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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子準決勝

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違和感

「――女子シングルス準決勝、第一コート、第五中学校、静寂しおり選手、対、月影女学院、幽基未来選手!」


 アナウンスと共に、観客席の一部から、期待と緊張が入り混じったどよめきが起こる。


 私は、静かに息を吸い込み、そして隣に立つ部長とあかねさんに向かって一度だけ小さく頷いた。


「しおり、行ってこい。お前の卓球を、あの『謎のカットマン』にも見せつけてやれ。俺はここから応援してるぜ!」


 部長がいつものように力強く、しかしどこか私の実力を試すような、挑戦的な笑みを浮かべて私の背中を叩く。


 彼がベンチに入らないのはおそらく、私とあかねさんの間に生まれた新しい「何か」を尊重してくれているからだろう。


 …それにサポーターは本来ルール的に一人までなのだ。


「うん!しおりちゃん頑張って!私もベンチでしっかりサポートするからね!」


 あかねさんが、少し緊張した面持ちながらも、力強い瞳で私を見つめる。


 その手にはびっしりと書き込まれたノートと、そして、私のために用意してくれたであろう新しいタオルとドリンクが握られていた。


 彼女が、今日の私のアドバイザーだ。


 私は二人にもう一度小さく頷き返し、コートへと足を踏み入れた。


 メインアリーナの中央に設えられた卓球台。


 スポットライトが、その緑色の戦場を鮮やかに照らし出している。


 周囲の喧騒が、まるで遠い世界の音のように感じられるほどの極度の集中。


 私の思考は目の前の戦い、そして幽基未来という未知の強敵の分析に完全にシフトしていた。


 コートに入り審判に一礼する。


 そして、対戦相手である幽基未来選手と向き合う。


 彼女は、相変わらず表情を変えず、その静かな瞳で私をじっと見つめている。


 その姿は、まるで影そのものが形を取ったかのようだ。


 彼女の纏う独特の雰囲気は、これまでのどの対戦相手とも異なり、私の分析でもその本質を掴みきれない、底知れない不気味さを感じさせた。


 そして私のベンチには、あかねさんが緊張した面持ちで、しかし私を励ますように、小さく拳を握りしめて座っている。


 彼女がそこにいてくれるという事実は、私の「静寂な世界」に確かに、無視できないほどの「温かさ」と「安心感」という変数を加えていた。


 それは、論理では説明できない、しかし確かな力となるもの。


 その時だった。


 私が自分のベンチにタオルとドリンクを置こうと、ふと観客席の一角に目をやった瞬間。


 私の動きがほんのわずかに、しかし確実に止まった。


 月影女学院の応援団がいるであろう一角。


 そこに、見慣れた制服の生徒が一人紛れ込んでいるのが見えたのだ。


 それは第五中学校の卓球部員、確か私やあかねさん、そして青木れいかさんと同じクラスで、以前部室で私に対して聞こえよがしに否定的な言葉を投げかけてきた、あの女子生徒の一人だった。


 彼女は、周囲の月影女学院の生徒たちとは明らかに異なる、どこか落ち着かない様子で、しかしその視線は確かに、コートに入ろうとする私と、そして相手側の幽基未来選手とを交互に、そして何かを確かめるように見ている。


(…なぜ彼女が、月影女学院の応援席に?偶然か?いや、このタイミングで、この場所にいることの合理的な説明がつかない。彼女は、青木れいかの影響下にある可能性が高い人物。そして、私の作戦メモの紛失、あかねさんのノートの一件…。これらの事象と、彼女のこの不可解な行動は、無関係であるとは到底思えない)


 私の脳裏に、バラバラだったパズルのピースが、カチリカチリと音を立ててはまっていくような感覚があった。


 情報漏洩、そしてその情報が、今まさに私が対峙しようとしている、この幽基未来選手側に渡っている可能性。


 それは、もはや単なる推測ではなく、極めて確度の高い「仮説」として、私の思考の中で再構築されつつあった。


 背筋に冷たいものが走る。しかしそれは恐怖ではない。


 むしろ、見えない敵の輪郭がほんの少しだけ、しかし確実に見え始めたことに対する冷徹な怒りと、そしてそれを打ち破ってでも勝利を掴み取らなければならないという、より強固な決意だった。


 私は、その女子部員から静かに視線を外し、何事もなかったかのように自分のベンチへと向かう。


 しかし、私の思考は既に新たな戦いを開始していた。


 卓球台の上での、幽基未来との「異端vs異質」の戦い。


 そして、その背後で蠢く見えない悪意との戦い。


 どちらの戦いも、決して負けるわけにはいかない。


 私は、ラケットを握る手にさらに力を込めた。


 その瞳の奥には、もはや「静寂」だけではない、激しい闘志の炎が、静かに、しかし確実に燃え上がっていた。

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