼女のラケット面がボールに触れた瞬間、カツンという乾いた音がした。


 返球は、私の予測とは全く異なる軌道を描いた。


 それは、強烈な下回転カットでもなく、攻撃的なフリックでもない。


 まるで、私のサーブの僅かなエネルギーすらも完全に吸収し、ボールがバウンドした瞬間、その場に「停止」したかのような、超低空のデッドストップだった。


 ネットを越えて、私のコートの、本当にネット際に、ぽとりと。


「…!」


 私は、咄嗟に前に踏み込もうとしたが、そのボールの「死に方」は、私のスーパーアンチが生み出すデッドストップとは明らかに異質だった。


 回転がないだけでなく、前進するエネルギーそのものが、完全に消滅している。


 私がラケットを伸ばした先で、ボールは既にツーバウンドしていた。


 静寂 0 - 1 幽基


(…なんだ、今の返球は。私のナックルサーブの微細な推進力と回転を、完全に読み切り、そしてそれを完全に「無」へと変換した?ありえない。物理法則を無視しているかのようだ)


 私の脳が、初めて明確な「エラー」を検知する。


 私の分析が、目の前の現象を正確に処理できない。


 続く私のサーブ2本目。


(…今の返球のデータは収集した。同じサーブでは、また同じように処理される可能性が高い。ならばここで変化を。私の「異端」の真髄を見せる)


 私は、今度は同じナックル性のショートサーブと見せかけて、インパクトの瞬間に手首を使いごく僅かな下回転と強い横回転を加えた。


 この予測不能な揺らぎを持つサーブを、先ほどとは逆の、幽基選手のバックサイド深くへと送り込んだ。


 回転とコース、そしてタイミング、全てを変化させた一球。


 しかし幽基選手は、その変化にも動じない。


 彼女は、私のラケットの微細な動きを読んでいたかのように、僅かに立ち位置を調整し、今度はバックハンドでボールの回転に逆らわず、しかし鋭く私のフォアサイド深くに、滑るようなツッツキを返してきた。


 そのボールもまた、私の予測を超える質を持っていた。


 私は、そのボールに追いつくのがやっとで、返球はネットにかかってしまった。


 静寂 0 - 2 幽基


(…二連続失点。それも、私が全く理解できない形で。彼女の「異質さ」は、私の分析と予測の、さらに上を行っている…)


 サーブ権を持ちながら二本落とした、少し不利に傾いたか。


 私が客観的な形勢判断をしていると、控え場所のあかねさんが、心配そうに息をのむのが気配で分かる。


 観客席にいる部長の眉間の皺が、さらに深くなったのが見えた。


 サーブ権は幽基未来選手へ。


 私の異端が、そして私の分析が、この幽基未来という「異質」な存在の前では、まだ全く通用していない。


 だが、私の心は不思議と冷静だった。


 いや、冷静というよりは、未知のパズルを前にした時のような、冷たい興奮に近いもの。


(…面白い。実に、興味深い分析対象だ)


 私の「静寂な世界」に今、最も難解で最も危険な「変数」が投入された。


 この「異質」を私の異端で、どう解析しどう攻略し、そしてどう「冒涜」していくか。


 私の本当の戦いは、ここから始まるのかもしれない。

 サーブ権は幽基未来選手へ。


 彼女は、先ほどまでと全く変わらない、静かで、掴みどころのない佇まいのまま、サーブの構えに入る。


 そのモーションは、やはり風が木の葉を揺らすかのようにしなやかで、そこからどのような回転のサーブが繰り出されるのか、全く予測がつかない。


(…彼女のサーブ。モーションからの回転の判別は極めて困難。ならば、まずは返球の安定性を最優先し、ラリーの中で彼女の「異質さ」のデータを収集する)


 幽基選手から放たれたサーブは、私のフォアサイドへと低い弾道で滑り込んできた。


 回転は…下回転か?いや、微かにナックルのようにも見える。


 私は、無理に攻撃的なレシーブは選択しない。


 ラケットをスーパーアンチの面に持ち替え、ボールのバウンドの頂点を捉え、相手の回転を殺しながら深く、そしてコースを突いて彼女のバックサイドへと返球した。


 私の得意とする、変化をつけた安定したレシーブ。


 しかし幽基選手は、そのアンチラバーからの返球に対しても、全く動じない。


 彼女は、まるで私の返球の質とコースを完全に読み切っていたかのように、静かに、しかし素早く回り込み、フォアハンドで、強烈な下回転をかけたカット性のボールを、私のフォアサイド深くに低い弾道で送り込んできた。


 それは通常のカットマンが打つような、山なりで時間的余裕のあるカットではない。


 より直線的で、鋭く、そして回転量の多い、「攻撃的なカット」とも言うべき一打だった。


「…!」


(…アンチラバーのナックル性の返球に対し、自ら強烈な下回転をかけ直し、攻撃的なカットでコースを突いてくる?通常のセオリーではありえない。彼女の「異質さ」は、ここにも…)


 私はその鋭いカットに対し、咄嗟に裏ソフトの面に持ち替えドライブで応戦する。


 しかし、ボールの回転量は私の予測を遥かに超えており、そして何よりもそのボールがバウンドした後の「伸び」が異常だった。


 まるで、ボールが台の上で加速したかのように、私のラケットの芯を外てしまい力なくネットにかかる。


 静寂 0 - 3 幽基


 またしても、理解不能な形でポイントを失う。


 彼女の卓球は、私のこれまでのデータ、経験、そして分析モデルの全てを嘲笑うかのように、その上を行く。


 次の幽基選手のサーブ。


 今度は私のバックサイドへ、先ほどとは異なる、回転量の多い下回転サーブ。


 モーションは同じように見えるが、球質が全く異なる。


 私はそれをスーパーアンチの面で、あえて強めにプッシュする。


 ボールはナックルとなり、直線的に相手コートへと飛ぶ。


 幽基選手はそれを待っていたかのように、フォアハンドであの「攻撃的なカット」を、私のフォアサイド深くに送り込んできた。


 ボールは、やはり異様な伸びを見せる。


 しかし今回は、私はその「伸び」を計算に入れていた。


(…このボールの軌道、回転軸。先ほどのデータと完全に一致。ならば、対応は可能)


 私は後退しながらも、ラケットを裏ソフトの面に持ち替え、体をしならせてその伸びるカットボールに対し、強烈なトップスピンをかけたループドライブを、幽基選手のバックサイド、エンドラインぎりぎりへと叩き込んだ!


 それは、私の持つ技術の中で、最も「王道」に近い、しかし最も安定した攻撃の一つ。


 ギュオッ!という重い打球音。


 幽基選手は、そのドライブに対し美しいフォームでカットの体勢に入る。


 しかし、ボールの回転量と深さが、彼女の予測を僅かに上回った。


 彼女のラケットに当たったボールは、ネットを越えることなく、力なく落ちた。


 静寂 1 - 3 幽基


(…アンチからのナックルに対する、彼女の攻撃的なカット。その後の展開として私のドライブ。このパターンは有効。ただし、同じことの繰り返しは、彼女の分析能力の前では通用しない)


 私は、冷静にポイントを分析しながらも、内なる闘志をさらに燃え上がらせる。


 サーブ権は私へ。スコアは1-3。


 私は、ここで一つの技を引き出しから取り出す。


 それは、高坂選手との試合で効果を発揮した、部長のフォームを模倣したパワーサーブの構え。


 そしてそこから繰り出すのは、後藤選手のサーブの質を模倣した、回転の読みにくいナックルロングサーブだ。


 幽基選手の静かな瞳が、私のその異質なサーブフォームを初めて興味深そうに見つめた気がした。


 ボールは低い弾道で、彼女のフォアサイド深くへと突き刺さる。


 幽基選手はその初見のサーブに対し、一瞬反応が遅れた。


 しかし、彼女は驚異的な体幹のバランスで体勢を立て直しラケット面を巧みに合わせ、ボールを短く私のフォア前へとコントロールしてきた。


 それは攻撃的なカットではなく、私の次の攻撃を誘うかのような、罠とも取れる返球。


(…やはり、一筋縄ではいかない。私の模倣サーブですら、初見でこの対応力)


 私はその短い返球に対し、裏ソフトの面で強打の体勢に入る。


 しかしインパクトの寸前、ラケットの角度を僅かに変え、強打ではなく相手の予測を外す、サイドスピンをかけた鋭いフリックを、彼女のバックサイドへと放った!


「…!」


 幽基選手の体が僅かに泳ぐ。


 彼女はそれでも驚異的な反射神経でそのボールに食らいつき、カットで返球してきた。


 しかしそのカットは、これまでよりも明らかに甘く、回転も浅い。


 …好機!


 私は、その甘いカットボールを見逃さない。


 一歩踏み込み、裏ソフトの面で、今度こそ渾身のフォアハンドスマッシュを、相手コートのオープンスペースへと叩き込んだ!


 パァァン!という、甲高い打球音。


 静寂 2 - 3 幽基


「しおりちゃん、、ナイスボール!」


 控え場所から、あかねさんの声援が飛ぶ。


 次の私のサーブ。


 今度は、高橋選手の得意とした強烈な横下回転サーブを、幽基選手のバックサイドへ。


 幽基選手は、それをツッツキで返してきたが、回転量が多く、ボールは少し浮き気味になる。


 そこを、私はすかさずアンチラバーの面に持ち替え相手の回転を利用し、直線的で、かつネット際に沈むようなプッシュで、彼女のフォアを揺さぶる。


 未来選手は前後に揺さぶられ、体勢を崩しながらも、なんとかそのボールを拾い上げる。


 しかしその返球はもはや力なく、ネットを越えるのがやっとだった。


 私は、そのボールを冷静に、裏ソフトで彼女のいないバックサイドへと確実に打ち抜き、ポイントを奪った。


 静寂 3 - 3 幽基


 ついに同点。彼女の「異質さ」の前に、最初は翻弄されたが、私の「異端」な分析と模倣、そして変化が、徐々にそのベールを剥がし始めている。


 しかし、幽基未来選手の表情は、依然として変わらない。


 その静かな瞳の奥に、更なる「何か」を隠しているかのように。


 この試合、まだ始まったばかりだ。

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