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異端の白球使い  作者: R.D
異端者
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異端者 (9)

 …決勝。市町村大会の頂点。ここが今日の正念場になりそうだ。


 心臓の鼓動が、僅かに速くなるのを感じる。それは、緊張ではない。卓球という世界への集中、そして勝利への静かな渇望だ。


 体躯の不利も、過去の影も、このコートの上では関係ない。あるのは、私と、白球、そして目の前の相手だけだ。


 決勝戦が始まる。私の「異端」の卓球が、この市町村大会の頂点で、どのような戦いを繰り広げるのか。


 決勝戦を前に、会場の空気は一段と張り詰めていた。


 多くの観客や他の学校の選手たちが、決勝戦の台の周りに集まっている。熱気と期待が混じり合い、独特の雰囲気を醸し出している。私は、その中心で、静かに自分の順番を待っていた。


 やがて、決勝戦のコールが響く。


「女子シングルス決勝、静寂しおりさん対中本あきらさん。」


 相手選手の名前が呼ばれる。私たちは台の前に立ち、審判に一礼する。そして、相手選手と向き合った。彼女の目には、決勝戦への強い意気込みと、私という異質な相手に対する、明確な警戒心が宿っている。


 お互いに礼をし、試合同様の形式で短いウォーミングアップの打ち合いをする。相手選手の打球から、彼女のパワーと回転量を感じ取る。私の異質なスーパーアンチのブロックに対し、彼女はどのように対応してくるだろうか。


 ウォーミングアップが終わり、審判がコールする。「礼!」「お願いします!」そして、市町村大会女子シングルス決勝戦、開始。


 第1セット、私のサーブから始まった。短い下回転サーブ。相手選手は、慎重にそれをツッツキで返してきた。私は、そのツッツキに対し、ラケットを一瞬持ち替え、スーパーアンチでブロックした。カツン、という鈍い打球音。返されたボールは、回転がほとんど消えたナックルとなった。


 相手選手は、最初のラリーで私の「異質さ」を体感し、僅かに表情を変えた。しかし、彼女はすぐに体制を立て直し、次の打球に備えた。これまでの対戦相手とは違う、レベルの高い対応力だ。彼女は、私のナックルに対し、無理に攻めず、丁寧に深く返してきた。


 …初見殺しは通用しない。彼女は、私のスタイルに対し、冷静に対応しようとしている。


 私は、その深い返球に対し、フットワークを使って体勢を作り、裏ソフトでドライブをかけた。ギュン、という打球音。鋭い回転とスピードを持つ打球だ。


 相手選手は、そのドライブに反応し、ブロックで返してきた。ラリーが続く。一球ごとの打球音、シューズの擦れる音、そして会場のざわめき。


 相手のドライブ、私のスーパーアンチでのナックルブロック、相手の繋ぎ、私の裏ソフトでのドライブ。ラリーの中で、私は無意識のうちに相手の癖や、私の打球に対する反応を分析する。


 …スーパーアンチからのナックルに対し、無理に攻めない傾向がある。しかし、裏ソフトでのドライブに対しては、積極的にブロックしてくる。ならば…


 私は、僅かに体勢を低くし、裏ソフトで、ネット際ギリギリに落ちる短いストップを放った。


 相手選手は、予測していなかったのか、一歩目が遅れた。慌てて台に近づき、ツッツキで返してきたボールが、少し浮いた。


 …チャンス!


 私は、迷わずラケットを持ち替え、裏ソフトで、相手のフォアサイド深くへ強烈なスマッシュを打ち込んだ。シュッ、という風を切る音と共に、白球はコートに突き刺さった。


 1点目。私のポイントだ。会場から、どよめきと拍手が起こった。


 相手選手は、悔しそうな表情を見せたが、すぐに気を引き締め直した。彼女の集中力も高い。次の私のサーブ。今度は、同じフォームから、今度は裏ソフトでの横回転サーブ。相手選手は、慎重にレシーブしてきた。


 ラリーが続く。お互いの得意なプレイがぶつかり合う。相手の強力なドライブ、私の異質な変化球と正確なコース取り。体躯の不利から、相手の角度のある打球に追いつくのが難しい場面も出てくる。リーチの差が、わずかに影響する。


 私は、素早いフットワークと、研ぎ澄まされた分析力でその不利を補う。相手の次の打球のコースや回転を予測し、先回りする。体勢が崩されそうになっても、スーパーアンチで粘り強く台に返球し、体勢を立て直す。


 試合は、点の取り合いとなった。第1セットは、緊迫したラリーの応酬の末、私が11-9で先取した。


 第2セット。相手選手は、私のスーパーアンチからのナックルに対し、対応策を考えてきたようだった。無理に攻めず、じっくりと繋いで、私の裏ソフトでの攻撃を誘い出そうとする。


 …相手は、私の裏ソフトでの攻撃を警戒している。ならば、スーパーアンチでの変化をもっと効果的に使う。


 私は、スーパーアンチでのブロックに、微妙な回転や、短い・長いといった長短の変化を織り交ぜた。鈍い打球音から生まれる予測不能な変化に、相手選手は再び戸惑いを見せる。彼女の返球が甘くなった隙を突き、私は持ち替えからの裏ソフトで攻撃を仕掛けた。


 しかし、相手選手も粘り強い。私の攻撃を必死に防ぎ、チャンスがあれば強力なフォアハンドドライブで反撃してきた。会場からは、大きな声援が送られている。


 試合は、一進一退の攻防が続く。私が連続でポイントを取ったかと思えば、相手選手も素晴らしいプレイでポイントを取り返す。緊張感が高まっていく。 


 …冷静に。感情はノイズだ。目の前のボール、相手の動き、コート全体。全ての情報を分析する。


 私の思考は、常にクリアだった。汗が額から流れ落ちる。息が上がる。しかし、心は静かだ。勝利への渇望が、私を突き動かす。


 私は、勝利という形でしか自身の価値を証明できない。

 だから、負けるわけにはいかない。

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